【完結】親友を選んだ貴方へ、さようなら。「愛していた」は過去形ですので。

曽根原ツタ

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 エミリーとリノは劇場を出て、近くの小さなカフェに移動した。エミリーは固めのプリンと紅茶を、リノはカフェオレを頼む。

 リノに借りたハンカチは、エミリーの涙ですっかり濡れてしまった。

「少しは落ち着いた?」
「うん。ごめんね、迷惑かけて」

 膝の上のハンカチをぎゅっと握り締め、申し訳なさそうに謝ると、リノは首を横に振った。

「ううん、気にしないで。迷惑なんて思ってないから」

 リノは、子どものころからずっと変わらず優しくて、優秀で、自慢の幼馴染だった。エミリーが罪悪感に苛まれているのは、急に泣き出したことだけが理由ではない。
 せっかくリノとのデートなのに、他の男性のことばかり考えてしまっている自分に、胸が痛んでいた。

(私、最低だ)

 そんなエミリーの思いを見抜いたかのように、頬杖をついたリノが言う。

「彼のこと、気になってるんでしょ」
「…………」

 その彼がアステラ・グエンを指すことは、確認しなくても分かるし――図星だった。リノ相手に隠し事や嘘は通じないと観念し、エミリーはこくんと頷く。

「……ごめん」
「ふ。謝らなくていいよ。元婚約者だもん。気になって当然でしょ」
「日記帳が消えてたり、私の診療内容が破られてたり。私ね、バルコニーから転落したんじゃなくて、魔物に襲われて怪我したみたいなの」
「は、魔物!?」
「驚くよね。記憶をなくす前のこと、まるで誰かに意図的に隠されてるみたいで」
「それが、グエン先生だと思ってるってこと?」
「分かんない。オリビアには、私がグエン先生を脅して婚約したって言われて、頭がぐちゃぐちゃ」

 すると、リノは小さく息を吐いて、真剣な表情で言った。

「でもさ。お前はグエン先生に――愛されてたと思うよ」
「!」

 彼の言葉には、確信が滲んでいた。

「でも、オリビアに私がグエン先生のストーカーで、迷惑かけてたって聞いたの」
「なわけないから。お前、奥手でグエン先生に話かけられないってしょっちゅう俺に相談してきてたから。告白したのも、あっちだって言ってたよ」
「そう……なの?」
「うん。お前は人が嫌がることはしないって、俺が一番よく分かってる。それに、もし本当にストーカーしてたんだとしたら、止めてるよ。ま、気になるならグエン先生本人に確かめてみな」
「…………」

 リノは懐から、一通の手紙を取り出して、テーブルの上に置いた。その手紙には見覚えがある。エミリーとリノは時々、手紙で近況を報告し合っていたのだ。

「本当は黙ってるつもりだったけど、フェアじゃないから言うよ。怪我したお前を治療したのは、グエン先生だった。自分が治療したことをエミリーに言うなって、周りに口止めしてたけどな」
「……!」

 エミリーは目を見開く。

「あの人が、重体のお前を助けるために最上位の医療魔術を施したんだ。お前のことをなんとも思ってないなら、そんなことしない。今日の態度もおかしかったし、日記や診断書の件も変だ。グエン先生は事情があって、お前から離れたのかもしれない。ひとつ確かなのは、オリビアさんが嘘ついてるってこと」

 ただ、肝心な離れた理由に関しては、想像もつかない。
 黙って差し出された手紙を受け取ると、彼が続けた。

「それを読めば、お前がどうしてあの人に惚れたか、思い出せるかもしれないよ」

 思わず息を飲むと、彼は「読んでみな」と促した。恐る恐る、封筒から便箋を取り出して広げる。前半には挨拶や家族の話が書かれていた。

 アステラの名前が出てきたのは、後半だった。


『心配させないように黙ってたんだけど、実は私、石吐き症っていう珍しい病気になったの。治療法がなくて絶望してたんだけど、グエン先生が治してくれて。先生には一生、感謝してもしきれない。ずっと浄化魔術が嫌いだったけど、グエン先生が人を救うことができる力だって教えてくれた。私、先生みたいな医療魔術師になるって決めたんだ』


 その部分を読んで、エミリーはわずかに目を泳がせた。なぜなら、エミリーの記憶からは、自分が石吐き症を患っていたことがすっかり抜け落ちているためだ。

 けれど、確かにこの筆跡はエミリーのもので。そして、文面から伝わるアステラへの特別な感情が、胸を打った。

(確かに、昔の私は浄化魔術が嫌いだった)

 あるきっかけによって浄化魔術が嫌いになり、使いたくないと拒絶していた自分。けれど、アステラがエミリーの心を変えたのだ。

「これ、いつの?」
「お前が医学院に入る二年前。その件があってから、お前はありとあらゆる縁談も魔術師のスカウトも蹴って、医療魔術師の道を選んだ。それも忘れたの?」
「…………何も、覚えてない」

 まさか、自分の職業を決めるきっかけや、過去の病気のことまで忘れてしまっているとは……。しかしそこで、失われた記憶の共通点に気づく。

「私が忘れた記憶って、不自然なくらいに……」
「「グエン先生に関わってる」」

 そこで、ふたりの声が重なる。これを偶然というにはできすぎている気がして、全身に鳥肌が立つ。

「私……自分の身に何が起きたか知りたい。記憶を取り戻したい」
「俺も、できることは協力するよ」

 そう言ってリノは、優しげに目を細める。
 彼の表情を見て、エミリーの胸がずきりと痛んだ。

「リノは、それでいいの? 記憶を取り戻したら、グエン先生を好きだったことも思い出すかもしれないのに」
「そうだね。本当は、グエン先生を忘れたまま俺を好きになればいいのにって思ってた。だから、この手紙を渡すのも躊躇してたんだ。ダサイよな、俺」
「そんなことない! リノは優しいよ。今日だって、泣いてる私に、ハンカチを貸してくれて……」

 ハンカチを洗ってから返すと付け足すと、リノは首を横に振って、そのままでいいと言った。

 エミリーがハンカチを差し出すと、彼はハンカチではなく、エミリーの手をぐいっと引いて、手の甲にちょっと唇を押し当てた。
 柔らかな感覚と温もりに驚き、目を丸くしていると、リノはこちらはまっすぐ見つめながら言った。

「でもやっぱ、お前が幸せなのが一番だからさ。全部思い出した上で、俺を選んでもらえるよう、頑張るよ」

 彼の本気が伝わると同時に、また胸が痛む。
 その誠実さが苦しい。なぜなら、リノの思いに、答えてあげられる自信がなかったから。
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