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しおりを挟む(闇取引の現場?)
二人は悪巧みをする顔をしていて。リジーは口元に手を添えて、悪代官に賄賂を渡す商人みたいな感じだ。エルヴィアナは、目の前で行われる取引を怪しげに見つめる。リジーたちは、ぐっと親指を立て合った。
リジーは何事もなかったようにこちらに戻って来て、エルヴィアナの帽子の紐を顎の下で結んだ。
「リジー……あの紙袋は何?」
「うーん、強いて言えば、『忘れられない思い出』ですかね」
悪い顔をしていた割に、予想外にロマンチックな概念が入っていた。
「は、はぁ」
「楽しんできてくださいね。お嬢様」
エルヴィアナの疑心は、とびきりの笑顔で跳ね除けられてしまった。
「エリィ、行くぞ」
「ええ」
クラウスにエスコートされながら屋敷を出て、同じ馬車に乗り込む。リジーと交換していた紙袋は、馬車に乗る前に従者に預けてしまったので、中身をこっそり覗くこともできなかった。
「リジーから何を受け取ったの?」
クラウスは顎に手を添えて、しばし思いに耽った。
「……『約束』だろうか」
「はぁ」
全く想像つかない。
クラウスとリジーが親しくしているのは、リジーが元貴族だったときから付き合いがあるからだ。親しくするのは全く構わないが、エルヴィアナだけ除け者にされたみたいで、なんだか不服だ。でも、それを主張するのは子どもっぽい気がして、抗議の言葉は喉元で留めた。
馬車の中で、対面して座る。二人の間にこれといって会話はなく、気まずくなって窓の外の景色を見るフリをした。
(ちょっと……こっち見すぎでは)
痛いくらいに感じる視線を向かいから感じる。はぁとため息をつき、クラウスよ方を見つめた。
「わたしの顔に何かついてる?」
「綺麗な瞳と鼻と唇がついている」
「そういうことじゃなくて。見過ぎよ」
「すまない。綺麗で見蕩れていた」
彼から散々言われ続けて、慣れているはずなのに、照れてしまうのが悔しい。エルヴィアナは目を逸らし、「知っているわ」と答えた。
「エリィ」
「何?」
「隣に……座ってもいいだろうか」
切実に懇願されたら、断ることなんてできない。「どうぞ」と許可すれば、彼はエルヴィアナの隣に座り直した。ほのかに香る香水の匂いに胸がときめく。クラウスはグリーン系の爽やかな香りの香水をよく好んでつけている。
ぴったりと腕を寄せ合った状態で、彼が話し始めた。
「俺なりに君の好きなところを考えてみたのだが。……聞いてくれるか」
そういえばしばらく前に、どこを好きになったのかと聞いたのだった。あれから律儀に考えていたらしい。エルヴィアナがこくんと頷くと、彼はちょっと重々しい感じで言った。
「すまない。正直に言って、答えることができない」
謝罪を口にされて、きっと取り立てて好きなところが思いつかなかったのだろうと思った。内心でがっかりしつつも、一生懸命考えてくれた彼を傷つけなくて済む言葉を探す。
「いいわよ。気にしないで」
元々取り柄のないことは自覚している。けれど、クラウスの言葉はまだ続いた。
「具体的にどこが好きというより、俺はエルヴィアナそのものが好きなんだと思う。君が君だったから、好きになった」
「…………!」
「気の利いた回答ができず、すまない」
クラウスらしい答えだ。『エルヴィアナそのものが好き』。この言葉のどこが気が利かないのだろう。むしろ――。
「……気を悪くしたか?」
沈黙するエルヴィアナに、彼が心配そうに聞いてくる。
「ふ……っ。ふふ……」
「エリィ?」
「――あははっ……おかしい。それって――」
エルヴィアナは珍しく大口を開けて笑った。口元に手を添えて笑いながら、クラウスを見据える。
「それってつまり――全部好きってことじゃない」
「……!」
理屈ではなく、エルヴィアナそのものが好き、なんて最上の愛情表現だ。それなのに、申し訳なさそうにしているクラウスがおかしくて笑ってしまう。
一方、クラウスはエルヴィアナが屈託なく笑う様子を見て目を瞠く。そして、ふっと目元を和らげた。
「……俺は君が、好きすぎる」
その呟きは、楽しそうに笑うエルヴィアナの耳には届かなかった。
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