【完結】身代わり悪女ですが、殺されたくないので完璧を目指します。

曽根原ツタ

文字の大きさ
9 / 43

09

しおりを挟む

「ぬるい! 後宮の女官はまともに茶のひとつも淹れられないのか!?」
「も、申し訳ございません……! ただちに淹れ直して参ります」

 皇后には、凛凛の他に複数の側仕えがいる。そして、凛凛以外には一切心を開かず、冷たく当たっていたという。
 らんかは座卓に肘をつきながら、女官のひとりを睨めつける。

「淹れ直す必要はない。気分が悪くなった。皆下がれ」
「か、かしこまりました」
「凛凛。そなたはここに残るのだ」

 傍で控えていた凛凛が小さく相槌を打った。
 そうして、凛凛以外の女官を退室させる。格子戸が閉じたのを確認し、らんかは肩の力を抜いた。皺を刻んでいた眉間を指先で撫でながら、あっけらかんとした様子で尋ねる。

「どう? 今の、悪女っぽかった?」
「は、はい、完璧です。いつもの樹蘭様を見ているようでした」
「そっか……」

 安心したような顔を浮かべたらんかは、ぐっと伸びをして背もたれに半身を預け、足もだらしなく前に出す。
 皇后は傲岸不遜な悪女、そして嫌われ者だった。それを演じるのは気疲れする。

 樹蘭の死は監察医の誤診であり、実は生きていたという事実は、世間を騒がせた。
 今は、内之宮で療養中ということになっている。その間、らんかは孫雁が手ずから書き記した興栄国の歴史、樹蘭の経歴、人物像などの資料を読んで記憶していた。

「喉渇いた……。悪いけど、水を持ってきてくれる?」
「すぐにお持ちいたします」

 凛凛は恭しく礼をして、水を用意し始めた。彼女の後ろ姿を見ながら、日本にいたころはマネージャーが身の回りの世話をしてくれたことを思い出す。

 らんかは机の下に置いておいた箱を引っ張り出す。
 箱の蓋を開けると、中には宦官の衣裳が収まっていた。これは凛凛に頼んで用意させたものだ。衣裳を両手で取り出してかざしてみる。

「恐れながららんか様、その宦官の服を何に使うおつもりでしょうか」
「これはね――私が着るの」
「…………はい?」

 いたずらを企む子どものように笑ってみせると、彼女は目を瞬かせる。

 らんかは、彼女から受け取った水を飲み干したあと、自分が着ているものを脱いでいき、宦官の服に着替えた。黒と赤を基調にした簡素な装いだが、らんかの気品は少しも損なわれていない。

 去勢した宦官は、髭が抜け落ち、喉ぼとけが小さく、少年のような声のままだと聞いた。らんかは女だが、女らしい特徴がある宦官なら疑いを持たれることはないだろう。

 それから鏡台の前に座り、用意させた男物のかつらを被り、髪型を整える。
 凛々しい眉を描けば、らんかは青年のような容貌へと変わった。それも、嫌味なくらいに美形の。

「らんか様は……化粧がお上手なんですね。まるで別人のようです」
「ありがとう。仕事をしながら化粧の勉強もしていたの。あなたもしてあげようか?」
「いえ。……お構いなく」

 らんかは女優をする傍らで、化粧の専門学校に通っていた。色々な役を演じる中で、化粧に興味を持ったのだ。

 皇帝は大勢の妃を後宮に抱えている。
 皇后は皇帝の正妃であり、妃の中でも格別の存在として位置づけられる。そして、序列的に皇后に次いだ身分になるのが、四夫人。上から順に、貴妃、淑妃、徳妃、賢妃。しかし、貴妃だった、美帆メイファンは、病死したため、四夫人の中で貴妃のみは現在空席となっている。

 後宮において、皇帝が居住する本殿から最も近い場所にあるのが、皇后が暮らす内之宮だ。そしてその奥に、東西南北に分かれた四つの宮が大きく佇んでおり、南は空き家、残りの宮に三人の上級妃が住んでいる。

 らんかは鏡を見ながら、爪を噛む。

(陛下にはただ普通に過ごしていればいいって、言われたけど……大人しくしてなんかいられない。犯人をさっさと捕まえて、元の世界に帰してもらわなきゃいけないんだから)

 いつ解決するか分からないものを待っていても仕方がない。このまま大人しくしていたとして、犯人が後宮のどこかにいるなら、いつ命を狙いに来るかもしれない。だったら尚更、じっとしていられないだろう。

 らんかは自分が日本から着てきたスーツのスカートのポケットを漁る。そこから出てきたのは、小ぶりな小物入れ。
 中に入っていたのは、酔い止め、頭痛薬、睡眠薬。靴擦れしたときのための絆創膏のみ。特に役に立ちそうなものはない。
 机の上に小物入れの中身を散らばして、ひときわ大きなため息を零すらんか。

 するとそのとき、格子戸の向こうから足音が聞こえてきた。女官の足音とは違うことに気づき、顔を上げる。
 がらりと戸が開き、孫雁と視線がかち合った。その横には文英が付き従っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。 2/26 番外編を投稿しました。 読んでいただけると嬉しいです。 思っていたよりずっとたくさん読んでいただいていてとても嬉しいです。 とてもとてもありがとうございます!!   

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

<完結>溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。 本編完結済み。 続きのお話を、掲載中です。 続きのお話も、完結しました。

処理中です...