【完結】親友を選んだ貴方へ、さようなら。「愛していた」は過去形ですので。

曽根原ツタ

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 エミリーとリノは、劇場がある街に到着した。だが、劇場に行くには、エミリーの服装がややラフすぎるということで、先にドレスを買うことに。
 仕事が忙しくて、ドレスを買う余裕がなかったのだ。

「さっきの彼、あの未練タラタラな態度は何?」
「さ、さぁ……。私に言われても」

 街道の途中で、リノが皮肉っぽく言う。
 思い返してみても、アステラの先ほどの態度は、リノに嫉妬しているようにしか見えなかった。

 他に愛する人ができたと言って、最低な別れ方をしたくせに。オリビアにエミリーがストーカーをしていたと言われたし、心のやり場がなくなっている。

「もうあの人の話はやめよう」
「そうだね。今は俺とのデートに集中してよ」
「で、でーと……」
「違う?」
「違わないけど」

 リノと出かけることは過去に何度もあったが、デートと名前を付けるは初めてで。不思議な響きに気恥ずかしさを感じつつ、元婚約者のことは忘れて、この時間に集中することにした。

 ふたりが最初に立ち寄ったのは、流行の衣装屋だった。エミリーは毎日仕事ばかりで、服装に無頓着だったが、店内に並ぶ華やかなドレスには目を惹かれた。リノはそんなエミリーを尻目に、さっそく女性店員ふたりと話している。

「これから彼女と観劇に行くんです」
「それならとびきりかわいくしていかないとですね。恋人ですか?」
「そうなったらいいなって、俺は思ってます」
「まぁ……」

 ふたりの店員は、互いに顔を見合わせて、頬を染める。一方のエミリーにも、その甘いやり取りが聞こえ、恥ずかしくなった。
 エミリーは適当な服を手にし、逃げるように試着室に入った。

 ドレスに着替え、カーテンを開くと、リノが目を見開いた。

「どう……かな? 変じゃない?」

 ふわりと広がるスカートに、絞ったウェストのシルエット。スクエア型の胸元からは、綺麗なデコルテがあらわになっている。全体はラベンダー色が基調となっていて、あちこちに花柄の刺繍が施されているのがかわいい。

 リノはすぐにエミリーの元まで歩み寄り、エミリーをうっとりと見つめながら、賛辞を口にする。

「綺麗だよ。こんなに綺麗な子とデートできるなんて、俺は幸せだ」

 愛おしげな表情を見て、エミリーはどういう反応をしていいか分からなくなった。
 エミリーはそのドレスを着て、観劇に向かうことにした。



 ◇◇◇



 劇場に着き、エミリーはリノと並んで舞台を観劇した。内容は悲劇。女性が記憶喪失になり別の男性と政略結婚し、元恋人は盗賊に襲われた女性を庇い、死んでいく。そして、死の間際に女性は、元恋人の記憶を思い出すのだ。

『あぁどうして……。どうしてわたくしは、最も大切なあなたのことを忘れてしまっていたの……!?』
『愛しているよ。幸せに、なって……』

 ふたりの別れが、エミリーの胸に刺さる。
 記憶喪失という設定が、今の自分に重なって、他人事とは思えなかった。

 劇中の元恋人は重い病を患っており、政略結婚するヒロインの幸せを願って、身を引く決断をした。忘れられたままの方が、彼女にとって幸せだと。

 では、アステラは?

 頭の中に、消えた日記帳と、破られた診断書が浮かぶ。

(グエン先生にも何か、事情があるとしたら?)

 エミリーは自宅のバルコニーから転落したのではなく、魔物に襲われて怪我をした。そしてもうひとつ分かっているのは、誰かが意図的にその情報をエミリーに隠している可能性があること。

 少なくとも、エミリーの家族や友人はみんな、エミリーの怪我の原因がバルコニーからの転落だと思い込んでいる。

 そんなことをぐるぐると考えているうちに、いつの間にか公演が終わり、緞帳が降りていった。客席に拍手が響いている。

「面白かったね」
「うん。話題になるだけある。あの主役の女優さん美人だった」
「あー、最近人気らしいよ。このあとどうする? レストランの予約までまだ時間あるけど」
「喉乾いたからカフェでも行かない?」
「いいね、賛成」

 次の予定を確認しつつ、エミリーが席から立ち上がったとき、膝に置いていた鞄が滑り落ちてしまった。中から荷物が広がり、見知らぬ小箱が転がり出る。

(何、この箱)

 手に取って蓋を開けてみる。
 箱の中には小瓶がいくつか収まっていて、珍しい種子が入っていた。ラベルには、エミリーのものとは違う筆跡で『植物名・生産地・採取日』の文字。

(これは……)
「それ、お前が集めてる種?」
「でもこの字、私の字じゃない」

 箱の中には四つ折りのメッセージが添えられていて。

『出張先で見つけた珍しい種子です。よかったらコレクションに加えてやってください。アステラ』

 アステラ――。
 どうやらこの種子は、彼から贈られたものらしい。

 それは、出張先でエミリーのことを想った痕跡だった。だって、種子はカビないように薬物処理が施してあり、酸化防止のために密閉容器にまで入れてある。こんな手間は、相手を想っていなければわざわざかけないだろう。

 しかも、ラベルに書いてあるのは、エミリーがいつもラベルに記している三つの情報だ。過去の自分は、コレクションをアステラに見せたことがあるのかもしれない。
 アステラはエミリーにとって、他人から笑われがちな種子集めの変わった趣味を、共有できる相手だったということ。

(私はグエン先生に、愛されてた……?)

 そう思った瞬間、なぜか視界が滲んでいた。公演が終わり、劇場を出ていく人々がちらちらとこちらを見てくる。泣き止まなくてはと思うのに、涙がとめどなく出て、エミリーの頬を濡らしていく。

「エミリー……」
「あ、あれ……? 私、なんで泣いてるんだろ。おかしいな、ごめん。すぐ、止めるから」

 袖でがしがしと雑に目元を拭うエミリー。
 するとリノは、自分の背中でエミリーの泣き顔が周囲の人に見えないう隠した。それから、幼い子どもを宥めるかのように囁く。

「どこか、静かな場所に行こっか」

 動揺するエミリーは、頷き返すので精一杯だった。
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