犠牲の代償

はゆ

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【Feather Road】現実主義

八乙女真凛 / 肉壁 - 夢を売られた身体

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 辿り着いたのは、入ったことのない施設だった。内部は人で満ち、照明が多い。乾いた空気の中、装飾の隙間に歓喜と沈黙が混在している。ここが、夢を与え、同時に奪う場所であることは理解できた。

 階段を上り、ステージへ進む。照明が落ち、私だけが照らし出された。

「続いての商品は〝魔力袋〟です」

 その一言で、場の空気が切り替わった。『商品』という単語が、状況を固定する。これはオーディションではない。ここで行われているのは売買、つまりオークションだ。

 客席にいるのは買い手で、私は品定めされる側にいる。〝人身売買〟という言葉を否定する理由は存在しない。別の名称を与えても、本質は変わらない。

 自分でも意外だったが、その事実を受け入れていた。抵抗感はない。条件に合うだけで命を奪われる社会に変質した今、人が売られることも異常ではない。命が数値で管理されるなら、身体が資源として扱われるのも自然な流れだ。

 ドローンカメラが、一定の距離を保って私を追尾する。足元のモニターには、顔の一部から肩、腕、胴体へと映像が切り替わり、全身の輪郭が表示された。同じ映像が背面のスクリーンにも映し出されていた。

 落札後の用途を想像することは避けた。考えたところで、耐え難い結論にしか辿り着かない。選択権は、すでに私の手を離れている。私は自分の身体を自由に扱えない状態にあり、この状況で感情に沈むのは合理的ではない。

 必要なのは現実への適応と、条件の最適化だ。より良い条件で扱われる可能性を、わずかでも高める。そのため、身体への反映を確認できないまま、口角を上げて笑顔を作った。背筋を伸ばし、わずかに胸を張る。

 落札者は、一見すると普通の人物だった。服装も表情も、特別な点は見当たらない。しかし、人を買うという行為の前では、普通という分類自体が意味を失う。あるいは、その思考自体が無意味なのかもしれない。

 私は今、〝魔力袋〟として扱われている。人格ではなく、感情でもない。機能として価値を測られている。ならばまず、その役割を正確に理解する。それが、次に取り得る行動を増やす唯一の方法だ。

 落札者は私にパープルのカラコンを差し出した。
「これを付けて」
 私を落札するために多額の金を支払った以上、好みの外見に変える権利があることは理解している。それでも、私の身体がその意志に従うかどうかは別の話だ。私は自分の身体を動かせない。
 落札者は動こうとしない私の目に無言でカラコンをはめ、そのまま手を引いて施設内の美容室へ向かった。落札した商品を即座に加工できるよう、この場所に用意されているのだろう。
 落札者が美容師と話している間、私は立ったまま待つしかなかった。どんな髪型にされるのか、不安だけが積もっていく。

 腰まであった髪は無慈悲に切り落とされ、短いボブヘアになった。その過程を、私は眺めるしかなかった。権利を理解していても、心の奥で小さな戸惑いが芽生える。
 だが落札者はそれを意に介さず、私を施設の外へ連れ出した。露わになった首筋に冷たい風が当たり、その冷えがじわじわと身体に染み込む。服を着るまでの辛抱だと、自分に言い聞かせた。

 * * * 

 落札者が足を止めたのは、公園のベンチに座る女性の前だった。知り合いなのかと思うより先に、早く私に服を着せるべきだと考えてしまう。
 動かせない身体が小刻みに震える。深呼吸をして落ち着けようとするが、震えは止まらない。

「魔力袋だ」
 落札者は私をそう紹介した。挨拶を求められることもなく、話は淡々と進む。

「行くわよ」
 女性はそう言って立ち上がり、私には一切の関心を示さなかった。私はその事実を受け入れるしかない――でも、無意味なことだとわかっていても、言いたい。
「私の紹介、それだけ? もっと……何か」
「何かあるのかしら?」
 会話が成立したことに、かすかな驚きが生まれる。
「私と会話できるの?」
「当然でしょ。無いなら行くわよ」

 背を向けた彼女の手を、私は思わず握った。その瞬間だけ、身体が動いた。動かせる条件があるのだろうか。理由はわからないが、事実を受け入れることにした。
 目覚めてから、私は誰とも会話できなかった。彼女は、唯一対話できる相手だ。
「どこに向かってるの?」
「ダンジョンよ。そのためにあなたをパーティに迎えたの」
 私はその言葉を理解できなかった。パーティ? どんなドレスを着られるのか、そんなことを考えた自分を、すぐに馬鹿らしく思うようになる。

「あなたは後ろにいて。邪魔だから前には出ないで」

 オークションで買われた私は、引き立て役に過ぎないのだから後ろに下がるのは当然だ。
 しかし、言葉の重さに心が少し沈む。これから先ずっと、後ろに従うしかないのだ。
「半歩くらい後ろでいい?」
「駄目。もっと後ろ。見えないように隠れて。邪魔はしないで」

 しゅんとしている暇はない。次の質問に繋げたい。
「わかった。あなたのこと、なんて呼べばいい?」
肉壁にくかべ。肉の壁で、肉壁よ」

 あまりにも直球な名前に呆れつつも、受け入れるしかないのだと感じ始めている。

 * * * 

 肉壁は急に足を止め、腰を落として構えた。
「おしゃべりは終わり。モンスターが来るから下がって」

 現れたモンスターは、動きも質感も異様にリアルだった。装着されたカラコンにVR機能があるのだろうと納得する。まるで映画のよう。先ほど装着されたコンタクトにVR機能が備わっているのだろうと納得した。技術の進歩に感心する。
 だが楽しいとは思えない。
「私は何をすれば?」
「早く下がって。何もしないで」

 私が下がった後、肉壁は反撃せず、ひたすら攻撃を受け続けた。私は目を逸らし、自分に言い聞かせる。身体が動かないのだから仕方がない、と。


「これはすごい」
 落札者の呟きの意味は分からなかった。でも、それは私がこういうものが苦手だからだ。好きな人にとっては楽しいのだろう。
「他にはどんなことが出来る?」
 肩を叩かれ、私は初めて自分に向けられた言葉だと知る。

 私は何もせず、ずっと見ていただけ。
「何もしていません」
「謙遜しなくていい。魔力袋がいるから、物理攻撃しかしてこない」
 混乱する中で、『しか』という言葉が引っかかった。普段よりもひどくはない、ということだろうか。私は、落札者との会話が成立しないと思っていた。だから、何も言わないままでいたが、反応するのであれば、試しに言ってみよう。

「助けないの?」
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