【完結】親友を選んだ貴方へ、さようなら。「愛していた」は過去形ですので。

曽根原ツタ

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 オリビアは白ローブではなく、ミニスカートにハイヒールという医療院にはふさわしくない格好で現れた。オリビアはアステラの腕に自身の腕を絡め、甘えた声で言う。

「帰りが遅いから迎えに来ちゃった。急患?」
「はい」
「今日はベッドが家に届いたから、早く帰りましょ」

 オリビアがうっとりした表情でおねだりすると、アストラは無表情で「分かりました」と応じた。

「支度をしてくるので、ロビーで待っていてください」
「はぁい」

 アステラはオリビアとエミリーを残して、その場を離れていった。
 黙ったまま見つめ合うエミリーとオリビアの間に、気まずい空気が流れる。気まずそうな顔をするエミリーに対し、オリビアは余裕たっぷりな笑みをたたえていた。

 その沈黙を破ったのは、エミリーだった。

「一緒に住んでいるの?」
「ええ、そうよ。だって私たちは婚約者だもの」

 そう言ってオリビアは、大粒のダイヤが輝く指輪をかざした。それは、エミリーが前につけていたものよりよっぽど立派なものだった。
 浮気をしていた立場であるはずなのに、勝ち誇ったように微笑むオリビアに、不信感を覚える。

 すると、彼女がこちらの思いを見透かしたように意地悪く微笑んだ。

「浮気したくせにその態度は何なの――って顔してるわね」

 図星を突かれたが、エミリーは一歩も引かずに言い返す。

「だって、そうでしょ。私はオリビアのこと親友だと思ってたのに」
「すっかり被害者気取りね。被害者は――私の方よ」
「え……?」

 オリビアは腕を組んで、呆れ交じりに吐き捨てた。

「はっきり言わせてもらうけど、あなたはずっと、アステラさんのストーカーだったのよ」
「ストーカー!? わ、私が!?」
「はっ、呆れた。自分に都合の悪いことはぜーんぶ忘れちゃったみたいね。あなたは仕事中もプライベートも、いつもアステラさんにつきまとって迷惑をかけてた。挙句の果てには、『結婚してくれなきゃ死ぬ』ってせがんだのよ」

 耳を疑いたくなるような言葉だった。

「嘘……。でも、脅されたからって婚約に応じるなんて」
「平民のアステラさんが、伯爵令嬢に逆らえると思って?」
「…………」

 確かに、侍女やリノから、記憶をなくす前のエミリーはアステラにベタ惚れだったと聞いている。しかし、エミリーはそんなにも暴走していたのか。信じたくない気持ちだ。

(私、そんなことを?)

 どうにか記憶を蘇らそうと思案してみても、やっぱり何も思い出せなくて。

「じゃあ、グエン先生は私を愛してなかったの?」
「ええ。ずっと迷惑がってたわ。だから今、私と一緒にいるの」

 話を聞いてもまだ信じられないが、記憶がないので否定もできない。言葉を失うエミリーに対し、彼女は続けた。

「まぁ、初めて人を好きになって、盲目になる気持ちも分からなくないけどね。私も散々忠告したけど、あなたはなかなか聞く耳を持たなくて大変だったわ」

 オリビアは長い髪を耳にかけながら、艶やかな笑みを浮かべた。

「だから、彼のことを忘れられてよかったんじゃない? 私、エミリーが新しい恋に出会えるように応援してるから」
「私のこと……恨んでる?」
「まさか。だって私たち――親友でしょ?」

 オリビアは、ふっくらとした唇で美しい三日月を描いた。その笑顔に、どこか意地悪な色が混じっているように感じたのは、気のせいだろうか。
 そう思う間もなく、オリビアはエミリーの元を去っていった。

 オリビアは気が強くて、誰に対しても思ったことをはっきり言う。いわゆるサバサバ系の女性だ。そういうところをかっこいいと思い、尊敬し、信頼していた。
 もし、オリビアが先ほど言っていたことが事実なら、悪いのはエミリーで、オリビアはただの被害者になる。

 でも、何か引っかかる。心がモヤモヤする感じ。

(私が、ストーカー……? じゃあどうして、婚約解消の日には何も言わなかったの?)

 あのときオリビアが『ごめんね』と謝罪してきたのは、浮気を認めるも同然だった。

 男関係のトラブルが絶えなかったのは、むしろオリビアの方だった。しょっちゅう自暴自棄になっては病んで、そんな彼女をエミリーが慰めていた。一方のエミリー自身は、恋愛ごとにとんと縁がなく、いつも真面目に勉強ばかりしていた。

 そんな自分が、周りが見えなくなるほど恋に溺れたというのが、どうしても信じられず、額に手を当てて小さく首を捻った。



 ◇◇◇



 エミリーが医局に戻ると、アステラがちょうど着替えている最中だった。扉を開けてすぐ、彼の上半身が目に入ってきて、思わず小さく悲鳴を漏らしてしまう。

「きゃっ……」

 アステラはこちらの存在に気づいたにもかかわらず、全く動じることなく、水を口に運ぶ。飲み損じた水が、唇の端から首筋を伝い落ち、彼は無造作に腕で拭う。

「あ、あの……服、着てくれませんかっ!」

 エミリーは真っ赤になって目を両手で覆い、視界を塞いだ。

「私はこのまま目を閉じていますので」
「別に見ていても構いませんけど」
「いえ、そ、そういうわけには!」
「はぁ……」

 その返しに、アステラは小さくため息を吐いた。

 男性の裸を見たことがないエミリーには、刺激的すぎるものだった。アステラは着痩せするタイプらしく、服を着ているとすらりと細身に見えるが、実際はしなやかに鍛えられていて、意外と男らしい体つきをしていた。

(どうしよう。部屋、出とくべきだったかな)

 まぶたの裏に焼き付いたアステラの肉体美を思い出し、心臓の鼓動が加速していく。やがて、着替えを終えたアステラが言う。

「もう目を開けていいですよ」
「はい」

 そっと目を開けると、彼はこちらを見据えて、低く色っぽい声で囁いた。

「僕の裸なんて、見慣れてるはずなんですけどね」
「……!?」

 今、とんでもない発言が耳を掠めた気がする。 婚約者同士だったのだからそういうことがあったかもしれないが、エミリーの頭の中に、未知の宇宙が広がった。
 アステラはさらにこちらに歩み寄って来て、耳元で意地悪に囁いた。

「何を想像してるんですか」
「そ、そそ、想像なんて……っ」

 もう、狼狽えるしかない。
 その反応を見てどこか満足げな彼は、すっと離れて、こちらを見下ろして言った。

「ブラウン先生は、随分初心なんですね」

 着替えたアステラは、荷物を持って医局を出て行こうとする。すれ違いざま、エミリーは無意識に彼の裾をつまんで、そっと引き止めていた。それから、彼に問いかける。

「……オリビアと同じ家に、帰るんですか?」
(私、何を聞いて――)

 どうしてこんなことをアステラに聞いているのか、自分でもよく分からなかった。ただ、聞かずにはいられなかった。

「はい」

 短い返事を聞いた瞬間、引き止めていた袖から手ををそっと下ろし、無理やり笑顔を取り繕う。

「はは、ですよね。ふたりは婚約者ですもんね。同棲……いいな。恋人って感じで」

 明るく言葉をつなぐが、なぜか泣きそうな気分になり、目頭が熱くなった。

 ベッドを買ったということは、今夜ふたりはきっと――。
 そんな想像が勝手に浮かび上がり、胸の奥がつきりと痛む。これではまるで、何も覚えていない元婚約者に未練を抱いているようではないか。

(思い出せないのに、どうしてこんなにも胸が痛むんだろう)

 湧き上がってくる感情を押しとどめていると、アステラは身をかがめ、こちらの顔を覗き込みながら言った。

「あなた、まさか……」
「ほら、早くロビーに行ってください。オリビアが待ってますよ」

 エミリーはそう声を張り、何か言いかけたアストラを半ば強引に部屋から追いやった。扉を閉じたあと、その場にしゃがみ込んで息を吐いた。そっと胸に手を当てて、動揺した心を鎮ませる。

(グエン先生といると、調子が狂う。もしかして本当に、オリビアが言ってたことは事実……なのかな)
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