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03.命を賭けた戦い
しおりを挟む追加された特別なルールは、1つのみ。神崎か俺かのどちらかがハコる……マイナス点になってしまうか、半荘である東場+南場が終わった時に、どちらかがトップであれば終了となる。半荘で勝負が付かなかった場合、点棒はそのまま、もう半荘を行う。
東場が終わった段階で、やはりトップは神崎であった。2位は自分で、彼との点差は21000点。まだ覆せる範疇だけど、これがかなり難しい。
東場をやってわかったが、神崎の読みはとんでもなく先まで行っている。こちらの思考回路を読んだうえで、絶妙な牌で待ち受けているのだ。なのに神崎自身の思考の癖はよくわからないし、表情も動かない。だからどんな役を作り、どんな牌で待っているのか、捨牌だけではまったく読み切れない。
だが別に、彼から点を取る必要は無いのだ。数合わせで座っているだけの2人から点棒を毟り、神崎よりも高い点になれば良い。
場にある捨牌を見つめ、自分の牌を見つめ。常に考え抜いて、牌を捨てていく。変則的を心がけているからか、彼はまだこちらの思考回路を完全に捉え切れていないようだ。
だから21000点差で済んでいる。このまま直撃を避けられれば勝てるかもしれないが……正直、そろそろ危ないような気もしている。
「それだ、ロン!」
南場に入ってからの1局目、上家の吐き出した牌でアガれた。満貫の8000点。また下家のリー棒も拾い、全部で+9000点。これで神崎との差は12000点。
そして南2局にて、再び親が回ってくる。ここで親を守りながら、黒服達から点棒を取れれば、神崎より上に行ける。
当然、そこが問題でもあった。対面に座っている男は、絶対に親を流そうとしてくる。すでに東場の時に、彼に即効でアガられて親を流されてしまっているのだ。
ここが勝負となる。この親の巡が。
牌を積み、賽を振り。手元に来た配牌を見つめる。
ドラを1つ抱えているが、順子の中には入れられそうにないし、頭になるかどうかは運である。ドラは皆なるべく抱えようとするからこそ、俺は早めに捨てたいタイプだ。長く持っていて、いざ捨てたらロン牌だった、なんてのは嫌だから。
だからこのドラはこれはさっさと捨てて……1番早くアガれるのは白のみか。1500点しか得られないが、とにかくは他よりも先にアガり、親を維持すべきだ。
引いた牌を、手元の並んでいる牌の上に乗せた。いきなり使える牌が来てくれた。なので考えていたとおり、すぐにドラを捨てる。長く持っていては、いざという時に足枷になる。
途中、上家が捨ててきた白をポンで鳴いて、5巡目。早くも張った。あとはアガるだけ。
チラリと神崎を見やる。彼の双眸は、牌を、そして対面にいる俺を見つめてきていた。どんな状況下であっても、まったく表情は変わらない。
まるですべてを見透かしてくるような目に、このままアガリ牌が出るまで回して大丈夫なのかと、不安に駆られる。何か仕掛けてくるのではないかと、疑心暗鬼になってしまう。
「…………」
だが迷ったところで、このまま早アガりを目指すしかない。そのつもりで鳴いたのだから、素直に突き進むべきだ。今はとにかく親を守ることを優先させる。
だから回ってくる牌を、ひたすら捨てた。自分の捨てた牌で、誰かがアガらないことを祈りながら。
そして8巡目。
「ッ……ツモ!」
なんと自分でアガリ牌を引けた。なんという幸運。鳴いたので裏ドラはないが、親ツモ+白なので、30符×2翻=2900点。1000オール、3人から1000点ずつだ。
ちなみに他家の開いてきた手牌を見ると、誰もリーチになっていなかった。どうやら運気は俺にあるらしい。
そんなわけで次の1本場でも、早アガリを目指した。鳴きながら手牌を揃えていき……9巡目でアガリ。南を揃えての1500点。
そしてその次はさらに運が良くて、3順目にしてリーチ、11順目にしてアガれた。役は断么九、2~8の数牌のみで構成されている。40符2翻で3900点。
本当に幸運を掴んでいる。このまま稼いで神崎を抜きたいが、それがとても難しいことも理解している。早アガリは出来ているものの、神崎からは点を取れていないから。
彼はロン牌を捨ててこない。俺がどの牌で待っているかを、場に出ている捨牌や彼自身の手牌から、冷静にかつ瞬時に分析しているからだろう。さすがは天才である。
親での3本場。神崎との点差は3600点にまで迫ってきている。あと3600点。このままいけば追い付ける。だが追い越して、さらにはもっと離さなければ、あっという間に逆転される点差である。
そろそろ、大きな手を作った方が良いのだろうか?
そんなことを考えつつ、手元の配牌を見つめた。これなら頑張れば、萬子牌のみを揃えた清一色が作れそうだ。どんどん鳴いても5翻……親なので12000点になる。いっきに神崎を抜けるチャンスだ。
まずは3順目でポンを1回。それから7順目で、もう1回。そして残っている筒子の1つを捨てようとして、ふと牌を持つ手が止まった。
……このままこれを捨てるのは、どうにも危険な気がする。神崎の捨牌を見るに、もしかしたら彼もすでに張っているかもしれない。
どうする? この牌を捨てて良いのか?
今は7巡。手はまだ変えられる。この筒子を手元に戻して、3つずつ同じ牌を揃える対々和にすべきだろうか。
だって相手はあの神崎だ。裏の裏まで読み取ってくる男なので、侮ってはいけない。
俺はすでに萬子でのポンを2回している。それと捨牌を照らし合わせれば、萬子をたくさん持っていることは明白である。
しかしポン1回は、今しがたのことだ。このまま手に持っている筒子を捨てれば、まだ捕まらないのではないか?
清一色でアガれれば、12000点。しかし対々和では2900点。どう考えても前者でアガりたい。
ここで弱気になったら、勝てるものも勝てないのではないか? 弱腰になって逃げたせいで捕まるのは、後悔が大きくなる。
だから捨てた。このまま高い点数を狙うために。そうやって勝ちに行くために。
だが、その瞬間。
「ロン」
静かな声が、空間を支配した。驚いて、神崎の開いてきた牌を見つめる。並びは一盃口。待ちは五筒単騎。
「……は、…………ッ」
やられた。本当にテンパイになっていて、しかも単騎で待っていた。つまり俺がここぞという時に、そのまま強気で突き進むことを見抜かれていたのだ。
あともしかしたら、いらない牌は索子から捨てているとか、数字の大きい方から捨てているとか、そういう癖みたいなものもあったかもしれない。
とにかく東場から南2局までの時間で、多くのことを暴かれてしまった。
驚いたまま、神崎の手牌から、神崎自身へと視線を移す。彼はただ静かに、俺を見つめてきていた。すべてを見透かすような双眸に、息苦しくなってくる。
――これが天才、神崎慧。
彼は人間の域を遥かに越えている。多分、ほんの僅かな眼球の動きとか、表情、捨牌から、すべてを見極めてしまえるのだ。そうして何十歩と先の未来を見据える。誰も、この天才には敵わない。
……だが、諦めるのか? 負けたら死ぬというのに、勝つことを放棄するのか?
バカな。俺は最後まで諦めない。絶対に死なない。まだだ、まだ勝つ道はある。
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