【完結】親友を選んだ貴方へ、さようなら。「愛していた」は過去形ですので。

曽根原ツタ

文字の大きさ
19 / 35

18

しおりを挟む
 
 ティナミアは、苦しげに咳き込みながら、魔力の結晶を吐き出し続けた。宝石のような緑色の小さな結晶が、ぼろぼろと落ちて、床に転がっていく。

「げほっ、ごほ……」

 石吐き症は通常、治ることはないとされる。結晶を吐く度に体から魔力が失われていき、やがてショック症状を引き起こす可能性がある。発症すれば、ほとんどの者が数年で命を落とす。この病には治療法がなく、あるのは苦痛を和らげるための対症療法だけ。

 リノは、今のティナミアの姿を人目に晒すべきではないと即座に判断し、使用人たちに「人払いを」と命じた。

 使用人たちは、すぐさま広間から人々を外へと誘導し始める。
 リノもティナミアに寄り添い、そっと背を撫でた。彼女は目にじわりと生理的な涙を滲ませながら、申し訳なさそうに掠れた声で言った。

「ごめん……なさい。わがままを言って、今日ここに来たせいで、あなたに迷惑を……ごほっ」
「そんなこと気にしないでください。今は、ご自分の身体のことだけ考えて」
「……ありが、ぅ――ゲホッ……」

 ティナミアの咳は一向に収まらず、結晶が零れ落ちていく。直後、ティナミアはその場に倒れて意識を失った。

「王女様! 王女様、しっかり……!」

 エミリーは彼女の身体を揺さぶりながら、必死に呼びかける。

(魔力が枯渇したんだ)

 すると、この場で誰よりも冷静なアステラが指示を出した。

「エミリーは魔力補充をしてください。近衛騎士のあなたは、僕の質問に答えていただけますか」
「「はい」」

 エミリーとリノの声が揃う。返事をしたあと、エミリーは自分が呼び捨てにされたことに気づく。

(今、エミリーって……)

 しかし、すぐに気持ちを切り替えて、ティナミアの処置に専念した。エミリーがティナミアの魔力を補充している間に、アステラがリノに聞く。

「この症状はいつから?」
「四ヶ月ほど前です」
「四ヶ月前、何か精神的にショックを受ける出来事はありましたか?」
「特に、思い当たることは何も……。宮廷の医療魔術師に診ていただいてますが、対症療法と経過観察だけで」
喀石かっせき……石を吐く頻度は?」
「把握している範囲で、数日に一度は」
「そうですか。分かりました」

 アステラはリノをまっすぐ見据えながら、淡々と言った。

「特異医療院に彼女を運んでください。僕が診ます」



 ◇◇◇



 オリビアはその夜、王国魔術師団のエーリクの執務室を訪れていた。本当はもう顔も見たくない相手だが、今は仕方がない。

「おや、君が来るなんて珍しいね」
「お頼みしたいことがあって」
「だと思ったよ。困ったときにだけ気まぐれに甘えてくる」

 エーリクの妻は少し前に他界したが、生前からオリビアとエーリクは不倫していた。

「王女様の治療、私に担当させてほしいんです」
「理由は?」
「石吐き症をアステラさんに治療させたら、実績に繋がってしまうでしょう。そうなると、あなたも私も立場が危うくなる。だからよ」

 オリビアはアステラを功労賞のライバルと見ていて、エーリクは自分の利権を脅かす存在として彼を危険視している。

「最近は私だけではなく、アステラ・グエンに取り入っているようだね」
「ちょっとした遊びです」
「どうしても貴族になりたいんだろう? だったら、私の妻になりなさい。君の望むものをなんでもあげよう」
「ふふ、お断りします。あなたと結婚したら泣くことばかりになりそうだもの」
「つれないな。妻が死んで後妻の座は空いている。君ならいつでも歓迎してやるぞ」
 
 エーリクが不敵な笑みを浮かべる。
 そのとき、背筋がぞわりと粟立った。

「顔色が悪いぞ。どうかしたか?」
「……いえ、なんでも。用は済んだので失礼しますね」
「待て。今夜、空いてるか?」
「ええ、空いています。いつもの別荘で」

 オリビアは背を向け、執務室をあとにした。
 扉を出てから、笑顔を消して舌打ちする。

(あのクソジジイ、ほんっと気持ち悪い)

 まだ、エーリクは使い道があるので利用しているだけ。不倫関係になったのも、平民のオリビアが昇進するために必要だったからだ。

 エーリクもオリビアと同じで、野心と欲望の塊のような人間だった。自分の利益のためなら、手段を選ばない。
 犯した罪は、金と権力で揉み消してきた。

(アステラさんが呪われた件も、きっとあの男が……)

 だが、アステラの論文を奪って貴族になった日には、この男との関係も切るつもりだ。



 ◇◇◇



「ご迷惑おかけしてしまって、ごめんなさい。せっかくお祝いの場でしたのに、わたくしのせいで台無しになってしまったわ」

 王国魔術師団特異医療院。上流階級の患者のために特別に用意された賓客室ビップルームに、ティナミアは入院することになった。
 エミリーは部屋のカーテンを開け、部屋に光を入れながら言う。

「気にしないでください。王女様のお身体が何より大事なんですから」
「……ありがとう」

 寝台の上で半身を起こしたティナミアが、困ったように眉尻を下げる。

「小さいころからずっとね、身体が弱かったの。外に出かけることもままならなくて、しょっちゅう熱を出して寝込んでいたわ。でもまさか、こんな病気になってしまうなんて。……わたくしはもう、助からないわね」
「そんなこと……」

 そんなことはない――と言いかけたが、途中まででかかった言葉を呑み込む。石吐き症は不死の病と言われており、一度発症したら、治ることはなく命を落とす。

(でも、過去の私の手紙には……グエン先生が石吐き症を治してくれたって書いてあった。それが事実なら、もしかしたら――)

 だが、安易に期待を持たせるようなことは言えない。

「でも、わたくしはまだね、希望の欠片を手放せずにいる。この苦しみにはきっと何か意味があって、頑張っていたら奇跡も起こるのではないかって」
「起こりますよ、きっと。希望を抱いて頑張っていらっしゃる王女様の姿が、私には奇跡みたいなものです。本当に尊敬します」

 エミリーの励ましに、ティナミアが微笑む。

「それに、優秀な医療魔術師の先生がわたくしを診てくださると聞いて、それだけでも本当に心強いわ」
「…………」

 その直後、個室の扉がノックされて、ひとりの医療魔術師が部屋に入ってきた。

「ぜひ、安心してである私に任せてください。王女様」

 胸に手を当て、そう軽やかに告げたのは、アステラではなく――オリビアだった。

(オリビア……)

 エミリーはぎゅっと拳を握り締める。

 祝賀会で、アステラがティナミアの担当医になることを名乗り出た。しかし、実際に担当になったのは、オリビアだった。彼女は院長エーリクに直談判し、アステラから王女の担当医の座を奪い取ったのだ。

 王女の治療をするのは、とても名誉なこと。けれど、助けられないのでは意味がない。

(オリビアは、自分の功績のために患者を道具にしている)

 ティナミアの治療に最もふさわしいのは、アステラだとエミリーは思っている。
 だが今、診断書を片手に抱え、寝台横の椅子に腰かけ、足を組んでいるのはオリビアだった。

「石吐き症は不死の病ですが、適切な治療を行えば進行を遅らせることができ、十年以上生きられるケースもございます。王女様が穏やかに日々を過ごせるよう、全力を尽くさせていただきますので」
「まぁ……とっても頼もしいです」

 ふわりと無邪気に微笑むティナミアを見て、エミリーはざらつくような複雑な思いだった。



 ◇◇◇



 部屋を出たあと、エミリーはオリビアに声をかけた。

「どうしてオリビアが王女様の担当医なの?」
「何か文句でも?」
「グエン先生が先に申し出たでしょ。また先生から名誉を横取りする気?」

 いつも穏やかなエミリーの声に、鋭さが混じる。

「横取りなんて、人聞き悪いこと言わないで。女同士の方がいいと思っただけよ」

 そう言って、薄ら笑いを浮かべるオリビア。

「グエン先生は石吐き症の研究をしてるの。過去に、私の症状を治したことがある。彼が適任だよ」
「あなたの石吐き症を治した? その証拠はあるの?」
「それは……ないけど」
「研究をしてるって言っても、まだ臨床段階でしょ。承認されてない治療法を王女様に試す訳にはいかないわ」

 オリビアの主張は一理ある。だが、治療法を試すかどうか、その選択の自由は患者にあるべきだ。

(リノに送った手紙以外、証明できるものは何もない。でも……)

 オリビアは腕を組みながら冷笑気味に言う。

「石吐き症は死ぬ病なの。どうせ死ぬなら、私の野望のために利用させてもらうわ。王女様を看取った美人医療魔術師として、話題になりそうだし」
「~~~~っ」

 それを聞いた瞬間、エミリーの中で何かが切れた。

 ――パシンッ。
 エミリーがオリビアの頬を叩く乾いた音が、辺りに響いた。オリビアは目を見開き、赤くなった頬を手で抑える。

「な、何するのよ……っ!?」
「どうせ死ぬとか、不謹慎なこと言わないで! 医療魔術師は、最後まで、患者の命を救うために最善を尽くすべきでしょう……!?」
「あなたに私の何が分かるのよ」
「分かんないよ。オリビアはこういうずるいことしない人だって信じてた。でも最近、おかしいよ」
「残念ね、私はこういう女なの。知らなかった?」

 彼女は意地悪に唇の端を吊り上げながら言う。

「私があなたと仲良くしてたのはね、あなたといると私が引き立つからよ。友達だと思ったことなんて一度もなかった」

 その言葉に、頭を殴られたような衝撃を受ける。

 オリビアとの友情が、エミリーの思い違いだったなんて。
 気づくと、涙が出ていた。

「……ひどい」

 エミリーの泣き顔を見たオリビアは、一瞬目を泳がせたあと、何も言わずにその場を去っていった。 



 ◇◇◇



「ブラウン先生、そんなところに立ってどうしたんですか」

 立ち尽くしているエミリーに、ちょうど通り掛かったアステラが後ろからそう声をかけてきた。

「グエン……先生」

 振り返り目が合ったとき、エミリーの瞳からぽろぽろと雫が零れ落ちる。次の瞬間、エミリーはアステラの腕の中にいた。彼の腕の中は、大きくてたくましくて――

(あったかい)

 突然抱き締められたのに、驚きよりも先に、安心感が胸を満たしていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

(完結)婚約者の勇者に忘れられた王女様――行方不明になった勇者は妻と子供を伴い戻って来た

青空一夏
恋愛
私はジョージア王国の王女でレイラ・ジョージア。護衛騎士のアルフィーは私の憧れの男性だった。彼はローガンナ男爵家の三男で到底私とは結婚できる身分ではない。 それでも私は彼にお嫁さんにしてほしいと告白し勇者になってくれるようにお願いした。勇者は望めば王女とも婚姻できるからだ。 彼は私の為に勇者になり私と婚約。その後、魔物討伐に向かった。 ところが彼は行方不明となりおよそ2年後やっと戻って来た。しかし、彼の横には子供を抱いた見知らぬ女性が立っており・・・・・・ ハッピーエンドではない悲恋になるかもしれません。もやもやエンドの追記あり。ちょっとしたざまぁになっています。

(完)貴女は私の全てを奪う妹のふりをする他人ですよね?

青空一夏
恋愛
公爵令嬢の私は婚約者の王太子殿下と優しい家族に、気の合う親友に囲まれ充実した生活を送っていた。それは完璧なバランスがとれた幸せな世界。 けれど、それは一人の女のせいで歪んだ世界になっていくのだった。なぜ私がこんな思いをしなければならないの? 中世ヨーロッパ風異世界。魔道具使用により現代文明のような便利さが普通仕様になっている異世界です。

壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。 政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。 社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。 ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。 ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。 一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。 リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。 ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。 そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。 王家までも巻き込んだその作戦とは……。 他サイトでも掲載中です。 コメントありがとうございます。 タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。 必ず完結させますので、よろしくお願いします。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

(完)大好きなお姉様、なぜ?ー夫も子供も奪われた私

青空一夏
恋愛
妹が大嫌いな姉が仕組んだ身勝手な計画にまんまと引っかかった妹の不幸な結婚生活からの恋物語。ハッピーエンド保証。 中世ヨーロッパ風異世界。ゆるふわ設定ご都合主義。魔法のある世界。

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

処理中です...