追放された精霊の愛し子は運命の番をその腕に掻き抱く

濘-NEI-

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(33)守るべき者

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 バチアスからポナールを経由してアダール港に入ると、第一王子であるマグラリアが秘密裏に手配した商船に乗り込み、海路を北上してデゴニス大陸に渡る。

 長い渡航期間を費やし、新興国アプハンの南の玄関口であるモニーク港に辿り着いたケイレブは、数人の配下を伴って行動している。

「首都レンラルまでは早馬で四日です」

 精霊騎士である騎士団総帥イヒャルドから付けられた彼の部下のデュロイが、ケイレブに囁くように報告する。

 今回の旅の目的は、王弟シュレールと王妃マキナの間に生まれた王位継承権を持つ赤子の身を隠すこと。

 事前の話では、ここモニークに迎えが来る手筈だったが、先んじてアプハン入りを果たしていたデュロイから不測の事態と報告があり、急遽予定を変えて彼に合流した。

 デュロイの報告では先方が寄越してくるはずの人物の代理を名乗る者が現れたと言う。

 もちろん安易に引き渡す訳にもいかないので、モニークに着くなり付き纏う男をなんとか理由付けて追い払い、ケイレブ自ら出向く算段をつけている最中だ。

「事故だとしても代理が来るのが早すぎませんか」
「どこかに我々の情報が漏れているのでは」

 現状に苛立ち不安を滲ませるのは、オルガッドから護衛として連れてきた騎士団員のビリーとウデナだ。
 この騒動に対して、さすがに用意周到すぎると困惑した顔をしている。

「とりあえず代理を名乗った男の動向を探りたいな。ビリー、お前に任せていいか」

「はい。ではご報告がまとまるまでお側を離れます」

「頼むね。あ、ウデナ。お前は確かアプハンに許嫁が居るよな」

「……そうですけど、今はそんな個人的な話は」

「当たり前だろ、こんな時にお前の色恋の話なんかすると思うか」

「なんだと、お前っ」

 呆れたようにデュロイが悪態吐くと、ウデナは目を吊り上げ、不愉快を明らかにしてデュロイを睨み付ける。

「落ち着けウデナ。冷静になって考えたら分かるだろ。お前の許嫁はこのモニークを含めたガザレル州知事の息子だろ。取り急ぎその立場を使って知事に顔繋ぎしてくれ」

「知事にですか」

「一晩くれてやるから話しをつけてこい」

 ケイレブはデュロイを伴うと、今はおとなしく眠っている赤子を連れて乳母のミネーラと三人でその場を離れる。
 その後ろ姿を呆れたように見つめ、しかし仕事を任されたのと同時に許嫁に会う時間まで与えてくれたことを察すると、何気ない気遣いにウデナは苦笑した。

「こんな状況で呑気にモニークに滞在して大丈夫なんでしょうか」

 デュロイはケイレブの落ち着き様に困惑しつつ、周囲に警戒しながら目抜き通りを歩く。

「大丈夫もどうもないだろ。野宿する訳にいかねえんだから」

「それはそうですが、急いで移動して」
「慌てなさんな」
「いや、しかしですね」

 まともに取り合って貰えずに、デュロイはすやすやとゆりかごの中で眠る赤子を見つめて小さく息を吐く。

 そもそもデュロイはイヒャルドから受けたこの指令に納得していない。
 
 ケイレブは過去に民間人を殺めた上に、騎士団の決議に逆らって国に追われている重罪人だ。監視ならいざ知らず護衛を兼ねて指示に従えと言われている。

 なのに騎士団総帥であるイヒャルドは言ったのだ。ケイレブの行動こそ注意して見張れと。それは監視をしろと言う意味ではなかったのかと困惑する。

 あの言葉の真意までは確認出来なかったが、デュロイはケイレブが暴行されたオメガアイルーンのために、騎士団の膿である腐敗した騎士たちに剣を振るったことを知らない。
 故に、国内での怪しい動きに、ケイレブが加担している恐れがあるのではないかと予測を立てている。

「さてミネーラ、久々の故郷は楽しめそうかな。急なことで悪いがこんな事態だからね、キミの実家を頼っても構わないかな」

 不意に聞こえたケイレブの言葉にデュロイは息を呑む。
 まるでこうなることすら事前に想定していたかのように、ウデナの件もそうだが、ミネーラまでも必要な因子であったことに驚かされる。

 いや、秘密裏に他国に渡る任務に就いている時点でその采配は当たり前のことなのだろうが、如何せんケイレブ自身にその緊張感が見られないためにデュロイは調子を狂わされる。

「構いませんよ。狭いところですけど、是非いらしてください。それよりアプハンを出てオルガッドに行くと決めた時からもう故郷には帰れないと思っていたので、お心遣いに感謝します」

「そんな高尚な気持ちじゃないから大丈夫だってば」

 すぐ隣で楽しげにたわいない世間話をするケイレブたちを見ながら、デュロイはますます混乱する。

 元第一騎士団副団長と言うのは本当のことだろうし、圧倒的に人に好かれる天性の才能や魅力があるのを肌で感じる一方で、戦場以外で人を殺め、処遇が不満だとして国から逃げているケイレブの本質が分からない。

 それにイヒャルドのあの言葉を聞く限り、やはりこう云う呑気な姿は偽りでしかないのだろうか。

 とにかくデュロイに出来ることは一つ。現状を冷静に観察して的確に動くこと。決して先入観に踊らされることなく真実を見抜かなければならないのだから。

 港から離れて市場を抜け、住宅が密集した区域に辿り着くと、ミネーラの実家だという家に到着した。

「少しお待たせしますが親を呼んできます」

 母さんと声を張りながらミネーラが先に家に入ると、騒々しい足音が幾つか聞こえ、次いで賑やかな笑い声が聞こえて来る。

「戦争なんて無意味だよな」
「え?」

「ここを火の海にする日が来ないとも限らない。そう思うと、国のためだなんておためごかしで、こんな風に日常を営む人たちの暮らしを奪う手伝いをさせられる騎士団なんて存在する意味あるんだろうかねえ」

「しかし、国を守るためにも騎士団は必要です。その延長に願わざる戦争が付き纏うこともあると考えます」

「指南書かよ」

「俺だってケイレブ殿の考えには賛同しますよ。そんな悪手が蔓延ってはいけない。騎士団だって抑止で留められることならそれに越したことはないと思います」

「だろ?やっぱりイヒャルドが寄越しただけあるわ」

 国が誇る唯一の精霊騎士であり四つある騎士団を束ねる騎士団総帥に向かって、イヒャルドと呼び捨てにしたことには驚いたが、話せば話すほどケイレブという男はまともな考えを持っているようにしか思えない。

 困惑して次の言葉を掛けようとした瞬間、家の戸が開いてミネーラとその家族が中から出て来た。

「まあまあまあ!長旅お疲れ様でした。狭い家だけどゆっくりしていって」

「ありがとうございます、イアネスさん」
「あらま」

 驚いているのは名前を呼ばれたミネーラの母親だけではない。ケイレブ以外の誰もが目を丸くしている。

 そしてデュロイもまた、その計り知れないケイレブが掌握している情報量には驚かされる。

「とりあえず入ってください。すぐにお食事の支度を整えます」

「お、楽しみだな。やっぱり魚介類が美味いの?」

 またたわいない世間話をし始めるケイレブの背中を、デュロイはなんとも言えない表情で見つめていた。
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