その溺愛も仕事のうちでしょ?〜拾ったワケありお兄さんをヒモとして飼うことにしました〜

濘-NEI-

文字の大きさ
58 / 67

(58)それは突然に

しおりを挟む
 1週間とはいえ二人にとっては一緒に過ごせる短い時間を楽しむため、3日目は雨が降ってベッドの中でまったり過ごしたので、4日目は青空のハイドパークでピクニックを楽しんでいた。
「お天気になって良かったよね」
「俺はずっとベッドの中でも良いんだけどね」
「またそういう爛れたことばっか言うんだから」
 いつものように一稀さんの膝に座って、後ろから抱き締められた状態でグッと背中に体重をかけて、エッチな話は禁止だと言って口を尖らせる。
 可愛いねと言いながら、一稀さんは私の唇を掴んで、隙があるよと指先を口の中に差し込んでくる。
「こらっ!そういうのがダメなんだってば!ここ外だし、恥ずかしいでしょ」
「誰も見てないよ。ほら、キスしよ」
「んんっ、もう」
「はは。怒ってんのも可愛いねえ、なーたんは」
「そればっかり」
 結局はそんな一稀さんに笑ってしまって、体をくっつけてブランケットに包まりながら、もう一度キスをする。
 ブランチは一稀さんのリクエストで作ったおにぎりと、唐揚げや梅とシソを巻いた豚カツ、鱈の味噌焼きに卵焼き。
 ガッツリした日本食のお弁当食べながら周りを行き交う人たちを眺めてボーッとして過ごす。
 中には私たちのようにピクニックをしてるのか、寝そべって本を読んでる人なんかも居て、緩やかな時間の流れに心が和む。
 だけどそんな矢先、突然の連絡に私は握っていたスマホを手から落としてしまった。
 スマホを拾い上げた一稀さんは私を抱き寄せると、画面に表示された登録名を確認して一言断りを入れてから、ご無沙汰してますと電話に出た。
「もしもしお義父さん、本条です。奏多さんが動揺してしまって。はい。はい」
 電話はお父さんからで、お母さんが心筋梗塞で倒れてそのまま病院で亡くなった報せだった。
「ええ、奏多さんは休暇でロンドンに来てくれてて。いえ、俺は大丈夫なんで、すぐに手配して日本に向かいます。はい、出発の準備が整ったら改めて連絡しますね」
 隣で一稀さんがお父さん相手に電話をしてるけど、その内容がほとんど頭に入ってこない。
(お母さんが、死んだ?)
 確かにお母さんはもう70過ぎてるし、いつ大病を患ったとしても覚悟は出来てた。あの通りヒステリックな一面もあるし、高血圧気味だって話も聞いてた。
 だけど実際にこんな連絡が来ると体が震えて、体温が急激に下がったように手足が冷たくなって冷や汗が吹き出す。
「なーたん?大丈夫じゃないだろうけど、一旦家に帰って支度しようか。空港の状況調べて、飛ばせるならすぐ飛行機で日本に帰るよ」
「一稀さん、私」
「俺がそばに居るから。とりあえず一人きりのお父さんに顔見せてあげないと、頑張れる?」
「うん、そうだね。とりあえずお父さん一人じゃ、お父さんまで倒れちゃうかも知れない。うぅっ、お父さんまで倒れたらどうしよう」
「大丈夫。だから急いで支度を整えよう。なんなら向こうで必要なものを買えばいいから。ね、なーたん」
「うん」
 一稀さんに優しく抱き締めてもらって、彼の匂いに包まれて少し落ち着きを取り戻すと、立ち上がってその場の片付けをして一稀さんのアパートメントに帰る。
 フライトの手配とか一稀さんはバタバタしながらも私を気に掛けてくれて、だけど私は呆然としてほとんど記憶がない状態で、気付いたら空港に居てプライベートジェットに乗り込んだ。
「悪いけど貴重品だけしか持ってこなかったよ」
「うん」
「日本に着くまで時間があるから、休めるなら眠ってたらどうかな」
「うん」
「なーたん……」
「うん」
 生返事を繰り返す私に、一稀さんは悲痛な顔をしながらすぐに抱き寄せてくれて、私はようやくその温もりの中で涙を流すことができた。
 お父さんは好きだけど、お母さんのことが特別大好きだった訳じゃない。むしろ大嫌いだし、長生きしなくていいのにとすら思ったこともあった。
「私が酷いこと思ってたからかな」
「なーたん、君のせいなんてことは絶対にないよ」
「でも私、お母さんが嫌いだった。鬱陶しくて血が繋がってるのも嫌だった」
「俺もそうだった。だからそう考えちゃうのは分かるけど、絶対になーたんのせいでお母さんが亡くなった訳じゃない」
「だけど」
「違うよ。そんなことは絶対にない」
 一稀さんは注いだばかりのブランデーが入ったグラスを私に手渡すと、少し呑んで落ち着こうと背中をさすってくれる。
 カッと喉が焼ける刺激に咳き込むと、甘い香りが鼻から抜けて、少しだけ気持ちがリセットされる。
「大丈夫?」
「うん、ありがと」
「ねえ、なーたん。今は色々考えても楽しいことは浮かばないから、お義父さんに心配掛けないように、元気な顔で会いに行かなくちゃ」
「そだね、このまま抱き締めてもらってていいかな」
「もちろん。ゆっくり休みなよ」
 一稀さんはにっこり微笑むと、私のこめかみにキスをして優しく髪を撫でてくれる。
 縋り付くように一稀さんを抱き締める手に力を込めると、耳元に何度も大丈夫と優しく囁いて、膝の上に抱えた私の背中をゆっくりと撫でてくれる。
 お母さんが亡くなったことは、あまりにも突然だったし、まだ現実として受け止めきれはしないけど、私のそばには一稀さんが居てくれる。それだけで心強かった。
 そんな安心感から私は深く眠ってしまったらしく、眠りやすいように一稀さんが別のシートに私を移動させてくれたらしい。
 13時間弱のフライトを経て、地元近くの空港に降り立った私たちは、一路、実家への道を急いでタクシーに乗り込んだ。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

ある日、憧れブランドの社長が溺愛求婚してきました

蓮恭
恋愛
 恋人に裏切られ、傷心のヒロイン杏子は勤め先の美容室を去り、人気の老舗美容室に転職する。  そこで真面目に培ってきた技術を買われ、憧れのヘアケアブランドの社長である統一郎の自宅を訪問して施術をする事に……。  しかも統一郎からどうしてもと頼まれたのは、その後の杏子の人生を大きく変えてしまうような事で……⁉︎  杏子は過去の臆病な自分と決別し、統一郎との新しい一歩を踏み出せるのか?   【サクサク読める現代物溺愛系恋愛ストーリーです】

エリート役員は空飛ぶ天使を溺愛したくてたまらない

如月 そら
恋愛
「二度目は偶然だが、三度目は必然だ。三度目がないことを願っているよ」 (三度目はないからっ!) ──そう心で叫んだはずなのに目の前のエリート役員から逃げられない! 「俺と君が出会ったのはつまり必然だ」 倉木莉桜(くらきりお)は大手エアラインで日々奮闘する客室乗務員だ。 ある日、自社の機体を製造している五十里重工の重役がトラブルから莉桜を救ってくれる。 それで彼との関係は終わったと思っていたのに!? エリート役員からの溺れそうな溺愛に戸惑うばかり。 客室乗務員(CA)倉木莉桜 × 五十里重工(取締役部長)五十里武尊 『空が好き』という共通点を持つ二人の恋の行方は……

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

社内恋愛の絶対条件!"溺愛は退勤時間が過ぎてから"

桜井 響華
恋愛
派遣受付嬢をしている胡桃沢 和奏は、副社長専属秘書である相良 大貴に一目惚れをして勢い余って告白してしまうが、冷たくあしらわれる。諦めモードで日々過ごしていたが、チャンス到来───!?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...