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05.死への恐怖
しおりを挟む「おら、立てっ!」
後ろから腕を捕まれ、何事かと見やれば、黒服達が俺を取り囲んでいた。引っ張られるまま立ち上がらされ、拳が腹に減り込んでくる。
「ガハッ!!」
いきなりの衝撃に、一瞬視界が白くなった。クソ、痛ぇ……!
しかも膝が崩れて床に蹲れば、髪を乱暴に捕まれ、顔を上げさせられる。視界には偉そうな中年のオッサンと、まだ座ったままの神崎の姿が。
「さて、森本弘樹君。命乞いを聞くとしようか。必死になって助けを乞えば、観客達が同情して止めるよう進言してくれるかもしれないぞ?」
オッサンが、俺の額に拳銃を突き付けてきた。カチリと聞こえてきたのは、セーフティーを下ろす音だろうか? 髪を掴まれたまま、顔を逸らすことは出来無い。このまま何も言わなければ、本当に射殺されてしまうのかもしれない。
「ほら、どうした。怖いのだろう? 身体が震えているじゃないか。無理せず叫べば良いんだ」
そうすれば、助かるとでも?
……いいや。叫んで命乞いするればするほど、きっとここにいる連中を愉しませてしまうだけだ。笑いものになるだけ。
死にたくはないし、死ぬのは怖い。数%でも可能性があるのなら、叫ぶべきなのかもしれない。泣いて許しを請うべきなのかもしれない。
ガタガタと震えが増していくし、どうしても恐怖に涙が滲んでしまう。銃口の鉄の感触が、恐ろしくて仕方無い。だがそれでも、歯をきつく食い縛って耐えた。涙も耐えた。
人の命を弄んでくる連中なんて、絶対に喜ばせたりしない。他者を嘲笑うような者共の期待になんて、誰が応えてやるものか。
確かにここには、騙されて連れてこられた。命を賭けるしかなかった。だが神崎慧との戦いは、純粋な勝負だった。それに負けたのは、俺自身のせいである。どれだけクズだと自覚していても、1人のギャンブラーとして、ギャンブルで負けた結果からは決して目を反らさない。
負ければ殺されるのはわかっていた。そして相手も、命を賭けていた。ならば受け入れるのが、道理というもの。
「どうした。いい加減、泣き言の1つでも吐いたらどうなんだ!」
「グ……ッ」
グリッと抉るように銃口を押し付けられ、その痛みでむしろ泣きそうになった。それでも口を開かなかった。ガチガチ鳴りそうになる歯をひたすら食い縛り、クソ野郎を睨む。
奴が舌打ちをした。銃が触れているからか、ゆっくりとトリガーの引かれる音が、脳に響いてくる。
死ぬ。死ぬ。死ぬのだ。
だが目を逸らすな。敗北から逃げるな。死の瞬間、否、死が訪れても絶対に逃げるな。
そうして泣きそうになりながらも目を見開いていると、突然、ぼやけていた視界を何かに遮られた。温かな……手?
「銃弾1発と、この男の命、俺が買いましょう」
すぐそこから、神崎慧の声が聞こえてくる。
「ほう、いくらでだ?」
「今日の勝ち分で、いただける全金額で構いませんよ」
「2億でこんなものを買うとは、正気とは思えんな」
「金はすでに使い切れないほど持っていますから、2億増えたところであまり価値を見出せないんです。それよりこの男を連れて帰る方が、面白そうじゃないですか。そもそも彼との勝負に勝ったのは俺なので、銃弾を放つかどうかも、俺に選択する権利がある。それと2億あれば、彼の借金も返済出来るでしょう?」
「……買って、どうするつもりだ?」
「どうもこうも。俺に買われた身として、相応の生き方をしていただくだけですよ」
クツリと喉を鳴らした神崎に、オッサンが脅えたように呻きを漏らす。この天才は、果たしてどれほどの狂気にまみれているのだろう。
ほどなくして額から銃口が外され、引っ張られていた髪も離された。身体に力が入らなくてガクリと崩れてしまったし、全身が震えるまま、再びその場に蹲ってしまう。
いくつもの、遠ざかっていく足音。ひとまずの危機は去ったものの、顔を上げられなかった。
生きた。まだ生きている。生きているのだ。
もう死なないのか? それはわからない。
だが今は、生きている。
「……ぅ、ううっ……ッ」
耐えていた涙が零れた。安堵から、どうしても泣いてしまう。
生きている。俺は生きているんだ。
だが泣いてばかりはいられない。だから涙をぬぐい、顔を上げた。そして俺を見下ろしてきている男を、思いきり睨む。すると彼は何度か瞬きしたあと、ゾッとするほどの綺麗な微笑を向けてきた。
「ふふ、良いですね。ご自身の立場をよくわかっているようだ」
「俺を生かして、どうするつもりだ」
「どうする? 先程も言ったはずですよ。相応の生き方をしていただくと」
「ふっ……」
ふざけるなと怒鳴りそうになったけれど、すぐに口を閉じた。命が助かったのは、確かに神崎のおかげなのだ。2億という大金で救われた。ゆえにこれからどんな仕打ちを受けようとも……たとえそれが地獄であろうと、逃げることは許されない。
これから何をされるのか。わからなくて恐怖に身が竦むけれど、それでも決して視線を反らさなかった。俺を買った男から。
だからか彼は、嬉しそうに双眸を細める。
「そう、その目です。貴方はギャンブルの本質をよく理解している。それに死を前にしても、屈しないだけの強さがある。だから生かしました。貴方はこれから先に何があっても、必ず耐えようとするのでしょうね。たとえそれが、死よりつらいことであろうと」
そこまで楽しげに喋っていた男が、ふと真顔になった。
「だが、だからこそ貴方の精神を、粉々に壊してみたくなったんです。理不尽な苦痛を与えられ続けて、必死に抗い続けて……いつしか耐えられず、死を望む瞬間が来るのであれば、見てみたい」
ゾクリと背筋が凍る思いがした。あまりにもイカれている。人の精神を壊したいなんて、どう考えても狂人だ。命乞いする姿を愉しもうとしていた連中と、どちらがマシなのか。
「さぁ、長いギャンブルの始まりです。弘樹さん、貴方はどこまで抗い続けられるのでしょうね。これから始まる、果てなき生き地獄に。せいぜい、愉しませてくださいね?」
「っ……この、クソ野郎が!」
「ふふ。俺にそんな言葉を吐いてくるなんて、きっと貴方くらいですよ」
思わず暴言を吐けば、神崎は心底愉しげに、クツリと喉を鳴らした。
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