35 / 56
(34)灰色の州知事
しおりを挟む
ウデナの働きもあり、アプハンに渡りモニークに到着した翌日にはガザレル州知事であるサイラットに会う手筈が整った。
「しかし州知事に目通りするのに、やはりこの赤子も連れて行くんですか」
「そりゃそうでしょ。因みに詳細を知ってるのはデュロイ、お前だけだから頼むぞ」
イヒャルドから全部聞いてるんだろと揶揄うように呟いて、ケイレブはデュロイの肩を叩く。
その時、誰も気付きはしなかったが、ケイレブはデュロイの肩口に伝令の暗号を書き記したメモを忍ばせた。
イヒャルドは何も言わずに寄越したが、彼が認める才能ある若者だ。だからこそ、今この時にケイレブが信用できるのはこのデュロイだけなのだ。
「この子は親を亡くし、国を渡ったアプハンで縁戚の養子になることになってる」
その声はデュロイにしか聞こえない。
ケイレブがそうした意図を汲み、デュロイは黙礼すると不自然のない動きでビリーやウデナとこの後の動きについて確認し始めた。
先ほど合流したばかりのビリーが掴んできた情報によれば、赤子を引き取るはずの人物を乗せた馬車が滑落したのは、ここ数日続いた悪天候のせいで事件性は見受けられないということ。
そして代理を名乗って赤子を引き取りに来た男に関しては、深い事情は何も知らずモニークの東にある街、シタンザニアに連れて来いとだけ聞かされた金で雇われたゴロツキだと報告する。
「不可解ですね」
「まあ辻褄が合わないことが多すぎる感じはするよなあ。悪天候で滑落した馬車から生還した誰かが依頼したとしても、この子が向かうのは首都のレンラルだ。シタンザニアを通れば迂回どころか反対方向だ」
ケイレブはわざとらしく首を捻ると、顎に手を当てて何度か指を組み替える。
「つまり何かしらの妨害があると言うことですか」
ウデナが難しい顔をして眉根を寄せるが、ケイレブは両手を広げて戯けると、さあねと吐き捨てる。
「まあ知事に会えば、なにか別視点の情報も入るかも知れないから行くとしようや」
ガザレル州知事であるサイラットには、ウデナが詳細の報告を済ませている。
州知事公邸に到着すると、ケイレブたち一行は検問を通って真っ白な建物の中に案内されるまま入っていく。
「では俺たちは外で控えています」
案内された広間の前に来るとビリーやウデナはミネーラを伴って足を止め、それが当然とばかりに廊下に控えていると言う。
もちろん警護という意味でそれは正しいと思える行動なのだが、今はそれを理由に彼らにケイレブの視界から外れられては困る。
「お前らはともかく乳母と赤子は中に入らなければならんだろう。それに義を尽くして迎え入れてくださる州知事にも、失礼に当たらんとも限らない」
デュロイの言葉に反論が出るかと思えば、どこか安心したようにビリーとウデナたちの表情が僅かに緩む。
ケイレブは決してそうであって欲しくない事態にことが運ぶ予感を拭えずに、一人小さく息を吐く。
「では参りましょう」
「そうだな」
ケイレブはその腕に赤子を抱き、サイラットが待つ部屋に入った。
「ようこそおいでくださいました」
太く逞しい声とは対照的に線の細い男は、黒髪に白髪が混ざった髪を後ろに撫で付け、神経質そうな顔が露わになっている。
これがガザレルの州知事サイラットか。ケイレブは注視しながらも、貼り付けた笑顔を絶やさない。
豪奢な造りの長椅子から立ち上がってケイレブに笑顔を浮かべ、どうぞと机を挟んで置かれた長椅子に座るように案内する。
「急な申し出にも拘らず、時間を割いていただいてありがとうございます」
「いいえとんでもない、息子の許嫁の頼みです。お困りのことがおありとのことで、私で力になれるのでしたらなんなりと」
サイラットは表情から考えが読みづらい男らしい。
ケイレブは当たり障りのない会話から始めて、この男を凌駕する狡猾さを見せなければならないと、想像よりも手強い相手に気を引き締めて掛かる。
「ミドレッド街道がここしばらくの長雨で、一部区画は封鎖されたままだと聞いています。復旧は難しいですか」
「ああ、馬車の滑落事故の件でしょうか」
「ええまあ」
「この度のご不幸に際してなんとお声掛けすべきか」
「お気持ちだけありがたく」
珍しく歯になにか詰まったような物言いで、言葉を選びながら会話を進めるケイレブの様子を、デュロイを含めた従者の四人が見守っている。
「首都レンラルに向かう場合、街道が封鎖されているとなると、運河を使う以外に移動手段は」
「軍用陸路の通行証を取得するか、仰る通り運河で首都入りするのが確実です。あるいはその他ですと、迂回する行き方もなくはないですね」
「シタンザニアから内陸に伸びる鉱山の坑道を抜ける順路、と云うところでしょうか」
「ほう、さすがはよくご存知ですね」
サイラットが驚いた様子を見せるが、腹の中まではやはり読めない。
ビリーが掻き集めてきた情報は、ウデナがサイラットに約束を取り付けた後に聞き及んだ話だが、悪路だとしても州知事の立場でシタンザニアを迂回路に挙げることに矛盾はない。
実際にアプハン東部から内陸にかけては鉱脈が拡がっていて、中央北西部に在る首都レンラルまでは確かにその道を使っても向かえない距離ではないだろう。
ただし、ケイレブが把握している状況が正解ならば、シタンザニアには迂闊に近付くべきではない。
「軍用陸路が最も安全という保証はありませんよね」
「現状、まず認可されないでしょう。オルガッドからの正式な使者としてならばあるいは」
「まあ妥当な判断ですね」
運河を利用することに的が絞られると、ケイレブは移動の手配に関しては丁重に断りを入れて、ミドレッド街道で起こった滑落事故の再調査を依頼する。
「どうも不可解なんですよ」
首都レンラルから海路の玄関口であるモニークへの最短距離を走るミドレッド街道で起きた事故にしては、あまりにも小規模すぎる。最も往来がある街道なのにだ。
悪天候での移動だったにせよ、被害が該当する馬車一台なのは極めて不自然すぎる。
「分かりました。では念入りに再度調査を行わせましょう」
サイラットは無表情のままそう答えるだけだった。
「しかし州知事に目通りするのに、やはりこの赤子も連れて行くんですか」
「そりゃそうでしょ。因みに詳細を知ってるのはデュロイ、お前だけだから頼むぞ」
イヒャルドから全部聞いてるんだろと揶揄うように呟いて、ケイレブはデュロイの肩を叩く。
その時、誰も気付きはしなかったが、ケイレブはデュロイの肩口に伝令の暗号を書き記したメモを忍ばせた。
イヒャルドは何も言わずに寄越したが、彼が認める才能ある若者だ。だからこそ、今この時にケイレブが信用できるのはこのデュロイだけなのだ。
「この子は親を亡くし、国を渡ったアプハンで縁戚の養子になることになってる」
その声はデュロイにしか聞こえない。
ケイレブがそうした意図を汲み、デュロイは黙礼すると不自然のない動きでビリーやウデナとこの後の動きについて確認し始めた。
先ほど合流したばかりのビリーが掴んできた情報によれば、赤子を引き取るはずの人物を乗せた馬車が滑落したのは、ここ数日続いた悪天候のせいで事件性は見受けられないということ。
そして代理を名乗って赤子を引き取りに来た男に関しては、深い事情は何も知らずモニークの東にある街、シタンザニアに連れて来いとだけ聞かされた金で雇われたゴロツキだと報告する。
「不可解ですね」
「まあ辻褄が合わないことが多すぎる感じはするよなあ。悪天候で滑落した馬車から生還した誰かが依頼したとしても、この子が向かうのは首都のレンラルだ。シタンザニアを通れば迂回どころか反対方向だ」
ケイレブはわざとらしく首を捻ると、顎に手を当てて何度か指を組み替える。
「つまり何かしらの妨害があると言うことですか」
ウデナが難しい顔をして眉根を寄せるが、ケイレブは両手を広げて戯けると、さあねと吐き捨てる。
「まあ知事に会えば、なにか別視点の情報も入るかも知れないから行くとしようや」
ガザレル州知事であるサイラットには、ウデナが詳細の報告を済ませている。
州知事公邸に到着すると、ケイレブたち一行は検問を通って真っ白な建物の中に案内されるまま入っていく。
「では俺たちは外で控えています」
案内された広間の前に来るとビリーやウデナはミネーラを伴って足を止め、それが当然とばかりに廊下に控えていると言う。
もちろん警護という意味でそれは正しいと思える行動なのだが、今はそれを理由に彼らにケイレブの視界から外れられては困る。
「お前らはともかく乳母と赤子は中に入らなければならんだろう。それに義を尽くして迎え入れてくださる州知事にも、失礼に当たらんとも限らない」
デュロイの言葉に反論が出るかと思えば、どこか安心したようにビリーとウデナたちの表情が僅かに緩む。
ケイレブは決してそうであって欲しくない事態にことが運ぶ予感を拭えずに、一人小さく息を吐く。
「では参りましょう」
「そうだな」
ケイレブはその腕に赤子を抱き、サイラットが待つ部屋に入った。
「ようこそおいでくださいました」
太く逞しい声とは対照的に線の細い男は、黒髪に白髪が混ざった髪を後ろに撫で付け、神経質そうな顔が露わになっている。
これがガザレルの州知事サイラットか。ケイレブは注視しながらも、貼り付けた笑顔を絶やさない。
豪奢な造りの長椅子から立ち上がってケイレブに笑顔を浮かべ、どうぞと机を挟んで置かれた長椅子に座るように案内する。
「急な申し出にも拘らず、時間を割いていただいてありがとうございます」
「いいえとんでもない、息子の許嫁の頼みです。お困りのことがおありとのことで、私で力になれるのでしたらなんなりと」
サイラットは表情から考えが読みづらい男らしい。
ケイレブは当たり障りのない会話から始めて、この男を凌駕する狡猾さを見せなければならないと、想像よりも手強い相手に気を引き締めて掛かる。
「ミドレッド街道がここしばらくの長雨で、一部区画は封鎖されたままだと聞いています。復旧は難しいですか」
「ああ、馬車の滑落事故の件でしょうか」
「ええまあ」
「この度のご不幸に際してなんとお声掛けすべきか」
「お気持ちだけありがたく」
珍しく歯になにか詰まったような物言いで、言葉を選びながら会話を進めるケイレブの様子を、デュロイを含めた従者の四人が見守っている。
「首都レンラルに向かう場合、街道が封鎖されているとなると、運河を使う以外に移動手段は」
「軍用陸路の通行証を取得するか、仰る通り運河で首都入りするのが確実です。あるいはその他ですと、迂回する行き方もなくはないですね」
「シタンザニアから内陸に伸びる鉱山の坑道を抜ける順路、と云うところでしょうか」
「ほう、さすがはよくご存知ですね」
サイラットが驚いた様子を見せるが、腹の中まではやはり読めない。
ビリーが掻き集めてきた情報は、ウデナがサイラットに約束を取り付けた後に聞き及んだ話だが、悪路だとしても州知事の立場でシタンザニアを迂回路に挙げることに矛盾はない。
実際にアプハン東部から内陸にかけては鉱脈が拡がっていて、中央北西部に在る首都レンラルまでは確かにその道を使っても向かえない距離ではないだろう。
ただし、ケイレブが把握している状況が正解ならば、シタンザニアには迂闊に近付くべきではない。
「軍用陸路が最も安全という保証はありませんよね」
「現状、まず認可されないでしょう。オルガッドからの正式な使者としてならばあるいは」
「まあ妥当な判断ですね」
運河を利用することに的が絞られると、ケイレブは移動の手配に関しては丁重に断りを入れて、ミドレッド街道で起こった滑落事故の再調査を依頼する。
「どうも不可解なんですよ」
首都レンラルから海路の玄関口であるモニークへの最短距離を走るミドレッド街道で起きた事故にしては、あまりにも小規模すぎる。最も往来がある街道なのにだ。
悪天候での移動だったにせよ、被害が該当する馬車一台なのは極めて不自然すぎる。
「分かりました。では念入りに再度調査を行わせましょう」
サイラットは無表情のままそう答えるだけだった。
0
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした
鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、
幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。
アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。
すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。
☆他投稿サイトにも掲載しています。
☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。
【R18】熱い夜の相手は王太子!? ~婚約者だと告げられましたが、記憶がございません~
世界のボボブラ汁(エロル)
恋愛
激しい夜を過ごしたあと、私は気づいてしまった。
──え……この方、誰?
相手は王太子で、しかも私の婚約者だという。
けれど私は、自分の名前すら思い出せない。
訳も分からず散った純潔、家族や自分の姿への違和感──混乱する私に追い打ちをかけるように、親友(?)が告げた。
「あなた、わたくしのお兄様と恋人同士だったのよ」
……え、私、恋人がいたのに王太子とベッドを共に!?
しかも王太子も恋人も、社交界を騒がすモテ男子。
もしかして、そのせいで私は命を狙われている?
公爵令嬢ベアトリス(?)が記憶を取り戻した先に待つのは── 愛か、陰謀か、それとも破滅か。
全米がハラハラする宮廷恋愛ストーリー……になっていてほしいですね!
※本作品はR18表現があります、ご注意ください。
【完結】初恋相手にぞっこんな腹黒エリート魔術師は、ポンコツになって私を困らせる
季邑 えり
恋愛
サザン帝国の魔術師、アユフィーラは、ある日とんでもない命令をされた。
「隣国に行って、優秀な魔術師と結婚して連れて来い」
常に人手不足の帝国は、ヘッドハンティングの一つとして、アユフィーラに命じた。それは、彼女の学園時代のかつての恋人が、今や隣国での優秀な魔術師として、有名になっているからだった。
シキズキ・ドース。学園では、アユフィーラに一方的に愛を囁いた彼だったが、4年前に彼女を捨てたのも、彼だった。アユフィーラは、かつての恋人に仕返しすることを思い、隣国に行くことを決めた。
だが、シキズキも秘密の命令を受けていた。お互いを想い合う二人の、絡んでほどけなくなったお話。
男として王宮に仕えていた私、正体がバレた瞬間、冷酷宰相が豹変して溺愛してきました
春夜夢
恋愛
貧乏伯爵家の令嬢である私は、家を救うために男装して王宮に潜り込んだ。
名を「レオン」と偽り、文官見習いとして働く毎日。
誰よりも厳しく私を鍛えたのは、氷の宰相と呼ばれる男――ジークフリード。
ある日、ひょんなことから女であることがバレてしまった瞬間、
あの冷酷な宰相が……私を押し倒して言った。
「ずっと我慢していた。君が女じゃないと、自分に言い聞かせてきた」
「……もう限界だ」
私は知らなかった。
宰相は、私の正体を“最初から”見抜いていて――
ずっと、ずっと、私を手に入れる機会を待っていたことを。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる