【完結】親友を選んだ貴方へ、さようなら。「愛していた」は過去形ですので。

曽根原ツタ

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 アステラに呪いをかけた魔物の居場所は、先に派遣されていた調査部隊によって特定されていた。
 一行は森の奥へ入っていき、魔術師が探索魔術で正確な位置を探していく。

「――いた」

 魔術師の言葉に、場の空気が引き締まった。茂みの奥からがさりと音がしたあと、大きな目が光った。
 茂みから姿を現したのは、三メートルほどの巨大な鹿型の魔物だった。鋭い牙を覗かせ、黒い毛に全身が覆われている。

 魔物と戦うのは、基本的に魔術師の仕事だ。そこに、魔術を組み合わせた技術を扱う魔物騎士も加わる。

(待って。この魔物、様子がおかしい)

 魔物は、黒い煙のようなものに包まれていた。その異変に、マイクも気づく。

「ありゃ瘴気だな。報告書には書いてなかったが」

 魔物から発せられる瘴気は、人間の身体にとって毒となる。触れたら、魔病を引き起こす可能性がある。放たれる強力な瘴気に、マイクが舌打ちした。

「チッ、厄介だな。あの瘴気じゃ容易に近づけねェ。浄化も一筋縄じゃいかねェぞ」

 魔術師たちは浄化魔術を唱えていくが、強力な瘴気に対して効果はなかった。そこで、エミリーが一歩前に出て、

「――私に、浄化させてください」
「あんたが? いくら優秀だって、医療魔術師が扱う浄化と魔物の瘴気を払う浄化じゃ別モンだぞ」
「それでも、このまま諦めるより、やらせてほしいんです」
「…………」

 エミリーの強い意思の宿った瞳に、マイクは息を呑む。しばらく考えたあと、彼は「好きにしな」と頷いた。しかし、他の騎士たちがそれに反発する。

「いけません団長。討伐に参加する医療魔術師なんて聞いたこともありません! 危険すぎます!」
「いい。何かあったら、俺が責任を取る。それに、知らないのか? 医療魔術師エミリー・ブラウンは――」

 マイクの言葉を遮るように、エミリーは静かに手をかざした。

(人の治療をするときとは違う。力を制御する必要がない)

 緻密な力の調整が必要な医療魔術では、力を抑えている。
 その力が今、解き放たれようとしていた。アステラも、オリビアやリノも、エミリー・ブラウンの名前を知るものはみんな知っている。


「――浄化魔術の天才だ」


 マイクの呟きが、ぽつりと辺りに響く。

 エミリーが呪文を唱えると、白く強い光が辺りに離散する。他の魔術師たちを遥かに凌駕する強力な浄化魔術に、一同は思わず目を見開いた。

「なんだ、あれ……」
「本当に……ただの医療魔術師か?」
「ああ、医療魔術師に留めておくのはあまりにも惜しいな」

 そんな言葉が、エミリーの耳にも届いた。

 確かに、医療魔術師は目立たないかもしれないが、魔物と戦って傷ついた人を救う仕事も必要なものだ。
 
 それに、医療魔術のおかげでエミリーの浄化魔術はより洗練されていた。
 緻密なコントロール力で、着実に浄化を進めていく。

 エミリーは幼いころから、優れた浄化魔術の使い手として期待され、魔物から人々を守るための魔術師になるために育てられた。けれどそれは、自分が本当にやりたいことではなかった。

 日記帳に書いてあった通り、悩みに悩んだ末に、石吐き症になってしまった。そんなエミリーを救い、医療の道を目指すきっかけを与えてくれたのが――アステラだった。

(先生の呪いは、絶対に解いてみせる)

 エミリーは鋭い眼差しで魔物を見据え、普段は抑えている力を全力で放出した。エミリーの長い茶髪がゆらゆらと揺れるさまを、人々が見つめる。

 浄化の光に包まれたあと、魔物の瘴気は、完全に消え去った。

「追撃をお願いします!」

 その言葉に、ふたりの騎士が高く跳躍して、魔物に剣を振り下ろす。一撃は角で跳ね返されたが、もうひとりの斬撃は刺さり、血しぶきが辺りに舞った。

 後方から、魔術師たちが次々と攻撃魔術を繰り出していった。
 まもなく、部隊の目の前に、動かなくなった魔物が倒れていた。

 そのとき、力を使い尽くしたエミリーの顔に、なかったはずの赤い痣が浮かび上がっていた。マイクが心配そうに言う。

「あんた、それは……」
「ご心配なく。……これは元々、あるものなので」

 力が維持できずに解除されてしまったが、普段は幻影魔術によって隠している痣は、幼いころ浄化魔術が暴走してできた火傷跡だった。
 火傷をして以降、エミリーは浄化魔術が――嫌いになった。

 石吐き症になるほど心を病み、魔術師の道を拒んだのも、そのトラウマがあったからだった。



 ◇◇◇
   


 二週間後。魔物が倒されたことで、アステラの呪いは解けた。身体に広がっていた痣も、すっかり消失している。

 それでも、アステラはまだ目覚めなかった。呪いで身体はかなり消耗しており、このまま目覚めない可能性も充分ある。

「グエン先生。私……待ってますから。だから早く、起きてください」

 エミリーは、病室の寝台横の椅子に腰掛けてアステラの手を握り締めた。
 毎日魔力を送って、彼の体内の魔力の流れを整えている。エミリーにできるのは、それくらいだ。

 討伐から帰ったあと、すぐに儀式を行って、記憶の結晶を自分の中に戻した。失われていたアステラとの思い出は全て蘇っている。

 彼が誰よりも大好きだったことも。

「私たちが出会った日のこと覚えてますか? 石吐き症になって、絶望していた私に、アステラさんが言ってくれたんです。『諦めずに一緒に頑張りましょう』って。その言葉が、どんなに私の励みになっていたか……」

 エミリーはアステラに話しかけながら、彼との日々を振り返った。

 エミリーは魔術師になることを拒絶し、とうとう石吐き症を発症した。周りからは、『悩みは誰にだってある』、『心が弱いからそんな病気になるんだ』などと心ない言葉を投げかけられることもあった。

 家族は、エミリーを治そうと国中の医療魔術師に診察させたが、対症療法で少しでも寿命を伸ばすという提案しかされなかった。そして最後に、アステラ・グエンの元に辿り着いたのだ。

「僕の治療を受けてみませんか?」

 アステラは石吐き症を研究していた。自らの父が同じ病気で亡くなったことがきっかけらしい。

「受けます……! 私を治療してください」

 その治療を受ける初めての患者ということで、不安はあったが、この人に自分の命を託してみたいと思った。
 地獄の底に垂らされた蜘蛛の糸に、すがらない人がいるだろうか。這い上がれるチャンスに、賭けてみたかった。

 それから、ヘリオス魔術を受けたエミリーは、少しずつ、少しずつ回復していった。玉ねぎの薄皮を剥くように、ゆっくりと、けれど確実に……。

 また、アステラには家族以外に見せたことがない火傷跡を見せたこともあった。

「私、浄化魔術が大嫌いなんです。また力が暴走して、誰かを傷つけるのが怖くて」
「でも、救われる人も必ずいます。あなたの力に価値をつけるのは、あなた自身では。痛みを知るあなたにしか、できないこともあると思いますよ」

 浄化魔術から逃げ続けたエミリーに、もう一度向き合うきっかけを与えたのも、アステラだった。 
 浄化魔術は誰かを傷つけるためだけではなくて、癒すこともできるのだと、彼が教えてくれた。

「私、いつかグエン先生みたいな医療魔術師になります」
「あなたほどの才能があるなら、一般の魔術師になる方が能力を発揮できるのでは」
「両親にもそう言われました。それでも、医療魔術師がいいんです。この力で、自分と同じように苦しんでいる誰かに奉仕したくて」
「……僕はあなたの選択を応援しますよ」
「はい……!」

 退院の日、エミリーは勇気を振り絞り、植物園のチケットをアステラに渡し、震える声で言った。

「もし、いつか医療魔術師になれたら、ふたりで植物園に行ってくれませんか……?」

 アステラはエミリーの好意に気づいただろう。けれど彼は、チケット受け取りこう言ったのだ。

「待っています」

 それから数年後、見事に医療魔術師となったエミリーは、同じ職場でアステラと働くことになった。ふたりが恋人になるまでに、それほど時間はかからなかった。

 大人で、落ち着いていて、クールなアステラは、いつも患者に誠実だった。
 平民であるアステラの立場は弱く、功績を他の人に奪われることもあった。優秀だからこそ、妬みややっかみもあった。
 特に、石吐き症の治療法は、医療界の常識を覆す画期的な技術で、危険視する人もいた。エーリクもそのひとり。

 けれどアステラは、権力や名誉に興味を持たず、どんなに敵視されても、自分ができることを淡々とこなしていた。

 遠い回想から意識を現実に引き戻したエミリーは、眠り続けるアステラの手を握る力を強め、自分の額にそっと押し当てた。

「アステラさん……好きです。……大好き」

 彼が意識を失う前に、もう一度伝えたかった。
 そう言い終わったとき、アステラの頬に雫が一粒、ぽたりと落ちた。
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