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しおりを挟む特異医療院に着いたとき、すでに日が暮れ始めていた。医局でシフトを確認すると、アステラはあと一時間ほどしたら仕事が終わる予定になっている。
エミリーは、医局にいた他の医療魔術師のひとりに尋ねた。
「グエン先生ってまだお帰りになってないですよね?」
「あーうん。さっき廊下で見かけたよ」
「そうですか。……ありがとうございます」
その医療魔術師は、白いローブに着替えてから、足早に医局を出て行った。
室内に人がいないことを確認し、アステラの机の前に立つ。きょろきょろと辺りを見回し、もう一度誰も見ていないことを確かめてから、引き出しに手をかけた。
一段目は、患者の診断書に筆記用具、貴重品などが入っていた。二段目にも、三段目にもめぼしいものはなし。そして、四段目――。
(鍵がかかってる)
ダイヤル式の鍵がかかっていて、中を見ることができない。
そういえば以前、エミリーの石吐き症の治療経過を見せてもらったときも、この段から取り出していた。もしやここには何か、重要なものを隠しているのかもしれない。そう考え、ダイヤルに手をかけた。
(だめだ、開かない)
適当な数字を組み合わせてダイヤルを回してみたが、当たり前に開かなかった。
そこでふと、鞄の中に入れっぱなしの例の日記帳の存在を思い出し、引っ張り出して広げる。
『× × 月 × ×日
今日はグエン先生の誕生日を祝った。オリビアと一緒に選んだ小鳥の柄のネクタイ、可愛いって言ってくれた。本当は食事に誘いたかったけど、勇気が出なくて誘えなかった。今夜は素敵な女の人と過ごしているのかな。どうしよう、想像したら泣きたくなってきた』
まだ、エミリーがアステラと交際を始める前の日記だ。
自分の誕生日を暗証にしているかもしれない。そう思ってその日付を試してみるが、やっぱり開かなかった。
さらにページをさらにめくると、交際したあとの、エミリーの誕生日について書かれた記録を見つけた。
『〇〇月〇〇日
今日はアステラさんの家で誕生日を祝ってもらった。日付が変わった瞬間に、おめでとうって言ってくれた。プレゼントは、珍しい種子のコレクション。私のために選んでくれたんだって思うだけで、胸がいっぱいになる。今までで一番幸せな誕生日だった。この夜のことは一生忘れない』
弾んだ自分の文章を見た途端、エミリーの顔が熱くなり、慌てて日記帳を閉じる。
(日付が変わった瞬間に一緒にいたってことは、お、お泊まり――!?)
思わず心の中で突っ込みを入れる。
その記憶は今のエミリーからすっかり抜け落ちており、過去の自分が妙に大人に思えた。
エミリーは再び、ダイヤルに視線を向ける。
「……まさか、ね」
ダメ元で自分の誕生日の四桁を入れてみると――ガチャリ。
まさかの解錠されて、引き出しが開いた。アステラはエミリーの誕生日を暗証として使用していたようだ。
エミリーは驚きつつも、気を取り直して、引き出しの中を探った。
そこから、くしゃっと丸められた紙が出てきた。広げてみると、エミリーが大怪我をしたときの――本物の診断書だった。
アステラの筆跡で、『森で鹿型の魔物に襲われ、重体で搬送』と書かれている。
(やっぱり私の怪我の原因は、バルコニーからの転落じゃなかった)
しかも、一時は心肺停止というかなりひどい怪我だった。
アステラがエミリーを助けようと、甲斐甲斐しく看病していたことが記録から読み取れた。診断書をテーブルに置き、さらに物色を続けると、別の診断書が出てきた。
(これって、グエン先生の?)
彼もまた、医療魔術師の診察を受けていた。しかも、つい最近の日付だ。
そこには、アステラが、例の鹿型の魔物による呪いを受けていることが書かれていた。医療魔術師として魔物討伐に同行した際に受けたものだ。
呪いはかなり進行しており、進行を遅くして苦痛を和らげるための対症療法のみしか施せないとある。
この呪いについては、エミリーの日記にも書いてあった。
エミリーは、魔物を倒してアステラの呪いを解くために大怪我をした。
けれど、エミリーは討伐に失敗しており、アステラの余命はごくわずかしか残っていない。
(この呪いの件と、私の記憶喪失は偶然とは思えない。グエン先生が私に無茶をさせないようにするために抜き取ったなら、辻褄が合う)
けれど、特定の記憶を抜き取るなんて真似、どうやって……?
険しい表情で診断書を見つめて、思案を巡らせていたそのとき、上から声が降ってきた。
「そこで何してるんですか」
「ひゃあっ!?」
突然話しかけれて驚いたエミリーは、はびくっと肩大きく跳ねさせ、驚いた拍子に持っていた診断書を落とした。
振り返ると、無表情のアステラがこちらを見下ろしている。その胸元には、以前エミリーが贈ったものと思われる小鳥柄のネクタイが。
無表情だが、その瞳にわずかな焦りのようなものが滲んで見える。
彼は静かに紙を拾い上げながら言う。
「引き出しの鍵はかけておいたはずなんですけどね。ブラウン先生は泥棒の才能があるんですね」
「グエン先生こそ、別れた相手の誕生日を暗証番号にしてるなんて……女々しいんじゃないですか」
負けじと言い返すと、アステラはずいとこちらの顔を覗き込んで、きっぱりと言った。
「未練しかないので。悪いですか?」
あまりにまっすぐな表情で見つめられ、心臓が大きく跳ねる。ふてぶてしい態度だが、眼差しは誠実で。
エミリーは自分の胸に手を当てて言い聞かせた。
(収まって、私の心臓)
隠し事と嘘ばかりの男に、ドキドキさせられているのは悔しい。
「なら、ちゃんと本当のことを教えてください。日記帳を見つけて、過去に何があったのかは大体分かりました。つき通せない嘘は、つかないで。振り回されるのは辛いんです」
「…………」
話しながら、自分の声が震えていることが分かった。
アステラは少し迷ったあとで、観念したかのように「分かりました」と頷いた。彼は隣の椅子に腰掛ける。
「質問してください。嘘をつかずに答えます」
「グエン先生は、もうすぐ……死ぬんですか?」
「はい」
自分の死について、眉ひとつ動かさずにさらりと答えた彼に、息が詰まる。
「呪いと、私の記憶喪失は、関係していますか?」
「はい。魔術を使って記憶を抜き取りました」
全身に鳥肌が立つのを感じながら、ゆっくりと問いを重ねる。
「グエン先生が、奪ったんですか?」
「いえ、僕じゃないです」
「他の人がやったってことですか?」
「……」
アステラは一拍置いてから答えた。
「オリビア先生です」
エミリーは目を開いて固まり、全身が凍りついていくのを感じた。
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