【完結】親友を選んだ貴方へ、さようなら。「愛していた」は過去形ですので。

曽根原ツタ

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 エミリーはそれから、自分の席に座り、大きく息を吐いた。アステラの前だと、心がざわついて調子が狂う。

 そっと引き出しを開けて、一枚の書面を取り出す。それは三ヶ月前、エミリーがバルコニーから転落したとされる診断書だ。
 診断書には、酒を飲んで酔ったエミリーが、バルコニーから転落し、頭を打ったと書いてある。

『お前が目覚めてくれてよかったよ。本気で心配してた。全身複雑骨折、臓器損傷って聞いて』

 先日、リノが言っていた言葉を思い出す。しかし、この診断書には、頭部を打ったとしか書かれておらず、リノの話と矛盾していた。
 違和感を覚えたエミリーが、診断した医師を調べてみると、医師登録書に――存在しなかった。

(じゃあ、私に記憶喪失を告げに来たあの医師は誰だったの?)

 医療魔術師による特殊な治癒魔術では、全身の複雑骨折などの重症も早く回復させることができる。だが、医療魔術師の治療を受けていたとして、それを隠す理由はないはずだ。

(もし、誰かが診断書を捏造したなら、何のために?)

 通常の医師ではなく医療魔術師の治療を受けるなら、特異医療院を選ぶはずだ。ふと、医局にある診断書の一覧を調べようと思い立つ。
 棚から、過去の診断書がまとめられた冊子を取り出し、ページをめくる。

(三ヶ月前……)

 ペラペラとめくっていき、目次に『エミリー・ブラウン』の名前を見つけ、目を見開く。
 視線を少し左に移し、記載された診療内容を見て、固唾を飲む。そこにはこう書かれていた。


『診療内容:魔物に襲われ、重体』


 全身に鳥肌が立ち、指先が震えた。

(うそ……)

 魔物に襲われた際の詳しい経緯は、詳細ページに書かれているはずだ。真相を確かめようとすると、エミリーのページだけ――破り取られていた。



 ◇◇◇



 ロビーでは、オリビアがアステラに擦り寄っていた。

「アステラさん、ちゅう~~~~♡」
「しません。離れてください」

 アステラは、オリビアを手で押し離してあしらった。アステラの冷たい反応に、彼女は口をとがらせる。

「何よ、つまらない男ね」
「恋人のふりは、エミリーの前だけという約束でしょう」

 彼女とアステラは本当の婚約者ではない。
 同じ家に住んでいるわけでも、まして、愛し合っているわけでもない。

 アステラの心には、ただひとり、エミリーだけがいた。ずっと、彼女だけを一途に思っている。彼女が眠り続けていた三ヶ月間、生きた心地がしなかったし、目覚めた彼女を見た瞬間、抱き締めたくなる衝動を必死に抑えた。

 すると、オリビアがヒールの踵で床を踏み締めなからこちらに迫る。長く伸びたまつげの奥の双眸が、アステラを見つめた。

「ねぇ、私にそんな態度とっていいと思ってるの? 言うことを聞かないと、禁忌魔術を解いてエミリーの記憶の結晶を本人に――戻すわよ。そうしたら、あの子はまた無茶をして今度こそ――死ぬわ」
「…………」

 オリビアは唇の前に人差し指を立てて、優雅に微笑んだ。

 オリビアは男遊びばかりしていて、計算高く、思ったことをはっきり言う性格だ。そのせいで同性から目の敵にされていたが、エミリーは仲良くしていた。エミリーは人が良く、誰とでも仲良くなれる性格なのだ。

 アステラはオリビアを信用していないが、親しいふたりに付き合って仕事終わりに三人で飲むに行くこともあった。

「随分、楽しそうですね」
「さっき、エミリーがあなたのストーカーだったって教えといてあげたわ。あなたに無理やりせがんでプロポーズさせたってね。あの戸惑ってる顔、情けなくて笑えたわ」
「どうしてそんな嘘を?」
「別にただの思いつき――いえ、それが真実でしょう。私が言ったことが、真実になるの」

 オリビアはふふ、と掴みどころのない笑みを浮かべて、一歩後ろに下がった。

「全ては、親友であるエミリーのためよ。アステラさんから遠ざけるのが、あの子にとっての幸せだもの」

 彼女の言葉は、あまりにも軽薄なものとして耳に響いた。
 アステラはおもむろに、ポケットから丸めた紙を取り出して、広げた。

「……診断書?」

 本人に見つからないよう、先ほど破り取ったものだ。

 エミリーが怪我をしたとき、彼女を診たのは一般の医師ではなく、医療魔術師であるアステラ自身だった。偽の医師まで用意したのは、エミリーが森で魔物に襲われた事実を隠すため。

「まさか、あなたの呪いを解くために、魔物をたったひとりで倒しに行くなんて、無謀にもほどがあるわよね」

 彼女の言葉通り、エミリーが命を落としかけたのは、アステラを救うためだった。

 そのとき、アステラは胸を抑えて顔をしかめた。

「…………っ」
「顔色が悪いわ。誰か呼ぶ?」
「いつもの軽い発作です。すぐ治まります」

 少ししたら痛みが引き、アステラは小さく息を吐いた。

「エミリーに、くれぐれも僕の体調のことは言わないでください」
「分かってるけど、隠したってそのうちバレるわよ。もう、長くないんでしょ」
「はい」

 医療魔術師は時々、魔物討伐に同行して、戦闘で負傷した騎士や魔術師の治療にあたる。半年前、アステラはその一環として参加した魔物討伐で、鹿型の魔物に襲われ、呪いを受けた。

 呪いもまた、広義には魔病のひとつだが、特に、魔物の瘴気が原因のものを指す。アステラがかけられた呪いは、徐々に命を蝕んでいた。

(エミリーの浄化魔術でも消せなかった。呪いをかけた本体を倒すしか、解呪の方法はない)
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