13 / 65
4-3
しおりを挟む
色んな物件を眺めながら、どんな街なのか別のページを開いて環境を調べていると、置きっぱなしになっていたバッグの中でスマホが震える音がした。
「長いな。電話かな」
バッグを手繰り寄せてスマホを取り出すと、画面に表示された 斉藤 菜穂子の文字に、そういえば美咲の結婚で引っ越しが確定したことを従姉妹に相談したのを思い出した。
「もしもーし。菜穂ちゃん、やっほ」
『はいはい、やっほ。メッセージ見たよ』
「わざわざ電話くれたの」
『あ、今大丈夫だった? 』
「平気。でもメッセージで良かったのに」
『だって電話の方が早いかと思って。メッセージでダラダラやり取りするの嫌いなんだよね、知ってるでしょ』
「分かってる」
菜穂ちゃんは母方の従姉妹の中でも、一回りほど歳が離れた三児の母で、私にとっては昔から頼りになるお姉ちゃんだ。
美咲の結婚が決まり、ルームシェアが解除されることになって、真っ先に相談相手として頭に浮かんだのが菜穂ちゃんだった。
『おめでたい話だけど、引っ越しとなると大変ね』
「そうなんだよ、急な話でさ。親にも愚痴れなくて」
『叔母ちゃんたちなら、確かに家に帰ってこいって言いそう』
「でしょ」
夕飯の途中だと断りを入れて、ご飯が冷めてしまわないうちに頬張りながら電話の受け答えをすると、菜穂ちゃんは一通りの世間話を済ませてから、本題を思い出したと言った。
『私の昔馴染みにさ、心当たりがあるんだけど』
「は? なんの」
『家よ、家。引っ越し先』
「引っ越し先って私の?」
『他に誰の話すんのよ。広い家なんだけど、仕事が忙しくてほとんど家に帰れてないみたいでね。とにかく、部屋がもったいないって話をしててね。行く宛がないなら聞いてみようか』
「え。まさか、菜穂ちゃんの知り合いの家で厄介になれってこと」
『だって今の家に住み続けらんないんでしょ。あの家ならルームシェアみたいに気を遣わなくて済むわ。めちゃくちゃ広くて度肝抜かすわよ』
「でも」
『私の馴染みよ? 信頼出来る人間だから安心して』
そうは言っても、相手がどんな人かも分からないのに、菜穂ちゃんはいつもの少し強引すぎるほどのペースで話を進めていく。
『今メッセージ送った』
「え、誰に。まさかその昔馴染みの人に?」
『うん。あ、返信来た。OKだって』
「いや、OKって言われても」
『そんな高い部屋、悩んでる時間ないでしょ。新婚で子どもも産まれるとなると、何かと入り用なんだから。相手の子に家賃を負担させ続けて、良い部屋が見つかるとも限らないでしょ』
「それはそうなんだけど」
『先方はいつでも大丈夫って言ってるし、さっさとそこ、退去しちゃいなさい』
「いや、急すぎるよ」
『香澄、こういうことはね、即断即決した方がいいのよ。それで、引っ越してからゆっくり部屋探せば良いのよ』
「でも菜穂ちゃん」
『ああ、ごめん。 桃乃がグズり始めた。とにかく、先方の連絡先と住所は後で送っとくから、すぐに引っ越しなさいよ。案外楽しくやっていけると思うわよ』
スピーカーの向こうから子どもたちの騒ぐ声が聞こえると、じゃあねと言い残して電話は一方的に切れた。
「楽しくやっていけるって言われても」
虚しい機械音になった電話を切ると、テーブルにスマホを置いて、残り僅かになった冷えたご飯を平らげる。
菜穂ちゃんだって、私の相手が嫌で適当なことを言ってる訳じゃないのは分かってる。
だけど、いくら菜穂ちゃんの知り合いだからって、部屋空いてるらしいですねなんて、軽々しくお世話になることなんて出来ないのは、私の中では常識的な判断だと思う。
「断るにしても、ちゃんと部屋を見付けないとな」
タブレットをタップして、改めて住宅情報サイトを眺めてみるものの、数十分で優良物件の情報が更新されるはずもなく、虚しい溜め息だけが部屋に響く。
「長いな。電話かな」
バッグを手繰り寄せてスマホを取り出すと、画面に表示された 斉藤 菜穂子の文字に、そういえば美咲の結婚で引っ越しが確定したことを従姉妹に相談したのを思い出した。
「もしもーし。菜穂ちゃん、やっほ」
『はいはい、やっほ。メッセージ見たよ』
「わざわざ電話くれたの」
『あ、今大丈夫だった? 』
「平気。でもメッセージで良かったのに」
『だって電話の方が早いかと思って。メッセージでダラダラやり取りするの嫌いなんだよね、知ってるでしょ』
「分かってる」
菜穂ちゃんは母方の従姉妹の中でも、一回りほど歳が離れた三児の母で、私にとっては昔から頼りになるお姉ちゃんだ。
美咲の結婚が決まり、ルームシェアが解除されることになって、真っ先に相談相手として頭に浮かんだのが菜穂ちゃんだった。
『おめでたい話だけど、引っ越しとなると大変ね』
「そうなんだよ、急な話でさ。親にも愚痴れなくて」
『叔母ちゃんたちなら、確かに家に帰ってこいって言いそう』
「でしょ」
夕飯の途中だと断りを入れて、ご飯が冷めてしまわないうちに頬張りながら電話の受け答えをすると、菜穂ちゃんは一通りの世間話を済ませてから、本題を思い出したと言った。
『私の昔馴染みにさ、心当たりがあるんだけど』
「は? なんの」
『家よ、家。引っ越し先』
「引っ越し先って私の?」
『他に誰の話すんのよ。広い家なんだけど、仕事が忙しくてほとんど家に帰れてないみたいでね。とにかく、部屋がもったいないって話をしててね。行く宛がないなら聞いてみようか』
「え。まさか、菜穂ちゃんの知り合いの家で厄介になれってこと」
『だって今の家に住み続けらんないんでしょ。あの家ならルームシェアみたいに気を遣わなくて済むわ。めちゃくちゃ広くて度肝抜かすわよ』
「でも」
『私の馴染みよ? 信頼出来る人間だから安心して』
そうは言っても、相手がどんな人かも分からないのに、菜穂ちゃんはいつもの少し強引すぎるほどのペースで話を進めていく。
『今メッセージ送った』
「え、誰に。まさかその昔馴染みの人に?」
『うん。あ、返信来た。OKだって』
「いや、OKって言われても」
『そんな高い部屋、悩んでる時間ないでしょ。新婚で子どもも産まれるとなると、何かと入り用なんだから。相手の子に家賃を負担させ続けて、良い部屋が見つかるとも限らないでしょ』
「それはそうなんだけど」
『先方はいつでも大丈夫って言ってるし、さっさとそこ、退去しちゃいなさい』
「いや、急すぎるよ」
『香澄、こういうことはね、即断即決した方がいいのよ。それで、引っ越してからゆっくり部屋探せば良いのよ』
「でも菜穂ちゃん」
『ああ、ごめん。 桃乃がグズり始めた。とにかく、先方の連絡先と住所は後で送っとくから、すぐに引っ越しなさいよ。案外楽しくやっていけると思うわよ』
スピーカーの向こうから子どもたちの騒ぐ声が聞こえると、じゃあねと言い残して電話は一方的に切れた。
「楽しくやっていけるって言われても」
虚しい機械音になった電話を切ると、テーブルにスマホを置いて、残り僅かになった冷えたご飯を平らげる。
菜穂ちゃんだって、私の相手が嫌で適当なことを言ってる訳じゃないのは分かってる。
だけど、いくら菜穂ちゃんの知り合いだからって、部屋空いてるらしいですねなんて、軽々しくお世話になることなんて出来ないのは、私の中では常識的な判断だと思う。
「断るにしても、ちゃんと部屋を見付けないとな」
タブレットをタップして、改めて住宅情報サイトを眺めてみるものの、数十分で優良物件の情報が更新されるはずもなく、虚しい溜め息だけが部屋に響く。
0
あなたにおすすめの小説
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
数合わせから始まる俺様の独占欲
日矩 凛太郎
恋愛
アラサーで仕事一筋、恋愛経験ほぼゼロの浅見結(あさみゆい)。
見た目は地味で控えめ、社内では「婚期遅れのお局」と陰口を叩かれながらも、仕事だけは誰にも負けないと自負していた。
そんな彼女が、ある日突然「合コンに来てよ!」と同僚の女性たちに誘われる。
正直乗り気ではなかったが、数合わせのためと割り切って参加することに。
しかし、その場で出会ったのは、俺様気質で圧倒的な存在感を放つイケメン男性。
彼は浅見をただの数合わせとしてではなく、特別な存在として猛烈にアプローチしてくる。
仕事と恋愛、どちらも慣れていない彼女が、戸惑いながらも少しずつ心を開いていく様子を描いた、アラサー女子のリアルな恋愛模様と成長の物語。
エリート役員は空飛ぶ天使を溺愛したくてたまらない
如月 そら
恋愛
「二度目は偶然だが、三度目は必然だ。三度目がないことを願っているよ」
(三度目はないからっ!)
──そう心で叫んだはずなのに目の前のエリート役員から逃げられない!
「俺と君が出会ったのはつまり必然だ」
倉木莉桜(くらきりお)は大手エアラインで日々奮闘する客室乗務員だ。
ある日、自社の機体を製造している五十里重工の重役がトラブルから莉桜を救ってくれる。
それで彼との関係は終わったと思っていたのに!?
エリート役員からの溺れそうな溺愛に戸惑うばかり。
客室乗務員(CA)倉木莉桜
×
五十里重工(取締役部長)五十里武尊
『空が好き』という共通点を持つ二人の恋の行方は……
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
財閥御曹司は左遷された彼女を秘めた愛で取り戻す
花里 美佐
恋愛
榊原財閥に勤める香月菜々は日傘専務の秘書をしていた。
専務は御曹司の元上司。
その専務が社内政争に巻き込まれ退任。
菜々は同じ秘書の彼氏にもフラれてしまう。
居場所がなくなった彼女は退職を希望したが
支社への転勤(左遷)を命じられてしまう。
ところが、ようやく落ち着いた彼女の元に
海外にいたはずの御曹司が現れて?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる