【完結】親友を選んだ貴方へ、さようなら。「愛していた」は過去形ですので。

曽根原ツタ

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 魔術師団長エーリクに渡されたのは、二週間後に王宮で行われる祝賀会の招待状だった。
 筆頭公爵家当主であるエーリクは、医療魔術師の資格を持ちながら、王国魔術師団長を務めており、魔術師団と特異医療科両方の運営に関わっている。

「私が表彰ですか……!?」

 先日、王国魔物騎士団長マイクを救った件で、なんと国王が直々にエミリーの功績を称えるというのだ。一年にひとりしか選ばれない医療功労賞ほどではないが、医療魔術師としてとても栄誉なことだ。

 身に余る話に恐縮しつつ、招待状を確認すると、確かに宛名部分に、『エミリー・ブラウン』と書かれていた。

(私が、王様に表彰してもらえる日が来るなんて)

 国王にとって、希少な医療魔術師の能力の高さを示すことは、この国の豊かさを国内外にアピールすることにも繋がる。
 エミリーにとっても、国王の名で表彰されることは大きな実績となり、医療魔術師として箔が付く。

「では、グエン先生も一緒に表彰してもらうんですか?」
「いや? 君と一緒にマイク殿を担当したのは、オリビア先生だろう? 我々も優秀な女性医療魔術師がふたりも活躍してくれて嬉しい限りだよ。私も負けていられないね」

 エーリクは柔らかに微笑みながら言った。一方、エミリーは眉をひそめる。

(違う。治療を担当したのは、私とグエン先生だったはず)

 アステラが魔術を施す姿が頭の中に思い浮かぶ。
 彼ではなく、オリビアの名前が上がったことに、疑問を抱いた。すると、彼は続けて言った。

「――ところで君、オリビア先生から私のことを聞いていないかい?」
「いえ、特には。何か用ですか?」
「そういうわけでは。何も聞いていないなら、それでいい。最近すっかり、彼女に避けられてしまっていてね。君から言っておいてくれ」
「は、はぁ……」

 やけに含みのある言い方だ。

「妻が亡くなってから、寂しくてね。ブラウン先生にも、妻の治療で世話になったな」
「え、私……奥様の治療を担当したんですか?」
「忘れたのかい?」
「怪我のせいで部分的な記憶喪失になってるみたいで……すみせん」

 エーリクは微妙そうな表情を浮かべたあと、特に深く聞いてくることもなく、去っていった。

 エーリクの家は大きな製薬会社を営んでおり、莫大な利権を握っている。金に目がなく、裏で際どいこともしているという噂が絶えず、特異医療院内でも評判がよくなかった。

(他の患者さんのことは覚えてるのに、なんでエーリク様の奥さんのことは忘れてるんだろう)

 エミリーは違和感を覚えた。



 ◇◇◇

  

「さっき、エミリーと何を話してたの?」

 医局に戻ったあと、アステラは隣の席のオリビアに問いただされていた。コウモリカズラが入った小瓶を手持ち無沙汰にいじりながら、オリビアの話を適当に受け流す。

「別に、大した話は何も」

 彼女はいつも香水の香りをまとわせていて、隣から寄ってくる。医療に携わる者なら、香りに敏感な患者に配慮して無臭でいるのがマナーのはずだが、オリビアはそういう常識に頓着しない。

「あなたって嘘とか人を騙すのとか下手そうだから、迂闊に話すべきじゃないわ。変に疑われたらどうするのよ」

 オリビアは、短いスカートから伸びたしなやかな足を組み、ふんと鼻を鳴らした。

 コウモリカズラは、エミリーが欲しがっていた種子のひとつだ。彼女には昔から、種子集めの趣味がある。種子の保存方法を教えてくれたのも、彼女だった。

 出先で珍しい種子を見つけると、土産として渡していた。その習慣が今も残っていて、珍しい種子を見つけると無視できなくなっている。エミリーとの繋がりを手放せていない。

『教えてください。目覚めてからずっと、ずっと、先生のことばっかり考えてます。なんにも思い出せないけど、私の心から、先生が消えないんです。私が好きになった人は、そんなに悪い人なんですか?』

 先ほどエミリーに言われた言葉を思い出しながら、小瓶の中身を眺めていると、オリビアの声で意識を現実に引き戻される。

「ちょっと! 聞いてるの!?」
「あー……何の話でしたっけ」
「んもう。だ、か、ら! 不用意にエミリーに近づいて、記憶が蘇りでもしたら、どうするのって言ってんのよ」
「それはないですよ」

 アステラは、指先で小瓶をひと撫でしながら、目を伏せる。

「彼女の記憶は、結晶化して取り出しています。それを戻さない限り、記憶を取り戻すことは原理上ありえません」

 だから、先ほどのエミリーの言葉は、何かの錯覚なのだ。彼女の心に、アステラは存在しているはずがない。
 すると、オリビアが言い放った。

「馬鹿ね。――心は覚えてるわよ」
「心?」
「頭から記憶を除いたって、心には感情の痕跡が刻まれてる。関わればきっと、エミリーはまたあなたを好きになる。記憶喪失になった人が、配偶者や恋人をもう一度好きになった症例はよくあるわ」

 エミリーは浮気して婚約解消したアステラに、不信感を抱いているはずだ。もう一度、アステラを好きになるなんてことがあるのだろうか。

「エミリーを本当に守りたいなら、あの子の前から姿を消すべきじゃない? 詰めが甘いのよ、詰めが。せっかく私が記憶を奪ってあげたのを無駄にする気?」

 彼女は人差し指をこちらに向けて、苦言を呈す。アステラは淡々と言った。

「一瞬でも、目を離したくないんです」
「は?」

 たとえ、名前を呼べなくても、触れることが許されなくても、憎まれていたとしても……。
 エミリーを見ていたい、ただそれだけだった。
 あの太陽のような存在に、ほんの少しでも長く、触れていたかった。

「――っう」

 そのとき、アステラの胸に強い痛みが走り、思わず顔をしかめる。胸元を抑え、苦しみながら引き出しをごそごそと漁る。痛み止めの魔法薬を取り出し、口内に入れて水を飲み込む。
 ほどなくして、痛みは収まっていった。

「あなた……」
「どうせ死ぬなら、せめて、最後までエミリーの近くにいるつもりです」

 エミリーは、過去に二度、アステラに救われたことを知ってしまった。もしかしたら、失った記憶を取り戻そうと探りを入れてくるかもしれない。だが、記憶の結晶がオリビアの手元にある限り、彼女の記憶が蘇ることはないだろう。

「もう、結晶は僕に渡さなくて結構です」
「は、何言うのよ。あなたとエミリーにとって、大事なもののはずでしょ」
「僕が死んだら、記憶の結晶は砕いて処分してください」
「……エミリーが苦しむから?」
「僕は通り過ぎていく存在です。彼女には未来がある」

 エミリーはアステラを呪いから救おうとして死にかけた。自分のために、彼女のかけがえのない未来を犠牲にさせるわけにはいかない。全て忘れてしまえば、アステラが死んでも彼女は喪失感に苦しまずに済む。

「そう、それがあなたの出した結論ってわけね。まぁ、私の目的が果たせるならなんでもいいわ。それより――約束は覚えてるでしょうね」
「もちろん。僕の研究成果も、未発表の論文も、あなたに全てあげますよ。好きに使ってください」

 すると、オリビアは満足げに、口角をゆるりと持ち上げた。

「あの論文を世に出せば、私の功労賞は間違いないわね。石吐き症の治療法の確立なんて、世紀の大発見だもの。これでようやく、貴族になれる……」

 その論文は、エミリーの石吐き症を治療したあと着手したたもので、エミリーが魔物に襲われる少し前に、草案が完成したものだった。
 オリビアは自分が平民であることにコンプレックスを抱いており、野心に燃えている。この論文を自分の名前で発表し、功労賞を受賞して叙爵を狙っている。

 対してアステラは、名誉にも、地位にも、財産にも興味はない。
 ただ、医療魔術師としてひとりでも多くの患者に貢献することと、エミリーのこと以外には、取り立てて欲がないのだ。

 けれど、情けないことに、エミリーの前から消えることはできなかった。

 憎まれていてもいい。だから、一秒でも長く、どんな形であろうと、彼女の世界に居座っていたかったのだ。
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