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(34)灰色の州知事
ウデナの働きもあり、アプハンに渡りモニークに到着した翌日にはガザレル州知事であるサイラットに会う手筈が整った。
「しかし州知事に目通りするのに、やはりこの赤子も連れて行くんですか」
「そりゃそうでしょ。因みに詳細を知ってるのはデュロイ、お前だけだから頼むぞ」
イヒャルドから全部聞いてるんだろと揶揄うように呟いて、ケイレブはデュロイの肩を叩く。
その時、誰も気付きはしなかったが、ケイレブはデュロイの肩口に伝令の暗号を書き記したメモを忍ばせた。
イヒャルドは何も言わずに寄越したが、彼が認める才能ある若者だ。だからこそ、今この時にケイレブが信用できるのはこのデュロイだけなのだ。
「この子は親を亡くし、国を渡ったアプハンで縁戚の養子になることになってる」
その声はデュロイにしか聞こえない。
ケイレブがそうした意図を汲み、デュロイは黙礼すると不自然のない動きでビリーやウデナとこの後の動きについて確認し始めた。
先ほど合流したばかりのビリーが掴んできた情報によれば、赤子を引き取るはずの人物を乗せた馬車が滑落したのは、ここ数日続いた悪天候のせいで事件性は見受けられないということ。
そして代理を名乗って赤子を引き取りに来た男に関しては、深い事情は何も知らずモニークの東にある街、シタンザニアに連れて来いとだけ聞かされた金で雇われたゴロツキだと報告する。
「不可解ですね」
「まあ辻褄が合わないことが多すぎる感じはするよなあ。悪天候で滑落した馬車から生還した誰かが依頼したとしても、この子が向かうのは首都のレンラルだ。シタンザニアを通れば迂回どころか反対方向だ」
ケイレブはわざとらしく首を捻ると、顎に手を当てて何度か指を組み替える。
「つまり何かしらの妨害があると言うことですか」
ウデナが難しい顔をして眉根を寄せるが、ケイレブは両手を広げて戯けると、さあねと吐き捨てる。
「まあ知事に会えば、なにか別視点の情報も入るかも知れないから行くとしようや」
ガザレル州知事であるサイラットには、ウデナが詳細の報告を済ませている。
州知事公邸に到着すると、ケイレブたち一行は検問を通って真っ白な建物の中に案内されるまま入っていく。
「では俺たちは外で控えています」
案内された広間の前に来るとビリーやウデナはミネーラを伴って足を止め、それが当然とばかりに廊下に控えていると言う。
もちろん警護という意味でそれは正しいと思える行動なのだが、今はそれを理由に彼らにケイレブの視界から外れられては困る。
「お前らはともかく乳母と赤子は中に入らなければならんだろう。それに義を尽くして迎え入れてくださる州知事にも、失礼に当たらんとも限らない」
デュロイの言葉に反論が出るかと思えば、どこか安心したようにビリーとウデナたちの表情が僅かに緩む。
ケイレブは決してそうであって欲しくない事態にことが運ぶ予感を拭えずに、一人小さく息を吐く。
「では参りましょう」
「そうだな」
ケイレブはその腕に赤子を抱き、サイラットが待つ部屋に入った。
「ようこそおいでくださいました」
太く逞しい声とは対照的に線の細い男は、黒髪に白髪が混ざった髪を後ろに撫で付け、神経質そうな顔が露わになっている。
これがガザレルの州知事サイラットか。ケイレブは注視しながらも、貼り付けた笑顔を絶やさない。
豪奢な造りの長椅子から立ち上がってケイレブに笑顔を浮かべ、どうぞと机を挟んで置かれた長椅子に座るように案内する。
「急な申し出にも拘らず、時間を割いていただいてありがとうございます」
「いいえとんでもない、息子の許嫁の頼みです。お困りのことがおありとのことで、私で力になれるのでしたらなんなりと」
サイラットは表情から考えが読みづらい男らしい。
ケイレブは当たり障りのない会話から始めて、この男を凌駕する狡猾さを見せなければならないと、想像よりも手強い相手に気を引き締めて掛かる。
「ミドレッド街道がここしばらくの長雨で、一部区画は封鎖されたままだと聞いています。復旧は難しいですか」
「ああ、馬車の滑落事故の件でしょうか」
「ええまあ」
「この度のご不幸に際してなんとお声掛けすべきか」
「お気持ちだけありがたく」
珍しく歯になにか詰まったような物言いで、言葉を選びながら会話を進めるケイレブの様子を、デュロイを含めた従者の四人が見守っている。
「首都レンラルに向かう場合、街道が封鎖されているとなると、運河を使う以外に移動手段は」
「軍用陸路の通行証を取得するか、仰る通り運河で首都入りするのが確実です。あるいはその他ですと、迂回する行き方もなくはないですね」
「シタンザニアから内陸に伸びる鉱山の坑道を抜ける順路、と云うところでしょうか」
「ほう、さすがはよくご存知ですね」
サイラットが驚いた様子を見せるが、腹の中まではやはり読めない。
ビリーが掻き集めてきた情報は、ウデナがサイラットに約束を取り付けた後に聞き及んだ話だが、悪路だとしても州知事の立場でシタンザニアを迂回路に挙げることに矛盾はない。
実際にアプハン東部から内陸にかけては鉱脈が拡がっていて、中央北西部に在る首都レンラルまでは確かにその道を使っても向かえない距離ではないだろう。
ただし、ケイレブが把握している状況が正解ならば、シタンザニアには迂闊に近付くべきではない。
「軍用陸路が最も安全という保証はありませんよね」
「現状、まず認可されないでしょう。オルガッドからの正式な使者としてならばあるいは」
「まあ妥当な判断ですね」
運河を利用することに的が絞られると、ケイレブは移動の手配に関しては丁重に断りを入れて、ミドレッド街道で起こった滑落事故の再調査を依頼する。
「どうも不可解なんですよ」
首都レンラルから海路の玄関口であるモニークへの最短距離を走るミドレッド街道で起きた事故にしては、あまりにも小規模すぎる。最も往来がある街道なのにだ。
悪天候での移動だったにせよ、被害が該当する馬車一台なのは極めて不自然すぎる。
「分かりました。では念入りに再度調査を行わせましょう」
サイラットは無表情のままそう答えるだけだった。
「しかし州知事に目通りするのに、やはりこの赤子も連れて行くんですか」
「そりゃそうでしょ。因みに詳細を知ってるのはデュロイ、お前だけだから頼むぞ」
イヒャルドから全部聞いてるんだろと揶揄うように呟いて、ケイレブはデュロイの肩を叩く。
その時、誰も気付きはしなかったが、ケイレブはデュロイの肩口に伝令の暗号を書き記したメモを忍ばせた。
イヒャルドは何も言わずに寄越したが、彼が認める才能ある若者だ。だからこそ、今この時にケイレブが信用できるのはこのデュロイだけなのだ。
「この子は親を亡くし、国を渡ったアプハンで縁戚の養子になることになってる」
その声はデュロイにしか聞こえない。
ケイレブがそうした意図を汲み、デュロイは黙礼すると不自然のない動きでビリーやウデナとこの後の動きについて確認し始めた。
先ほど合流したばかりのビリーが掴んできた情報によれば、赤子を引き取るはずの人物を乗せた馬車が滑落したのは、ここ数日続いた悪天候のせいで事件性は見受けられないということ。
そして代理を名乗って赤子を引き取りに来た男に関しては、深い事情は何も知らずモニークの東にある街、シタンザニアに連れて来いとだけ聞かされた金で雇われたゴロツキだと報告する。
「不可解ですね」
「まあ辻褄が合わないことが多すぎる感じはするよなあ。悪天候で滑落した馬車から生還した誰かが依頼したとしても、この子が向かうのは首都のレンラルだ。シタンザニアを通れば迂回どころか反対方向だ」
ケイレブはわざとらしく首を捻ると、顎に手を当てて何度か指を組み替える。
「つまり何かしらの妨害があると言うことですか」
ウデナが難しい顔をして眉根を寄せるが、ケイレブは両手を広げて戯けると、さあねと吐き捨てる。
「まあ知事に会えば、なにか別視点の情報も入るかも知れないから行くとしようや」
ガザレル州知事であるサイラットには、ウデナが詳細の報告を済ませている。
州知事公邸に到着すると、ケイレブたち一行は検問を通って真っ白な建物の中に案内されるまま入っていく。
「では俺たちは外で控えています」
案内された広間の前に来るとビリーやウデナはミネーラを伴って足を止め、それが当然とばかりに廊下に控えていると言う。
もちろん警護という意味でそれは正しいと思える行動なのだが、今はそれを理由に彼らにケイレブの視界から外れられては困る。
「お前らはともかく乳母と赤子は中に入らなければならんだろう。それに義を尽くして迎え入れてくださる州知事にも、失礼に当たらんとも限らない」
デュロイの言葉に反論が出るかと思えば、どこか安心したようにビリーとウデナたちの表情が僅かに緩む。
ケイレブは決してそうであって欲しくない事態にことが運ぶ予感を拭えずに、一人小さく息を吐く。
「では参りましょう」
「そうだな」
ケイレブはその腕に赤子を抱き、サイラットが待つ部屋に入った。
「ようこそおいでくださいました」
太く逞しい声とは対照的に線の細い男は、黒髪に白髪が混ざった髪を後ろに撫で付け、神経質そうな顔が露わになっている。
これがガザレルの州知事サイラットか。ケイレブは注視しながらも、貼り付けた笑顔を絶やさない。
豪奢な造りの長椅子から立ち上がってケイレブに笑顔を浮かべ、どうぞと机を挟んで置かれた長椅子に座るように案内する。
「急な申し出にも拘らず、時間を割いていただいてありがとうございます」
「いいえとんでもない、息子の許嫁の頼みです。お困りのことがおありとのことで、私で力になれるのでしたらなんなりと」
サイラットは表情から考えが読みづらい男らしい。
ケイレブは当たり障りのない会話から始めて、この男を凌駕する狡猾さを見せなければならないと、想像よりも手強い相手に気を引き締めて掛かる。
「ミドレッド街道がここしばらくの長雨で、一部区画は封鎖されたままだと聞いています。復旧は難しいですか」
「ああ、馬車の滑落事故の件でしょうか」
「ええまあ」
「この度のご不幸に際してなんとお声掛けすべきか」
「お気持ちだけありがたく」
珍しく歯になにか詰まったような物言いで、言葉を選びながら会話を進めるケイレブの様子を、デュロイを含めた従者の四人が見守っている。
「首都レンラルに向かう場合、街道が封鎖されているとなると、運河を使う以外に移動手段は」
「軍用陸路の通行証を取得するか、仰る通り運河で首都入りするのが確実です。あるいはその他ですと、迂回する行き方もなくはないですね」
「シタンザニアから内陸に伸びる鉱山の坑道を抜ける順路、と云うところでしょうか」
「ほう、さすがはよくご存知ですね」
サイラットが驚いた様子を見せるが、腹の中まではやはり読めない。
ビリーが掻き集めてきた情報は、ウデナがサイラットに約束を取り付けた後に聞き及んだ話だが、悪路だとしても州知事の立場でシタンザニアを迂回路に挙げることに矛盾はない。
実際にアプハン東部から内陸にかけては鉱脈が拡がっていて、中央北西部に在る首都レンラルまでは確かにその道を使っても向かえない距離ではないだろう。
ただし、ケイレブが把握している状況が正解ならば、シタンザニアには迂闊に近付くべきではない。
「軍用陸路が最も安全という保証はありませんよね」
「現状、まず認可されないでしょう。オルガッドからの正式な使者としてならばあるいは」
「まあ妥当な判断ですね」
運河を利用することに的が絞られると、ケイレブは移動の手配に関しては丁重に断りを入れて、ミドレッド街道で起こった滑落事故の再調査を依頼する。
「どうも不可解なんですよ」
首都レンラルから海路の玄関口であるモニークへの最短距離を走るミドレッド街道で起きた事故にしては、あまりにも小規模すぎる。最も往来がある街道なのにだ。
悪天候での移動だったにせよ、被害が該当する馬車一台なのは極めて不自然すぎる。
「分かりました。では念入りに再度調査を行わせましょう」
サイラットは無表情のままそう答えるだけだった。
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