15 / 35
14
しおりを挟む翌朝、通勤したエミリーは、院内のエントランスに人集りができていることに気づいた。
「誰か助けて……っ! 娘が急に倒れて……っ!」
その声を聞いたエミリーが駆けつけると、すでにアステラが救護に当たっていた。
十歳くらいの女の子の手から、植物のようなものが生えていた。植木にいた小さな魔物に噛まれて芽が出たので病院に来たら、突然急成長したと母親が説明する。
エミリーは看護師に、「魔物討伐のため、魔術師を呼んでください」と頼んだ。一方のアステラは少女を観察して、母親に言う。
「恐らく、魔力を含んだ種を植え付けられたのでしょう。花が咲く前に、根と茎を断ち切らなければなりません」
「む、娘は……助かるんでしょうか……」
「僕が必ず助けます。一緒に頑張りましょう」
一緒に頑張りましょう、という真摯な言葉に、エミリーは心を揺さぶられた。ぶっきらぼうだが、この人は患者に対して本当に誠実だと実感した。
それから、エミリーはアステラとその娘の治療を担当することになった。治療の間、お互いの間には必要最低限の会話しかない。
昨日の件が胸に引っかかっていたが、エミリーは平静を装って、仕事に集中した。
「根と血管が同化し始めているため、一度、冷却魔術で血流を止めてから、茎を切除していきます。ブラウン先生は汚染された魔力の浄化をお願いします」
「はい」
アステラの魔法陣は、今日もとても綺麗だった。
◇◇◇
どうにか無事に治療が終わって、廊下を出ると、看護師たちがこそこそと噂話をしていた。
「グエン先生って、愛想がないわよねぇ」
「あれで人を助ける側の人間だと思えないわ。それに、身分が惜しいのよ。平民の出じゃねぇ……」
「あの人と仕事やってても全然気分上がんないわ。グエン先生は辞めて、もっと爽やかな人が来てくれたらいいのに」
そこまで聞いて、思わずエミリーは口を挟んでいた。
「そういう悪口、どうかと思います」
「ブラウン先生! これは……その……」
「確かに、グエン先生は不器用かもしれないですが、患者のために最善を尽くしていますし、大勢の人の命を救ってきました。口先だけの人より、ずっと立派じゃないですか」
エミリーはムキになって、彼女たちに反論した。
(私、どうしてこんなに怒ってるんだろう)
「私は、グエン先生のこと、尊敬してます。グエン先生が誰かを救いたいっていう思いは本物だって分かるから」
「~~~~っ」
アステラの論文には、彼が患者を救おうとする思いと努力の積み重ねが詰まっていた。あの緻密な魔法陣は、同じ仕事をしているからこそ分かる、努力の賜物だ。
何も知らない人が、彼を馬鹿にする資格はない。
するとそこに、アステラが現れて言った。
「すみません。ブラウン先生、ちょっといいですか」
「グエン先生!? い、今の……聞いて……」
アステラの姿を見た看護師たちは、逃げるようにその場を離れていった。
「僕なんかを庇ったら、余計な敵を作って損するだけですよ」
「だって、グエン先生が悪く言われるの、すごく嫌だったから……」
「悪口を言われるのは慣れています。――でも、ありがとうございます。嬉しかったです」
「……!」
感謝を口にしたアステラは、いつもの無表情であるものの、どこか嬉しそうに見えた。
「――それより」
かと思った直後、アステラに詰められていた。
「昨日は楽しかったんですか」
アステラはエミリーを壁際に追い込み、両手を壁につけて逃げ道を奪った。エミリーはアステラと壁に挟まれた状態になり、身動きが取れなくなる。
「グエン先生には関係ありません」
そう冷たく突っぱねると、アステラはわずかに目をさまよわせる。
「別れたら心配するのもだめなんですか」
「だから、私がいつどの男の人とデートしたって、関係ないじゃないですか。もう私たちは他人なんですから」
「彼を好きになったんですか。乗り換えが早いんですね」
皮肉めいた嫌な言い方だが、どこか余裕のない様子で。それを見て、エミリーは不信感を募らせる。
そして、アステラはさらに言葉を続けた。
「大体あなたは、いつも無防備すぎるんです。男に隙ばかり見せて、問題が起きてからでは遅いんですよ」
「うるさいです」
「!」
短く言い返すと、彼の瞳の奥がわずかに揺れる。
「だから、あなたには関係ないって、何回も言ってるでしょ。……こういうの、本当に迷惑だからやめてください」
「…………」
そこまで言うと、アステラは沈黙した。エミリーは彼を睨みつけながら言い募る。
「そもそも、先生にはオリビアがいるじゃないですか。私に関わっていたら、オリビアだっていい気はしないはずです。不誠実なことをなさっている自覚、ないんですか?」
「……」
「黙ってないで、何か言ったら――」
そこで、エミリーは息を呑んだ。アステラがひどく、傷ついてような顔をしていたから。鉄の仮面が外れたその顔は、叱られた子どものように切なげで。まるで、こちらが意地悪をしたような気分になる。
「あなたの言う通りです。僕が大人気なかった。すみません」
アステラはしおしおとそう言い、壁についていた手を下ろす。その反応に、毒気を抜かれそうになる。
エミリーには、ひとつ確かめておきたいことがあった。
「オリビアに聞いたんです。私がグエン先生のストーカーで、脅して婚約を結んだっていうのは、事実ですか?」
それが事実なら、最低だ。謝って済まされることではない。
でも、アステラの態度を見ていると、そうは思えない。むしろ、彼の方が未練を引きずっているかのように見える。
アステラは言った。
「事実ではありません」
「そう……ですか」
やはり、オリビアは嘘をついていたのだ。浮気を正当化するためなのか、その理由は分からないけれど。そして、エミリーとアステラは、思い合って婚約したのではないか。
エミリーはアステラの胸板を、両手で押し離した。するとその拍子に、アステラの懐から小瓶が転がり落ちる。
中には、翼のある変わった形の種子が入っていて、ラベルに『植物名・産地名・採取日』が書かれていた。採取日は、ほんの数日前だった。
エミリーは小瓶を拾い上げ、思わず目を輝かせる。
「これ、コウモリカズラでは……!? すごい、この国では手に入らないのに」
コウモリカズラが自生するのは、この国よりも暖かい湿った土地に限られている。だが、はっと我に返って興奮を抑え、平静を装う。
「これ、どうしたんですか?」
「ただの研究目的です。よければ、あげます」
「わぁ、ありがとうござ――ンンッ」
思わず口を滑らせそうになったが、慌てて口を噤む。
本当は受け取ってしまいたかったが、この会話の流れで喜ぶのは絶対おかしいので、「結構です」と返した。
だが、エミリーは、昨日自分の鞄から出てきたアステラの贈り物の種を思い出しながら、静かに言う。
「グエン先生は、私に何か隠してますよね?」
そのとき、アステラの眉がわずかに上がったのを、エミリーは見逃さなかった。
(多分、この人は器用じゃないんだ。突き放したいのか、手放したくないのか、分からずに心が揺れて、迷子になってるみたい)
コウモリカズラの種子も、エミリーを思って、わざわざ保存したのだろうか。正直、そうとしか思えない。まさか、種子集めなんて変わった趣味が、たまたま彼にもあるとは考えられなかった。
アステラには新しい婚約者がいて、自分は振られた。けれど、それとは別に、明らかになったことある。
エミリーはゆっくりと唇を開いた。
「私は二回、グエン先生に助けてもらったことがあるんですよね。一度は私が石吐き症を発症したとき。二度目は、私が魔物に襲われて怪我をしたとき」
上から、はっと息を呑む気配がした。アステラはこちらにずいと距離を縮め、尋ねてきた。
「どこでそれを? まさか、何か思い出したんですか」
「いいえ。幼馴染に聞きました。私は何も思い出していません。記憶を失う前に、私の身に何が起きたんですか? どうして私に、何も教えてくれないんですか?」
「…………」
しばしの沈黙のあと、返ってきたのは質問の答えではなかった。
「もう、不用意に関わるのはもうやめます。不快な思いをさせてすみません」
「答えてください」
「僕から言えることは……何も」
気まずそうに目を逸らすアステラに一歩踏み込み、畳み掛ける。ここで引き下がるわけにはいかない。
「教えてください。目覚めてからずっと、ずっと、先生のことばっかり考えてます。なんにも思い出せないけど、私の心から、先生が消えないんです。私が好きだった人は、そんなに悪い人なんですか?」
アステラはこちらを見下ろして、「悪い人ですよ、僕は」と答えた。
「なら、なら……どうして、そんなに悲しそうな顔……」
エミリーの目には、彼が痛々しいほど悲しげな顔をしているように見えた。
その直後、後ろから誰かに、「ブラウン先生」と呼びかけられた。
「は、はい! 何かご用ですか?」
そこに立っていたのは、魔術師団長のエーリクだった。
「渡したいものがあるんだ。ちょっと来てくれるかい?」
「分かりました。すぐに行きます」
エーリクにそう答えてから振り向くと、アステラの姿はなかった。
(逃げられた……)
647
あなたにおすすめの小説
忘れ去られた婚約者
かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』
甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。
レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。
恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。
サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!?
※他のサイトにも掲載しています。
毎日更新です。
(完結)婚約者の勇者に忘れられた王女様――行方不明になった勇者は妻と子供を伴い戻って来た
青空一夏
恋愛
私はジョージア王国の王女でレイラ・ジョージア。護衛騎士のアルフィーは私の憧れの男性だった。彼はローガンナ男爵家の三男で到底私とは結婚できる身分ではない。
それでも私は彼にお嫁さんにしてほしいと告白し勇者になってくれるようにお願いした。勇者は望めば王女とも婚姻できるからだ。
彼は私の為に勇者になり私と婚約。その後、魔物討伐に向かった。
ところが彼は行方不明となりおよそ2年後やっと戻って来た。しかし、彼の横には子供を抱いた見知らぬ女性が立っており・・・・・・
ハッピーエンドではない悲恋になるかもしれません。もやもやエンドの追記あり。ちょっとしたざまぁになっています。
(完)貴女は私の全てを奪う妹のふりをする他人ですよね?
青空一夏
恋愛
公爵令嬢の私は婚約者の王太子殿下と優しい家族に、気の合う親友に囲まれ充実した生活を送っていた。それは完璧なバランスがとれた幸せな世界。
けれど、それは一人の女のせいで歪んだ世界になっていくのだった。なぜ私がこんな思いをしなければならないの?
中世ヨーロッパ風異世界。魔道具使用により現代文明のような便利さが普通仕様になっている異世界です。
壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~
志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。
政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。
社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。
ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。
ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。
一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。
リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。
ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。
そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。
王家までも巻き込んだその作戦とは……。
他サイトでも掲載中です。
コメントありがとうございます。
タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。
必ず完結させますので、よろしくお願いします。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
(完)大好きなお姉様、なぜ?ー夫も子供も奪われた私
青空一夏
恋愛
妹が大嫌いな姉が仕組んだ身勝手な計画にまんまと引っかかった妹の不幸な結婚生活からの恋物語。ハッピーエンド保証。
中世ヨーロッパ風異世界。ゆるふわ設定ご都合主義。魔法のある世界。
嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜
みおな
恋愛
伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。
そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。
その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。
そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。
ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。
堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・
【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる