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04.勝敗のゆくえ
しおりを挟む親を流されてしまい、南三局。手牌を見つめる。バラバラだ。この手、アガれる道はあるのか。
山から牌を取り、手牌を確認したあと、まずは四索を捨てた。また引き、次は六萬を捨てる。手牌はバラバラのまま。否、まだバラバラなだけだ。この手、絶対にアガがってみせる。運が無ければ死ぬだけだが、もちろん死ぬつもりはない。
生きる、必ず。
運は、確かに良かった。基本的には初期に捨てるだろう字牌のほとんどを、最初から1つずつ持っていたこと。東南西北白中というバラバラなものが初めからあった。逆に2~8の数字はほとんど無かったので、捨牌からはなかなか手牌が読みづらい。
国士無双は鳴くことが出来無い。四暗刻の方が元々成立する確立は高いし、鳴ける大三元に比べれば、ギリギリの緊張感を強いられた直面ではアガるのが難しい。
だが俺は賭けた。この役満に命を沿おうと。もしアガれなければ、勝機は無いのだと。
そして来た。国士無双テンパイ。待ちは一萬。まだ2つしか場に出ていない。
現在は16巡だ。下家はリーチをしているし、神崎も多分張っている。
彼が何で待っているかなんて、凡人の俺には読み切れないし、それ以上は考えなかった。どんなことがあっても、この手は絶対に崩さない。ただ不必要な牌を捨てる。その捨牌がどちらかのロンパイだとしても。
勝つ、勝つ。俺は絶対に勝つ。
そんな魂の叫びが幸運を呼び込んだのか、残り2巡。リーチをしている下家の捨てた牌に、咄嗟に声を上げた。
「ロン!」
――来た、国士無双。アガれたのだ、この役満を。
32000点。この瞬間、俺は20000点以上の差を付けて神崎を越えた。このまま次局で早アガりすれば、きっと勝てる。いや勝つのだ、絶対に。
そんな決意を込めて、対面にいる神崎を睨んだ。するとどうしたのか、彼は微笑んできた。口元に孤を描き、スゥッと細めた目でこちらを見つめてくる。
何を、と。漠然とした恐怖が背筋を走った。何を考えている? 逆転されて、負けるかもしれないという場面で、どうして笑うのか。しかも睨めば睨むほど、愉しげに見える。
否、実際に愉しんでいるのだろう。多分、窮地に立たされているこの現状を。それとももしかして、必死に足掻いている俺を、嘲笑っているのだろうか?
わからない。わからないが、関係無い。
俺は勝つ。それだけだ。
神崎が親である最終局。俺の手牌は、先程と違って平凡だった。平凡だが、1番欲しかった配牌だ。この流れに沿ってアガれば良い。
引いてくる牌もそれなりに手元に入り、8巡後にはテンパイとなった。親である神崎はどうだろう? 彼にアガられると次もあるので、とにかく俺がアガらなければならない。
しかし彼の捨牌を見るに、危険な匂いがする。何か仕掛けているんじゃないか、そんな予感が。回避するためというわけではないが、ここは攻めて神崎の行動に制限を掛けるべきだろう。
「リーチ」
牌を横にして置き、リー棒を出す。神崎が動く様子は無いし、下家や上家がアガれる状態になっていたとしても、こんな土壇場で、数合わせで座っている彼らが水を差してくることは無い。
アガり牌を待つが、1巡の間には来なかった。神崎が振り込んでくる可能性は今までの様子からもゼロだが、絶対にアガるための手作りはしている。その結果、捨てなければならなくなった牌がロン牌だと判断した時、彼はどうするのだろう。
とにかく早くアガりたい、なんなら神崎がロン牌を出してくれるのなら、すげぇ嬉しい。
そんなことを考えながら見守っていた、次巡。
「リーチ」
驚いて、声を上げそうになった。まさかここでわざわざリーチしてくるなんて、思ってもみないじゃないか。もう手牌を変えることは出来無いというのに。
驚いて神崎を凝視してしまっていたからか、神崎もまたこちらを見ていることに気付いた。そう認識をした途端、彼は笑った。フッと、俺を嘲笑うかのように。
「コ、イツ……」
こんな状況下で運試しとは、やってくれるじゃないか。互いに手を変えることは出来ず、どちらかのアガり牌が先に出てくるかだけの勝負。完璧なギャンブルである。それとも勝算あっての行為か?
負けたら、死が待っている。だから勝たなければならない。
勝つ、絶対に。
今ほど、勝ちたいと願ったことはなかった。今ほど、心が震えて熱くなることはなかった。
勝った瞬間の歓喜、負けた瞬間の絶望。それらから得られる感情の大きな起伏が、きっと俺をギャンブルという世界に留まらせているのだろう。死ぬかもしれないとわかっている今でも、なお求めずにはいられない。勝負をしてこそ、生きていると実感出来るのだから。
緊張のせいでバクバク鳴っている心臓を聞きながら、牌を引き、そっと見つめる。……俺のアガり牌ではなかった。なので捨てようとして、心臓はさらに狂いそうなほど鳴る。
これは果たして、神崎慧に通る牌なのか? わからない。わからなくても、もう置くしかない。
彼がじっと俺を見つめてきている。この男は負けるかもしれない状況下でも、まったく脅えないし、心を乱さない。常に冷静である。そう見せているだけで、実際は俺と同じように緊張しているのかもしれないけれど。
とにかくアガるな、絶対にアガるな……! そう祈りながら、牌を捨てる。
「…………」
神崎は動かなかった。ホッと、吐息が漏れる。
良かった。自分の点棒を取られると、一気に逆転されてしまうかもしれないから、凌げて安堵する。
だが、下家の捨て牌が出た途端。
「ロン」
と呟いたのは神崎だった。そして間髪入れず開かれる、手牌。
「なっ……」
――四暗刻である。
愕然とした。どう考えてもオーラスの親を維持するために、とにかく早上がりを目指すべきの状況下で役満を出してくるなんて、いったい誰が考えるだろう。しかも役満待ちのくせに、いちいちリーチをするなんて、おかしすぎる。負けたら、死ぬというのに。
ああ違う、誘っていたのだ。俺ではなく、上家と下家の2人を。リーチすることで、神崎がアガりそうな牌を選ぶように誘っていた。2人は主催者側の人間だ、俺と神崎のどちらもリーチしているのなら、神崎の味方をするに決まっている。
だが俺のアガりを避けながら四暗刻テンパイまで持っていったのは確実に彼の強運だし、アガり牌を2人が持っていると推測しての待ちにしているのも、天才的な分析力の結果である。
これが場を支配するということ。強運を引き寄せるということ。
勝負が付いた途端、周りのざわめきが耳に入ってきた。仕切り役である男が終了を告げ、神崎へと労いの言葉を掛けている。
ああそうか。負けた。俺は負けたのだ。
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