その溺愛も仕事のうちでしょ?〜拾ったワケありお兄さんをヒモとして飼うことにしました〜

濘-NEI-

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(47)変わらないものは変えなくていい

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 年越しはベッドの中でじゃれあって過ごして、元旦に初詣を済ませると、その夜にお母さんから猫撫で声の電話が掛かってきたから、お父さんの説得が成功したことを知った。
 三が日のうちに挨拶に行こうって一稀さんが言ってくれたから、変に親戚を呼んで宴会に巻き込まれないように、3日の夜に何の連絡もなく再び実家に顔を出した。
 案の定お母さんは不機嫌になったけど、この人の都合に振り回されるのはいい加減疲れる。
「本条さんは生まれも旧華族の名家でらして、ケンブリッジ大学をご卒業なさったそうですわね」
 お母さんの上機嫌な声にまた始まったかと、私は吐き気に似た何かが込み上げてくるのを必死で堪える。
「まあでも、こんな素敵なご縁に恵まれるだなんて。うちのこの出来損ないの娘が、世界的に有名な貴方みたいな資産家の目に留まるだなんてね」
 お母さんだけが楽しげに声を弾ませる異様な空気に、私もお父さんも顔から表情が消えてしまう。
 一稀さんだけが穏やかな表情で、お母さんの独り言ような心無い言葉を聞いている。
「でもどうなのかしら。本条さんのご家族は、このお話本当に受け入れてらっしゃるのかしら。名家ご出身なんでしょう?この歳で傷物にされたらこちらだって体裁もありますのよ」
「ちょっとお母さん、何言ってんの」
 いよいよ我慢出来ずにテーブルを挟んで立ち上がりかけた私を、一稀さんが大丈夫だよと優しく制すると、柔らかい笑顔のままで断っておきますと続ける。
「奏多さんのお母さん。私は家族に縁のない男です。だから奏多さんのことを大事にしたい。私は自分の家族を私の手で大切にします。でもそれに貴方は含みません」
「なんですって」
「この結婚について、貴方が承知かどうかは問題ではありません。既に梅原さんからお許しを得ています。当然ながら結婚が家族の繋がりだとか、そんな古臭い考えは私にはありません」
 一稀さんがそこまで言い切ると、お父さんは承知してたのか、何も言わずにただ黙って座っている。
「ちょっとあなた、こんな男に奏多は任せられないわ。投資家だか知らないけど、どうせ端た金しか持ってないくせに!やっぱり常識の欠片もないじゃないの。何が旧華族の出よ」
「黙りなさい。綾子、常識がないのはお前の方だ」
「なんなの、あなた誰の味方なの」
 ヒステリックに騒ぎ出したお母さんを黙らせるためか、お父さんはバンと大きい音を立ててテーブルを叩くと、改めて声を張り上げた。
「いい加減にしないか!娘の婚約者にどれほど無礼を働くつもりだ。奏多は僕らの娘だが、一人の自立した人間なんだ。手駒か何かのつもりでいるのかお前は!」
 普段から温厚なお父さんの怒鳴り声を初めて聞いた。それはお母さんも同じだったようで、驚きと畏怖がこもった顔で言葉を失っている。
「まったく、すまないね本条さん。せっかく丁寧なご挨拶をいただいたのに申し訳ない。奏多はこれに似ず、融通も利くし気も利く子です。どうか末永く良くしてやってください」
「ありがとうございます、お義父さん」
「ああ嬉しいね、僕は息子が欲しかったから」
「是非またお酒の席でも、ご一緒させてください」
「そうだね。奏多は嫌がるだろうけど、今度は二人でゆっくり話しましょう」
「はい、是非よろしくお願いします」
 お父さんと一稀さんが固い握手を交わすのを、私は安堵して見つめて、お母さんは気に入らなさそうに、だけど黙って見つめてた。
 一稀さんにあんなことを言わせてしまって、優しい人だから申し訳ない気持ちはあったけど、私の心はスッキリしてて、やっとお母さんに着けられた首輪が外れたような気持ちだった。
「ごめんね、一稀さん」
「なーたんが謝ることじゃないでしょ」
 帰りの車の中で一稀さんは私の頭を撫でると、色んな家族の形があるからさと呟いた。
「俺んちもかなり歪だし。それに俺の場合は相手が死んじゃったからさ、良いように転んだんじゃないかとか、有りもしない夢を見たりして落ち込みもしたけど、なーたんのお母さん見て思い出したよ」
「え?」
「俺の父親もああいうタイプでね、遺産なんか遺されたから大事に思われてたのかもって、都合よく思いたかっただけなんだろうなって」
「そっか。そうだね、そう思いたいけど、生きてらして再会してたらどうだったかは分からないよね」
「そう。だけどなーたんにはお義父さんが居るからね。俺、お義父さんは好きだよ」
「ありがとう」
 人と人なんて、たとえ血の繋がった親子だとしても、もつれた糸を解いてみたら、実は千切れてしまってたなんてこともあるんだと思う。
 解けた時に繋がってたらそれはそれで良いし、千切れたものを無理に修復する必要もない。
「なーたんのお義父さん、みんなに好かれる校長先生って感じだよね。朝礼の挨拶とか眠くならなさそう」
「なにそれ」
「えー。だいたい眠くなるじゃん」
「いやそれは分かるけどさ。お父さんもそんな感じじゃない?同じ話何回もするしさ」
「そうかな。冗談とか挟んでくるし、会話自体が楽しかったけどな」
「それ褒めすぎだよ」
 私が気を遣わないように、お母さんの話をしないで済むように、何気なくお父さんの話だけを振ってくれる、一稀さん気遣いが溢れたたわいない会話に救われる。
 母親が嫌いだなんて、自分は間違ってるし狭量で親不孝だと思ってたけど、そこまで自分を卑下することもないのかも知れない。そう思わせてくれる一稀さんの優しさが嬉しかった。
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