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1.偶然の出会い①
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年度末でバタバタする三月下旬の金曜日。
仕事終わりにバーに立ち寄ったのは、あくまで衝動的な思い付きだ。
「白のグラスワインを」
「かしこまりました」
初めて来たバーだけど、落ち着いていて雰囲気がいい。
これからすることを考えると嫌でも緊張するけれど、なにもしないでいられるほど自分が強くないと自覚したんだから。
(……傍から見たらバカみたいだよね)
昨年のクリスマス、二年半ほど付き合った恋人に別れを切り出された。
元恋人、堂本慎次郎から転勤話を聞かされた時、当たり前のように彼に着いていくなんて思いつきもしなかった。
『じゃあゴールデンウィークには遊びに行くよ』
遠距離になるねと何気なく言った私に、慎次郎は一瞬固まってから苦笑いして別れようと切り出した。
(仕事辞めて、着いていくって答えが正解だったのかな)
グラスワインを飲みながら、終わる時は一瞬なのだと昨日のことのように思い出す。別に喧嘩別れした訳じゃない。だけど決定的な価値観の違いがあったのだ。
私、高橋涼葉は、今年で二十八歳。
失恋が原因ではないけれど、ずっと伸ばしてた髪を短くした前下がりのショートボブは、思い切って赤みが強いブラウンにカラーリングした。
身長は一六八センチで平均よりはかなり高め。勝気な見た目とサッパリした性格のせいか、恋愛経験はそんなに多くない。
慎次郎と二年半も付き合っていたのが珍しいくらい。そもそも他人の感情に疎いし、恋愛そのものがよく分からない節がある。いわゆるポンコツなんだと思う。
「お一人ですか」
ワインを三杯飲んだところで、不意に声をかけられて顔を向ける。ちょっとガタイのいい、爽やかなスポーツマンタイプの男性がニコッと笑っている。
「……いえ。待ち合わせです」
男性に声をかけられるために来たクセに、いざとなると怖くなって咄嗟に嘘をついた。
情けないことに、慎次郎との別れが思っていたよりも辛くて逃げ場所を求めてる。決して未練があるとかじゃなく、人肌恋しくなったり喪失感で心が折れてしまいそうなのだ。
新しい出会いを期待して、なにを思ったのか一人でバーになんて来てしまったけれど、私みたいなへなちょこにはこんな場所早すぎた。
「本当に待ち合わせですか」
遠慮なく隣に腰掛けた男性はウイスキーを頼み、疑り深い眼差しで私を見る。
「本当です」
「まあいいや。じゃあ待ち合わせ相手が来るまでお話ししましょうよ」
「はい?」
「だから、時間潰しに付き合いますって」
「結構です」
「またまた。本当は待ち合わせなんかじゃないんでしょ。一緒に飲みましょうよ」
「だから嫌ですって」
困ったことに、これだけ強めに断っても、相手が動じる気配がない。やっぱり一人でバーになんて来るんじゃなかった。
「一人飲みなのに、なんで待ち合わせなんて嘘つくんですか」
「…………」
「答える気ナシですか」
なにが楽しいのか可笑しそうに笑って、今度はウイスキーのうんちくを語り始めた。
「俺結構お酒詳しいんですよ。グラスが空になりそうだから、次に飲むやつ決めてあげましょうか」
「結構です」
「お姉さん、さっきからそればっかり」
「……本当に結構です」
なんの知識もないのに、浅はかに出会いを求めてこんな場所に来るんじゃなかった。確かにこれも出会いなんだろうけど、私が求めていたのはこういうことじゃない。
今更後悔しても遅い。かと言って待ち合わせと言った手前、この場所から上手く離れる手立てがない。
こうなったら友人を呼び出して、本当に待ち合わせをしていたことにした方がいいだろうか。そう考えて足元に置いたバッグに手を伸ばしてスマホを取り出す。
「お姉さん、もうグラスが空ですよ」
「……すみません、同じものを」
男性に促されてバーテンダーに声をかけると、あてもなくスマホを操作する。呼べば来てくれそうな友人がいない訳じゃないけれど、この状況で待ち続けるのは正直しんどい。
「いい加減嘘はやめて、俺と別の場所で飲み直しません?」
「本当に無理です」
「傷付くなあ。さっきから待ち合わせ相手なんて来ないじゃないですか」
「本当に待ち合わせなんです」
「百歩譲ってそれが本当だとしても、そんなに待たせる人より俺の方がいいですって」
仕事終わりにバーに立ち寄ったのは、あくまで衝動的な思い付きだ。
「白のグラスワインを」
「かしこまりました」
初めて来たバーだけど、落ち着いていて雰囲気がいい。
これからすることを考えると嫌でも緊張するけれど、なにもしないでいられるほど自分が強くないと自覚したんだから。
(……傍から見たらバカみたいだよね)
昨年のクリスマス、二年半ほど付き合った恋人に別れを切り出された。
元恋人、堂本慎次郎から転勤話を聞かされた時、当たり前のように彼に着いていくなんて思いつきもしなかった。
『じゃあゴールデンウィークには遊びに行くよ』
遠距離になるねと何気なく言った私に、慎次郎は一瞬固まってから苦笑いして別れようと切り出した。
(仕事辞めて、着いていくって答えが正解だったのかな)
グラスワインを飲みながら、終わる時は一瞬なのだと昨日のことのように思い出す。別に喧嘩別れした訳じゃない。だけど決定的な価値観の違いがあったのだ。
私、高橋涼葉は、今年で二十八歳。
失恋が原因ではないけれど、ずっと伸ばしてた髪を短くした前下がりのショートボブは、思い切って赤みが強いブラウンにカラーリングした。
身長は一六八センチで平均よりはかなり高め。勝気な見た目とサッパリした性格のせいか、恋愛経験はそんなに多くない。
慎次郎と二年半も付き合っていたのが珍しいくらい。そもそも他人の感情に疎いし、恋愛そのものがよく分からない節がある。いわゆるポンコツなんだと思う。
「お一人ですか」
ワインを三杯飲んだところで、不意に声をかけられて顔を向ける。ちょっとガタイのいい、爽やかなスポーツマンタイプの男性がニコッと笑っている。
「……いえ。待ち合わせです」
男性に声をかけられるために来たクセに、いざとなると怖くなって咄嗟に嘘をついた。
情けないことに、慎次郎との別れが思っていたよりも辛くて逃げ場所を求めてる。決して未練があるとかじゃなく、人肌恋しくなったり喪失感で心が折れてしまいそうなのだ。
新しい出会いを期待して、なにを思ったのか一人でバーになんて来てしまったけれど、私みたいなへなちょこにはこんな場所早すぎた。
「本当に待ち合わせですか」
遠慮なく隣に腰掛けた男性はウイスキーを頼み、疑り深い眼差しで私を見る。
「本当です」
「まあいいや。じゃあ待ち合わせ相手が来るまでお話ししましょうよ」
「はい?」
「だから、時間潰しに付き合いますって」
「結構です」
「またまた。本当は待ち合わせなんかじゃないんでしょ。一緒に飲みましょうよ」
「だから嫌ですって」
困ったことに、これだけ強めに断っても、相手が動じる気配がない。やっぱり一人でバーになんて来るんじゃなかった。
「一人飲みなのに、なんで待ち合わせなんて嘘つくんですか」
「…………」
「答える気ナシですか」
なにが楽しいのか可笑しそうに笑って、今度はウイスキーのうんちくを語り始めた。
「俺結構お酒詳しいんですよ。グラスが空になりそうだから、次に飲むやつ決めてあげましょうか」
「結構です」
「お姉さん、さっきからそればっかり」
「……本当に結構です」
なんの知識もないのに、浅はかに出会いを求めてこんな場所に来るんじゃなかった。確かにこれも出会いなんだろうけど、私が求めていたのはこういうことじゃない。
今更後悔しても遅い。かと言って待ち合わせと言った手前、この場所から上手く離れる手立てがない。
こうなったら友人を呼び出して、本当に待ち合わせをしていたことにした方がいいだろうか。そう考えて足元に置いたバッグに手を伸ばしてスマホを取り出す。
「お姉さん、もうグラスが空ですよ」
「……すみません、同じものを」
男性に促されてバーテンダーに声をかけると、あてもなくスマホを操作する。呼べば来てくれそうな友人がいない訳じゃないけれど、この状況で待ち続けるのは正直しんどい。
「いい加減嘘はやめて、俺と別の場所で飲み直しません?」
「本当に無理です」
「傷付くなあ。さっきから待ち合わせ相手なんて来ないじゃないですか」
「本当に待ち合わせなんです」
「百歩譲ってそれが本当だとしても、そんなに待たせる人より俺の方がいいですって」
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