【完結】親友を選んだ貴方へ、さようなら。「愛していた」は過去形ですので。

曽根原ツタ

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 オリビアにとって、エミリーは目障りな存在だった。

 オリビアは容姿にも魔法の才能にも恵まれ、周囲からももてはやされて育った。
 自分は誰よりも優れていると信じていたが、唯一、自分が平民であることがコンプレックスだった。

 実家は商家を営んでいて裕福だったが、貴族ではなかった。それが棘のように心に刺さっていたのである。

「わぁ! でっけェ馬車」
「貴族が乗ってるみてェだぜ。俺らとは住む世界が違ェや」

 幼いころから、男の子たちとばかり遊んでいたオリビア。あるとき、街道を走っていく豪奢な馬車が目に留まった。
 白を基調とし、贅沢な金の装飾が施された車体に目を奪われていると、窓からひとりの少女が顔を覗かせた。

(女の子……)

 長い茶髪がふわりと揺らめく。上質なドレスと帽子を身につけた少女は、窓の外の景色を眺めながら、無邪気に笑っていた。

 胸のブローチに描かれた百合の花の模様は、ブラウン伯爵家の家紋だった。
 小さな世界で生きてきたオリビアは、強い劣等感を抱き、離れていく馬車をいつまでも見送っていた。



 ◇◇◇



 やがて、オリビアは医学院に入学した。医療魔術師の女性の割合はかなり低く、貴族出身の者が多い。オリビアは医療魔術師として功績を上げ、貴族の仲間入りをしようと画策した。

「オリビアさん。よかったら隣、座ってもいい?」

 医学院で出会ったのは、ブラウン家の令嬢――エミリー・ブラウンだった。ブラウン伯爵家の模様である百合が描かれたブローチを見たときの衝撃は、ずっと忘れられない。

 オリビアは派手な容姿と派手な男関係で有名だったが、それと同じくらい、エミリーも学院内で有名だった。なんでも、天才的な浄化魔術の使い手で、色んな魔術師組織からのスカウトや縁談が来ていたのに、その全てを蹴って医療の道を選んだとか。

 人間の治療で扱う魔力量はごくわずかで、緻密さが求められる。いくら彼女が大規模な浄化を得意としていても、あまり役に立たないというのに。

 それにエミリーは、高貴な身分でありながら、誰にでも分け隔てなく優しく、気さくな性格だった。
 女の敵のようなオリビアにさえ、こうして笑顔を見せるくらいなのだから。

「私は構いませんが」
「敬語はいいです。同級生だもの、仲良くしてね」
「ええ、分かった」

 オリビアは余裕のある笑みを返してみせた。
 
 それから、オリビアはエミリーを傍に置くことにした。いつか彼女よりすごい人間になって、屈辱を味わわせてやるために。

 しかし、現実は逆で、屈辱はこちらが味わうばかりだった。

 エミリーは医療魔術師としても、圧倒的な才能を発揮する。
 一緒に試験勉強をしても、点数はいつだってエミリーの方が上。小論文も、褒められるのはエミリーばかりで、オリビアが褒められることなんてほとんどなかった。

 エミリーはいつも複数の友達に囲まれて、楽しそうに笑っている。オリビアは男たちにちやほやされていたが、彼らはオリビアの美貌に惹かれて近づいてくるだけで、オリビア自身を大切にはしてくれなかった。

「何? 勉強会の約束をドタキャンされた?」
「うん、どうしても外せない予定があるからって」
「そういうのもう五回目じゃない。私ならそういう友達とは速攻縁切るわね。あなた、舐められてるのよ。もっと強く言ったら?」
「はは……オリビアはすごいな。私は関係が悪くなるのが怖くて我慢しちゃうタイプだから。私もオリビアみたいになりたい」
「……」

 それはこっちのセリフだ――という言葉は、喉元で留めた。
 エミリーの欠点を探そうとしても、見つけられなかった。人が良くて、いつも前向きで、笑顔で……。

 エミリーが笑いかけてくる度に、オリビアは劣等感に苛まれ、胸の奥に黒い感情が疼いていた。



 ◇◇◇



 医学院を卒業後、オリビアとエミリーはそろって特異医療院に就職した。
 オリビアは、一年に一度、全ての医療魔術師の中から最も功績を残した者が選ばれる――功労賞の獲得を目指すことにした。なぜなら、その受賞者は、国王から爵位を与えられて貴族になれるから。

 貴族の男と結婚して夫人になるのもいいが、自分の力で貴族になる方がかっこいい。
 そうして、自分がエミリーより優れていると証明してやるのだ。最初から何もかも持っているエミリーには絶対負けたくない。

 だが、医学界は権力と金にまみれた薄汚い世界だった。成果だけではなく、偉い人とのコネがないと功労者を受賞できないと知り、魔術師団長エーリクに取り入ることにした。エーリクは、オリビアの願いをよく理解していた。

 そんなとき――。

「私ね、グエン先生と付き合うことになったの」

 エミリーに笑顔でそう告げられたとき、鋭利な刃物で刺されたような強烈な痛みが、妬みと一緒にオリビアの胸を貫いた。

 どうして。どうしてエミリーばかり、いつも幸せそうに笑うのか。
 オリビアが小汚い男に抱かれている間に、エミリーは清らかで幸せな恋をしていた。

 オリビアが命を削ってまで欲している爵位を、彼女は生まれながらに持っている。異性からの誠実な愛だってそう。彼女はオリビアが喉から手が出るほど欲しいものを、何でも持っていた。

(私がどんなに努力したって、この子には敵わない。悔しい、悔しい……っ)

 だから、おめでとうとは言わなかった。
 祝福などしてやるものか。その代わりに、なんとしてでもエミリーを貶め、その呑気で幸せそうな笑顔を剥がしてやりたくなった。

 そうして、エミリーが不幸になればいいという思いが、オリビアの心に根付いていった。
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