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しおりを挟むマイクとの面会が終わったあと、エミリーはその足で王宮に向かった。王女ティナミアに会うためだ。エミリーがティナミアの友人であることから、すぐに面会の許可が下りた。
面会が行われたのは、広大な庭園の一角にあるガゼボ。
周囲を取り囲む茂みは均等に形を整えられ、花壇には色とりどりの花が植えられている。
「王国魔術師団に、魔術討伐の依頼を出してほしい、ですか?」
白亜の椅子に座るティナミアが、優雅に紅茶を飲みながら首を傾げる。一方のエミリーは、スカートをぎゅっと握り締め、重々しく答えた。
「はい。私と同じ医療魔術師アステラ・グエンが以前魔物討伐に随行した際、呪いを受けまして」
「まぁ……それで今、グエン先生は?」
「呪いはかなり進行し、昨日、昏睡状態になりました。このままでは、医療魔術で延命したとしてももってひと月……かと」
「では、一刻を争いますわね」
ティナミアは紅茶のカップをテーブルに置き、真剣な表情でエミリーの話を受け止めた。医療魔術師が患者を助けるのは当たり前のことで、恩着せがましくティナミアを頼るつもりがなかったが、エミリーは藁をも掴む思いだった。
深く頭を下げ、懇願する。
「どうか、彼を助けるために力を貸していただけませんか? お願いします……」
日記によると、エミリーは記憶を失くす前にも、王国魔物騎士団と王国魔術師団に討伐要請を出していた。
だが、この国で魔物による被害で苦しんでいる人は大勢いる。アステラひとりのために部隊を立ち上げるのは、労力と人件費の無駄だと回答された。
加えて、アステラを襲った魔物による被害はその後報告されておらず、討伐の必要性も低いと判断された。
『△△月△ △日
今日も仕事帰りに、王国魔術師団に相談しに行った。特定の魔物を探し、討伐するのは、砂の中から針を探すものだと一蹴された。王国魔物騎士団でも門前払い。話さえ聞いてもらえない。それでも、私は絶対に諦めない。
メモ:明日はエーリク様に相談する』
そんな日記の文章を思い出していると、ティナミアが言う。
「顔をお上げになって」
「は、はい」
ティナミアは、ふわりと微笑んだ。
「もちろん、協力させていただくわ」
「本当ですか……?」
「ええ、困っているときはお互い様でしょう? それに、グエン先生はわたくしの恩人でもありますもの」
その言葉を聞いて安心し、ほっと胸を撫でおろすエミリー。王宮に来る前に、王国魔物騎士団に行ったのだが、マイクにも同じことを頼んでいた。
『グエン先生を助けるために、騎士団のお力添えをお願いしたくて』
『ああ。もちろんだとも。恩人の頼みとあっちゃ無下にはできねェからな』
そこでマイクは、快く了承してくれた。
記憶を失ってしまったが、日々の仕事が、アステラを助けたいというかつての自分の目的にちゃんと繋がっていた。
「わたくしはさっそく、王国魔術師団のお尻を叩いておきますわ。そもそも王国魔術師団は、国民の血税で運営される、国民のための組織。リスクだコストだなんだと、見捨てられる民があってはならないのです」
そのとき、ティナミアの優しげな瞳に鋭さが伸びる。
「王国魔術師団長の悪い噂を度々耳にしますわ。運営側を刷新し、組織のあり方を、見直す時期かもしれませんね」
彼女の表情は、人の上に立つ為政者のもので、エミリーを圧倒させた。
(すごい貫禄……。普段のおっとりした王女様とは別人みたい)
魔術師団長エーリクが、オリビアと話しているところを時々見かける。
日記によると、彼は既婚者であるにもかかわらず、オリビアと不倫していた。そして、彼の妻ベルベラはもうこの世にはいない。
「魔術師団長の奥様が、しばらく前に他界されたのはご存知ですか?」
「ええ、もちろん。わたくしも幼いころから可愛がってもらっておりましたから。持病が悪化したそうで、あっという間でしたよね」
「実は、彼女が亡くなる前に、私の同期とエーリク様は不倫していたみたいで」
「……まさか、奥様の死と不倫が関わっているとでも?」
「確証は何もありません。ただ、記憶を失う前の私の日記帳に、オリビアが殺そうとしていたという文章がありました。でも、肝心なことは何も思い出せなくて……。私はオリビアに、記憶を抜き取られているんです」
「記憶を……!? それは、どういうことですの?」
エミリーは、オリビアに記憶の結晶を取り上げられていること、他人から記憶を奪う魔術が禁忌であることを併せて伝える。
それから、オリビアがアステラの論文を狙っていることや、ここまでの経緯を掻い摘んで説明した。
ティナミアは顎に手を添えて言う。
「――なるほど。今回の事件はどうやら、複雑な事情が絡んでいるようですね。禁忌魔術の使用については、わたくしに一旦任せてください。その記憶の結晶とやらも、オリビアさんから押収して、あなたにお戻しいたしますわ」
「そうしていただけるなら、とてもありがたいです」
エミリーとアステラでは手に負えない問題だったが、ティナミアに相談したことで、ようやく解決の糸口が見えてきた気がした。
ティナミアはおっとりした笑顔を浮かべながら、最後にこう言った。
「――王女として、この国の膿はきちんと出しませんと」
その不敵な笑みに、エミリーは思わず息を呑むのだった。
ティナミアの斜め後ろで、リノは静かに付き従っていた。どんな話を耳にしても、眉ひとう動かさない。王女の近衛騎士である彼は、貴族の闇に関わる様々な話を、これまで耳にしてきて慣れているのかもしれない。
(王女様は、何をお考えなんだろう)
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