【完結】親友を選んだ貴方へ、さようなら。「愛していた」は過去形ですので。

曽根原ツタ

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「おかげで命拾いしたぜ。感謝する」

 治療の結果、マイクはみるみる回復していった。魔力を生成する自発機能も戻り、一週間の入院生活を経て、無事に退院することになった。

 寝台に腰掛け、深々と頭を下げるマイクに、エミリーは微笑みかける。

「マイクさんがお元気になられて、私も嬉しいです」

 頑張るのはいつだって患者自身で、医療魔術師はただそのサポートをするだけだ。

「あんたがあの店にいなかったら、今ごろ俺ァくたばって、二度と剣を握れなくなってただろうなァ。ありがとう」

 マイクは笑いながら、利き手の右手を差し出した。エミリーもそれに応えて握手を交わす。剣を握るその手のひらは、何度も豆ができては潰れてを繰り返し、皮膚が盛り上がった痕跡ができていた。

 マイクは王国魔物騎士団の団長を務める人物だ。彼の回復によって、救われる民が大勢いるだろう。

 すると彼は、懐から手のひらサイズの板を取り出し、こちらに差し出した。

「これをあんたにやる」
「これは……?」
「身分証みてェなもんだ。これをマイク・タージャルからもらったと言やァ、 魔物騎士団を動かせる。好きに使ってくれ」
「ええっ、そんな大切なもの、私なんかが受け取れません!」

 そもそも、エミリーのような一貴族令嬢が、魔物騎士団を動かす機会なんて、そうそうあるはずもなく。

「いいっていいって。ほんの感謝の印だ。事情はよく分からねェが、あんたにはきっと、これが必要なんだろ?」
「え……」
「何とぼけた顔してんだ。医療魔術師のエミリー先生が魔物騎士団うちによく顔出してたって聞いてるぜ」
(どういうこと……?)

 はて、記憶を失う前の自分は、一体なんの用があって魔物騎士団に通っていたのだろうか。
 結局、押しに負けたエミリーはそれを受け取るのだった。 



 ◇◇◇



(どうして私、魔物騎士団に行ってたんだろう)

 考え事をしながら病院の廊下を歩いていると、その近くを子どもが走ってきた。走ったら危ないと注意しかけたのと、子どもが医療品の詰まった箱の山にぶつかったのはほぼ同時だった。高く積み上がった箱が、エミリーに倒れてくる。

「きゃあっ……!」

 突然のことに身体が動かなくなり、ぎゅっと目を閉じる。
 しかし、床に倒れ込んだ身体に予想していたような衝撃はなく、代わりに誰かの腕の中にいることに気づいた。

(痛く……ない?)

 そう思って目を開けると、紫の目と合う。
 アステラだった。彼は背中で箱を受け止め、エミリーを守っていた。彼は両手を床についてこちらを見下ろした。

「大丈夫ですか?」
「は、はい。グエン先生こそ……」
「平気です。重い物は入っていなかったようなので。どこか痛いところはありませんか」
「先生が守ってくれたのて、大丈夫です」

 こんな状況なのに、あと少し近づいたら肌が触れてしまいそうな距離に、なぜかどきどきした。

 すぐに周囲の職員たちが、荷物を退けてくれた。手当をするとアステラに申し出たが、彼はなぜか頑なに拒んだ。

「なら、せめて……指だけでも」

 アステラの指には、小さな切り傷ができていて、血が出ていた。エミリーはハンカチを取り出してそっと指に巻く。

「応急処置はしましたが、あとでちゃんと消毒してくださいね」
「はい」
「どうして、助けてくれたんですか? 私のこと、嫌いなんじゃないですか」

 アステラは視線を逸らし、

「身体が勝手に動いただけです」

 ――と言って、踵を返した。
 エミリーは胸に手を当て、大きく息を吐く。

(こ、これは……吊り橋効果よ。きっと、そうに決まってる。あとで、お礼のお菓子……買いに行こう)

 そう自分に言い聞かせるが、心臓の鼓動は加速するばかりだった。



 
 ◇◇◇



 今日の勤務は午前中のみで、午後からはリノと観劇に行く約束をしている。

『じゃあ、俺にすれば。俺なら絶対、お前に不誠実なことはしないし、大事にするよ』

 先日、リノに言われた言葉を思い出し、廊下の途中で足が止まる。幼馴染である彼は、兄弟のような存在で、異性として見たことがなかった。

 けれど、リノといると自然体でいられるし、いつも笑っている。恋人になっても、うまくやっていける気がする。

 なのに、リノとの未来を思い描くたび、どうしてもアステラの存在が脳裏を過ぎる。精緻を極めた魔法陣、魔術を展開する涼しげな横顔、倒れてくる荷物から庇ってくれた逞しい腕が――頭から離れてくれない。

(だめ。もう終わった人のことなんて、もう忘れなきゃ)

 エミリーは、ぶんぶんと首を横に振り、歩みを再開した。

 エントランスに行くと、リノがソファに座って待っていた。絵画の王子のようか美貌で、女性たちの注目を集めている。彼はエミリーに気づくと、軽やかに立ち上がってこちらに寄ってきた。

「仕事、お疲れ様」
「わざわざ迎えに来てくれたの?」

 待ち合わせは、観劇場のはずだった。するとリノは、優美に微笑んで言う。

「お前に早く会いたくて」
「!」

 軽い口調だが、瞳の奥に宿る熱のようなものが垣間見えて、リノが本気で言っているのだと分かった。彼は本気で、エミリーを口説き落とすつもりでいるのだ。

 どう反応していいか分からず、エミリーは目を逸らして、「劇、楽しみだね」と話を変えた。その反応にリノはわずかに眉をひそめたあと、困ったように微笑む。

「うん。そうだね」

 そうして、エミリーがリノについて歩いて行こうとしたとき、後ろから誰かに肩を掴まれた。

「――わっ!?」
「待ってください」

 振り向くと、アステラが立っていて。その表情にわずかに焦りが滲んでいるように見えた。エミリーが戸惑っていると、彼は決まり悪そうに手を下ろして言った。

「その人は誰ですか」
「幼馴染です。これから一緒に観劇に行く予定で」
「ふたりきりで?」
「え、えっと……はい」

 アステラの表情に明らかな威圧が乗り、エミリーはますます戸惑う。すると、リノがエミリーの腰を抱き寄せて、アステラを牽制した。

「エミリーが誰とどこに行こうと本人の自由でしょう。どちら様です?」
「アステラ・グエンです」
「あー、あなたが、浮気してエミリーを捨てたっていう、元婚約者ですか。あなたはもうエミリーにとって過去の人なんですから、未来を応援してあげたらどうです?」

 見つめ合うふたりの間に、バチバチと火花が散る。

「本当に、ただの幼馴染ですか?」
「俺はこれからそれ以上の関係になれたらって思ってます。エミリーを手放してくれて、感謝してます」
「ブラウン先生があなたみたいなチャラチャラした人を好きになるとは思えませんね」 
「挑発してるんですか? それ」
「さぁ、事実を述べただけです」
(ちょ、ちょっとふたりとも……!)

 周りの人がこちらを見ながら、ひそひそ噂をしている。

 一触即発な雰囲気に、耐えかねたエミリーは間に入った。

「グエン先生、ごめんなさい。私たちはもう行きますね。それじゃあ、お先に。ほらリノ、行こ。遅刻しちゃうよ」
「うん、そうだね」

 アステラとリノはもう一度、互いに鋭く目線を交わす。

 そして、エントランスを出ていくふたりの後ろ姿を、アステラは複雑そうに見送っていた。
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