【完結】親友を選んだ貴方へ、さようなら。「愛していた」は過去形ですので。

曽根原ツタ

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(エミリーの浄化魔術でも消せなかった。呪いをかけた本体を倒すしか、解呪の方法はない)

 王国魔物騎士団や王国魔術師団は、平民であるアステラひとりのためには動かなかった。もしアステラが王族や上位貴族であれば、あるいは国のトップの恩人なら、動いてくれるかもしれない。
 けれど、合理主義的な組織では、常にリスクとコストが考慮され、アステラは見捨てられた。

 エミリーが、両団に何度も訴えたが、にべもなく跳ね除けられた。

『アステラさんは、沢山の患者を救ってきたのに……。でも私、諦めませんから。きっと、元気になるって信じてます』

 心配していたと思うが、エミリーはアステラの前で一度も涙を見せなかった。

 エミリーは伯爵令嬢で、王家にも比較的近い地位だが、王直属の魔物騎士団と魔術師団を動かす権限はなかった。また、伯爵家の騎士団も、魔物と戦うことを専門としていない。

 だからエミリーは、自らの意思で魔物がいる森に入った――たったひとりで。

 彼女は幼いころから、浄化魔術の天才として有名で、王国魔術師団から何度もスカウトされてきた。かつて、上級魔物をたった九歳で倒したという逸話もある。

 それほどの実力がありながら、魔力の消費量自体が少ない医療魔術師の道を選んだのだった。それは、アステラの存在が理由だった。

 森での戦いで、エミリーは複数の魔物に襲われ、重体となった。地域の人々の話では、エミリーが森に足を踏み入れたのは、その日が初めてではなく、何度もひとりで入っては、魔物を倒していたという。
 山積みになった死骸が、それを物語っていた。

 回想に思いを巡らせていると、オリビアが再び口を開いた。

「やっぱり、禁忌魔術を使って記憶を奪ったのは正しかったわね。何も知らなければあの子は幸せでいられるもの。私ってなんて友達思いで優しいのかしら」
「それはあなたが勝手にやったことです。エミリーのためなんて、綺麗事でしょう。あなたはそんな人間ではありません」

 オリビアは、自分のことしか考えていない。

「ふっ、ははっ……あははっ」
「何がおかしいんですか」
「いえ、正解。――あなたの言う通りよ」

 笑っていたオリビアの顔から表情が消え、底冷えしそうな眼差しをこちらに見据えながら、冷徹に言う。

「私はただ――論文を手に入れたかっただけ。石吐き症の治療法なんて、歴史的な発見だもの」

 記憶に干渉する魔術は、非常に高度な技術である上、倫理的な問題があるため禁止されている。だが、オリビアはそれを使った。
 特異医療院にエミリーが搬送され、怪我の理由を知ったオリビアは、アステラにこんな交渉を持ちかけてきた。

『エミリーからアステラさんに関する記憶を抜き取ったわ。記憶の結晶を返してほしければ、私の言うことを聞きなさい』

 平民であるオリビアは、功績を上げて爵位を得るという野望があった。そこで、アステラの論文をオリビアのものにしようと企んだのだ。一年に一度、最も功績を挙げた医療魔術師が選ばれ、国王から叙爵される医療功労賞を得るために……。

『あなたにとっても悪い話じゃないわ。エミリーはあなたのことを忘れてしまえば、苦しまなくて済む。そうだわ、エミリーが新しい人生を生きられるように、恋人のフリもしてあげるから』

 アステラは名誉や地位、金銭にも興味がなかった。だが、オリビアの提案を受け入れたのは、それがエミリーを守る方法だと判断したからだ。

 オリビアはアステラの胸に手を添え、甘えた声でうっとりと囁く。

「私と本物の恋人になるつもりはない?」
「ありません。ずっと、王国魔術師団長の後妻の座を狙ってたんじゃないんですか? 貴族である彼と結婚すれば、わざわざエミリーから記憶を奪う手間をかけ、僕を脅さなくても簡単に貴族になれますよ」

 オリビアは以前から、王国魔術師団長と関係を持っていた。エミリーが怪我をする少し前に彼の妻が亡くなっている。

「後妻? 冗談。あの男とは、絶対結婚なんてできないわ。とにかく……私は自分の力で貴族になりたいの。あの男も、あなたもエミリーも、そのために利用してるだけ」
「焦らなくても、あなたの実力があればそう遠くないうちにできそうですけどね」
「遅くちゃだめなのよ! 一刻も早く、貴族にならなきゃいけないの! 余計な詮索はやめて」
「……分かりました」

 なぜ、オリビアが切羽詰まった様子なのか疑問に思ったが、興味はなかった。
 彼女の手をそっと払いのける。

「記憶の結晶を僕に渡してください」
「論文を完成させてから言って。……言うことを聞かないと、勝手にあの子に戻すか、そうね――壊すかもしれないわ」
「…………」
「論文をくれたらちゃーんとあげるから。エミリーの記憶を蘇らせるなり、煮るなり焼くなり、あなたの好きにするといいわ」

 エミリーから取り上げた記憶は、物理的な結晶となり、オリビアが隠し持っている。

 アステラは彼女をあしらい、ひとりで先に建物を出た。
 外は真っ暗で、冷たい夜の風が、アステラの頬を撫でていく。夜空に静かに浮かぶ月を眺めながら思った。

(どうせ僕は、もうすぐ消える。だったら、このまま忘れてしまうのがエミリーのためなんだろうか)

 記憶の結晶を、信用ならないオリビアに持たせておくのは問題外として。仮にアステラが手に入れたとして、エミリー自身に返すことに迷いがあった。

 結晶が壊れたら、エミリーはアステラを思う辛さから解放される。

 ひとりよがりな考えだが、寂しいのも、苦しいのも、自分だけで十分だ。エミリーにはずっと笑っていてほしいと、アステラは切実に願っている。

 そうしてひとり、拳を握り締めた。
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