【完結】親友を選んだ貴方へ、さようなら。「愛していた」は過去形ですので。

曽根原ツタ

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 魔力が原因とされる病――それを人々は『魔病』と呼ぶ。

 エミリーが倒れたマイクを診察したところ、全身の魔力がほとんど失われていることが分かった。魔力が一定量を下回ると、皮膚に黒い痣のようなものが浮かび上がることがある。

 エミリーは、マイクと一緒にいた人たちに告げる。

「マイクさんは魔力の枯渇を起こしています。魔力は生命維持のために必要なエネルギーなので、今はとても危険な状態です」
「そ、そんな……。一体どうすれば……」
「応急処置として私の魔力を注ぎました。この店の近くに特異医療院があるので、すぐにそちらで詳しく検査をしましょう。リノ、運ぶのを手伝ってくれる?」

 振り向くと、リノは「もちろん」と頷いた。

 リノはさっそく近所を周って、馬車を借りるために裕福な商家に交渉した。その家の主人が快く馬車と御者を貸してくれたおかげで、マイクは無事運ばれることになった。

 リノは店内からマイクを背負って、馬車まで運んだ。ソファにマイクを横たえ、彼の弟ダミアンが向かいに座る。

 それから、エミリーも乗り込んだところで、扉の外からリノがこちらを見上げて言う。

「三人乗りだから俺はここまで。お前だけで大丈夫?」
「うん。医療院に着けば、誰かしらいるから。ありがとう」
「気をつけて」

 彼はそう言って、扉をバタンと閉めた。
 まもなく、馬車が夜の街を走り出す。車内で、ダミアンが不安そうに言った。

「兄は、助かりますか?」
「これまで魔力枯渇症の患者さんは何人も見てきましたが、枯渇そのものが命に関わることは稀です。ストレスや疲労で一時的に魔力が不足することもよくありますし、その場合、魔力を補って休めば、すぐに回復しますよ」
「よかった……」

 本当は、魔力枯渇症を起こしている原因が別の疾患の可能性もある。だが、悪い可能性を伝えて不安を煽りたくないので、今は言わないでおく。

 エミリーは紙とペンを取り出して、ダミアンに言った。

「移動の間、マイクさんについて教えていただけますか?」
「は、はい。お願いします。本当にありがとうございます、先生」
「いえ、とんでもないです」
 


 ◇◇◇



 二十分ほど馬車に揺られ、特異医療院の敷地についた。
 ここは王国魔術師団の敷地内の東側にある施設で、治療院の他に入院施設や研究所、図書館も併設され、設備が充実している。

 ダミアンが兄を背負って中に入ると、出迎えたのは――アステラだった。

(げっ……!)

 彼は、医療魔術師の制服である白ローブを身にまとっている。その顔を見て、エミリー思わず戸惑い、立ち止まる。

「当直の先生は?」
「今、手が空いているのは僕だけです。何か問題でも」
「い、いえ」

 気まずくて顔を合わせたくないという本音は、舌先まで出かかっていた。

(だめだめ。仕事なんだから、割り切らないと)

 無表情のアステラはつかつかとこちらに歩み寄り、意識を失っているマイクを観察する。そして、エミリーが説明する前に呟いた。

「魔力枯渇症ですね」
「はい。マイク・タージャルさん、四十七歳、持病はなし。ご職業は魔物騎士をされています。弟さんとご友人と飲酒中に、胸痛を訴えたそうです」

 魔物騎士とは、魔物の討伐を専門とする騎士だ。
 彼らは魔法を組み合わせた剣術を扱う。

「どうしてブラウン先生も一緒にいたんですか」
「幼馴染とそのお店で飲んでいて」
「幼馴染……」

 そのとき、アステラの眉がぴくりと動く。彼はエミリーに近づき、こちらをじっと見つめて言った。

「男性ですか」
「そうですけど……何か」
「ふたりきりで飲んでたんですか」
「だったら、何か問題でも?」
「…………いえ」

 アステラは決まり悪そうに目を逸らし、後ろに控える看護師たちに指示を出した。

「患者を治療室へ」
「「はい」」

 看護師たちはマイクを担架に乗せて運んでいく。ダミアンもそれに付き添った。残されたエミリーとアステラの間に、気まずい沈黙が流れる。

「婚約解消して一週間後に夜遊びなんて、節操ないんですね」
「だっ、誰が言うんですか!?」

 エミリーの鋭い声が響く。
 アステラは反論するエミリーを物言いたげに見つめたあと、無言で踵を返した。その背中を、むっと睨みつける。

(何なの、あの人)

 仕事に私情を持ち込むべきではないと分かっているが、どうにもやりづらさを感じた。



 ◇◇◇



 マイクの主治医はエミリー、補助術者がアステラとなった。

 治療室に入ったあと、エミリーはひと通りマイクを診察し、重度の魔力枯渇症と診断した。疲労が溜まったところに、酒を飲んだのが身体に障ったのではないか。

 エミリーは、医療魔術書を片手に、ダミアンに説明する。

「魔病は、薬物や手術ではなく、医療魔術で対処します。副反応のリスクはありますが、ご了承いただけますか?」
「は、はい。お願いします」

 ダミアンが代理人として頷く。

 魔力枯渇症には軽度から重度まで、段階がある。軽度なら、休養や食事管理で自然回復を待ったり、魔法薬で少しずつ不足分を補ったりしていく。

 だが、マイクのような重症患者の場合、医療魔術が適用となる。すでにエミリーが自身の魔力の一部を譲渡したが、マイクの生命維持に必要な魔力は未だに不足したままだ。

「今から魔力再生の魔術を行います。魔方陣を展開するので、離れていてください」

 エミリーはマイクの胸に手をかざし、静かに呪文詠唱を始めた。

 医療魔術は、医療魔術師の資格を持つ者以外は使ってはいけない。人体の構造や病気を理解していなければ、患者を殺しかねないからだ。

 呪文を唱えながら、マイクの体内に失われた魔力を再生させた。

「うっ……」
「気がつきましたか? ここは王国魔術師団附属特異医療院です」

 マイクは意識を取り戻し、治療台の上でゆっくり半身を起こした。しかし、苦しげに顔をしかめ、胸を抑えながらうめき声を漏らす。

「うっ――ぃ、痛ェ、胸が……ッ」

 尋常ではない苦しみ方に、治療室の空気が緊張に包まれる。
 加えて、マイクの胸の黒痣も、消えていなかった。通常、魔力を補給した時点で消失するはずなのに。

(再生魔術は成功したはず……まさか)

 すると、アステラがマイクに歩み寄って、落ち着いた声で問う。

「胸の痛みはどんな感じですか?」
「締め付けられるように痛ェ……。クソッ、どうなってやがる……っ」

 彼は胸の痣を確認してから言った。

「少し、目を見せてください」

 彼は目にライトを当てた。すると、マイクの茶色い瞳孔は――赤くなっていた。赤は魔物の目と同じ色だ。

「これは……」

 アステラは小さく呟く。

「マイクさんはただの魔力枯渇症ではなく、『続発性ぞくはつせい魔力枯渇症』かもしれません。つまり、他の病が原因で魔力が失われている可能性がありま――」
「うっ……あっ……アアアっ!」

 その説明を遮るようにマイクが叫び声を上げた、彼の口から牙が生え、爪が鋭く伸びていった。まさに、魔物のような姿だ。

 次の瞬間、理性を失ったマイクはエミリーに襲いかかろうとする。エミリーは思わず、身体を硬直させた。
 だが、アステラが即座にエミリーを庇って前に立った。

 手をかざした彼が眠気みんき魔術を唱えると、淡い光がマイクを包む。彼はその場に倒れ込み、眠りに落ちた。

 咄嗟に自分を盾にしてエミリー庇ったアステラの背中を見つめながら、目を見開く。
 彼はすぐにこちらを振り向いて言った。

「大丈夫ですか!?」

 その余裕のない声と表情に、戸惑いを覚える。

「は、はい。先生が庇ってくださったので。ありがとうございます。先生は?」
「怪我はありません」

 エミリーの無事を確かめ、彼は安堵の息を漏らした。
 アステラを見上げ、おずおずと口を開く。

「原因は、同化症ですか?」
「そう見て間違いないでしょう」

 同化症。魔物が爪や牙を人間の身体に刺し、傷口から魔力の一部を流し込むことで、魔物のような姿に変化させてしまう病だ。完全に魔物になってしまったら、患者を魔物として討伐しなくてはならない。医療院には、それ専門の魔術師も控えている。

「胸に傷跡がありますし、彼は魔物騎士をなさっているそうですから、魔物との戦闘で、魔力を流し込まれたのでしょう。このままでは自我も失い――魔物そのものになってしまいます」

 その言葉を聞いたエミリーは、きゅっと下唇を噛んだ。
 たった今、潜伏していた同化症の症状が現れた。それはつまり――

(私が魔力を再生したせいで、症状が悪化してしまった)
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