【完結】親友を選んだ貴方へ、さようなら。「愛していた」は過去形ですので。

曽根原ツタ

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 翌朝、通勤したエミリーは、院内のエントランスに人集りができていることに気づいた。

「誰か助けて……っ! 娘が急に倒れて……っ!」

 その声を聞いたエミリーが駆けつけると、すでにアステラが救護に当たっていた。
 十歳くらいの女の子の手から、植物のようなものが生えていた。植木にいた小さな魔物に噛まれて芽が出たので病院に来たら、突然急成長したと母親が説明する。

 エミリーは看護師に、「魔物討伐のため、魔術師を呼んでください」と頼んだ。一方のアステラは少女を観察して、母親に言う。

「恐らく、魔力を含んだ種を植え付けられたのでしょう。花が咲く前に、根と茎を断ち切らなければなりません」
「む、娘は……助かるんでしょうか……」
「僕が必ず助けます。一緒に頑張りましょう」

 一緒に頑張りましょう、という真摯な言葉に、エミリーは心を揺さぶられた。ぶっきらぼうだが、この人は患者に対して本当に誠実だと実感した。

 それから、エミリーはアステラとその娘の治療を担当することになった。治療の間、お互いの間には必要最低限の会話しかない。

 昨日の件が胸に引っかかっていたが、エミリーは平静を装って、仕事に集中した。

「根と血管が同化し始めているため、一度、冷却魔術で血流を止めてから、茎を切除していきます。ブラウン先生は汚染された魔力の浄化をお願いします」
「はい」

 アステラの魔法陣は、今日もとても綺麗だった。



 ◇◇◇



 どうにか無事に治療が終わって、廊下を出ると、看護師たちがこそこそと噂話をしていた。

「グエン先生って、愛想がないわよねぇ」
「あれで人を助ける側の人間だと思えないわ。それに、身分が惜しいのよ。平民の出じゃねぇ……」
「あの人と仕事やってても全然気分上がんないわ。グエン先生は辞めて、もっと爽やかな人が来てくれたらいいのに」

 そこまで聞いて、思わずエミリーは口を挟んでいた。

「そういう悪口、どうかと思います」
「ブラウン先生! これは……その……」
「確かに、グエン先生は不器用かもしれないですが、患者のために最善を尽くしていますし、大勢の人の命を救ってきました。口先だけの人より、ずっと立派じゃないですか」

 エミリーはムキになって、彼女たちに反論した。

(私、どうしてこんなに怒ってるんだろう)
「私は、グエン先生のこと、尊敬してます。グエン先生が誰かを救いたいっていう思いは本物だって分かるから」
「~~~~っ」

 アステラの論文には、彼が患者を救おうとする思いと努力の積み重ねが詰まっていた。あの緻密な魔法陣は、同じ仕事をしているからこそ分かる、努力の賜物だ。

 何も知らない人が、彼を馬鹿にする資格はない。
 するとそこに、アステラが現れて言った。

「すみません。ブラウン先生、ちょっといいですか」
「グエン先生!? い、今の……聞いて……」

 アステラの姿を見た看護師たちは、逃げるようにその場を離れていった。

「僕なんかを庇ったら、余計な敵を作って損するだけですよ」
「だって、グエン先生が悪く言われるの、すごく嫌だったから……」
「悪口を言われるのは慣れています。――でも、ありがとうございます。嬉しかったです」
「……!」

 感謝を口にしたアステラは、いつもの無表情であるものの、どこか嬉しそうに見えた。

「――それより」

 かと思った直後、アステラに詰められていた。

「昨日は楽しかったんですか」

 アステラはエミリーを壁際に追い込み、両手を壁につけて逃げ道を奪った。エミリーはアステラと壁に挟まれた状態になり、身動きが取れなくなる。

「グエン先生には関係ありません」

 そう冷たく突っぱねると、アステラはわずかに目をさまよわせる。

「別れたら心配するのもだめなんですか」
「だから、私がいつどの男の人とデートしたって、関係ないじゃないですか。もう私たちは他人なんですから」
「彼を好きになったんですか。乗り換えが早いんですね」

 皮肉めいた嫌な言い方だが、どこか余裕のない様子で。それを見て、エミリーは不信感を募らせる。
 そして、アステラはさらに言葉を続けた。

「大体あなたは、いつも無防備すぎるんです。男に隙ばかり見せて、問題が起きてからでは遅いんですよ」
「うるさいです」
「!」

 短く言い返すと、彼の瞳の奥がわずかに揺れる。

「だから、あなたには関係ないって、何回も言ってるでしょ。……こういうの、本当に迷惑だからやめてください」
「…………」

 そこまで言うと、アステラは沈黙した。エミリーは彼を睨みつけながら言い募る。

「そもそも、先生にはオリビアがいるじゃないですか。私に関わっていたら、オリビアだっていい気はしないはずです。不誠実なことをなさっている自覚、ないんですか?」
「……」
「黙ってないで、何か言ったら――」

 そこで、エミリーは息を呑んだ。アステラがひどく、傷ついてような顔をしていたから。鉄の仮面が外れたその顔は、叱られた子どものように切なげで。まるで、こちらが意地悪をしたような気分になる。

「あなたの言う通りです。僕が大人気なかった。すみません」

 アステラはしおしおとそう言い、壁についていた手を下ろす。その反応に、毒気を抜かれそうになる。
 エミリーには、ひとつ確かめておきたいことがあった。

「オリビアに聞いたんです。私がグエン先生のストーカーで、脅して婚約を結んだっていうのは、事実ですか?」

 それが事実なら、最低だ。謝って済まされることではない。
 でも、アステラの態度を見ていると、そうは思えない。むしろ、彼の方が未練を引きずっているかのように見える。

 アステラは言った。

「事実ではありません」
「そう……ですか」

 やはり、オリビアは嘘をついていたのだ。浮気を正当化するためなのか、その理由は分からないけれど。そして、エミリーとアステラは、思い合って婚約したのではないか。

 エミリーはアステラの胸板を、両手で押し離した。するとその拍子に、アステラの懐から小瓶が転がり落ちる。
 中には、翼のある変わった形の種子が入っていて、ラベルに『植物名・産地名・採取日』が書かれていた。採取日は、ほんの数日前だった。

 エミリーは小瓶を拾い上げ、思わず目を輝かせる。

「これ、コウモリカズラでは……!? すごい、この国では手に入らないのに」

 コウモリカズラが自生するのは、この国よりも暖かい湿った土地に限られている。だが、はっと我に返って興奮を抑え、平静を装う。

「これ、どうしたんですか?」
「ただの研究目的です。よければ、あげます」
「わぁ、ありがとうござ――ンンッ」

 思わず口を滑らせそうになったが、慌てて口を噤む。
 本当は受け取ってしまいたかったが、この会話の流れで喜ぶのは絶対おかしいので、「結構です」と返した。
 だが、エミリーは、昨日自分の鞄から出てきたアステラの贈り物の種を思い出しながら、静かに言う。

「グエン先生は、私に何か隠してますよね?」

 そのとき、アステラの眉がわずかに上がったのを、エミリーは見逃さなかった。

(多分、この人は器用じゃないんだ。突き放したいのか、手放したくないのか、分からずに心が揺れて、迷子になってるみたい)

 コウモリカズラの種子も、エミリーを思って、わざわざ保存したのだろうか。正直、そうとしか思えない。まさか、種子集めなんて変わった趣味が、たまたま彼にもあるとは考えられなかった。

 アステラには新しい婚約者がいて、自分は振られた。けれど、それとは別に、明らかになったことある。

 エミリーはゆっくりと唇を開いた。

「私は二回、グエン先生に助けてもらったことがあるんですよね。一度は私が石吐き症を発症したとき。二度目は、私が魔物に襲われて怪我をしたとき」

 上から、はっと息を呑む気配がした。アステラはこちらにずいと距離を縮め、尋ねてきた。

「どこでそれを? まさか、何か思い出したんですか」
「いいえ。幼馴染に聞きました。私は何も思い出していません。記憶を失う前に、私の身に何が起きたんですか? どうして私に、何も教えてくれないんですか?」
「…………」

 しばしの沈黙のあと、返ってきたのは質問の答えではなかった。

「もう、不用意に関わるのはもうやめます。不快な思いをさせてすみません」
「答えてください」
「僕から言えることは……何も」

 気まずそうに目を逸らすアステラに一歩踏み込み、畳み掛ける。ここで引き下がるわけにはいかない。

「教えてください。目覚めてからずっと、ずっと、先生のことばっかり考えてます。なんにも思い出せないけど、私の心から、先生が消えないんです。私が好きだった人は、そんなに悪い人なんですか?」

 アステラはこちらを見下ろして、「悪い人ですよ、僕は」と答えた。

「なら、なら……どうして、そんなに悲しそうな顔……」

 エミリーの目には、彼が痛々しいほど悲しげな顔をしているように見えた。
 その直後、後ろから誰かに、「ブラウン先生」と呼びかけられた。

「は、はい! 何かご用ですか?」

 そこに立っていたのは、魔術師団長のエーリクだった。

「渡したいものがあるんだ。ちょっと来てくれるかい?」
「分かりました。すぐに行きます」

 エーリクにそう答えてから振り向くと、アステラの姿はなかった。

(逃げられた……)
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