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しおりを挟む「女官たちが皆部屋を追い出されたと聞いたが、宦官がなぜここに? ――樹蘭はどこだ」
きょろきょろと辺りを見回す彼に、らんかは小首を傾げながら言う。
「分かりませんか? 私です、らんかですよ。陛下」
「らんか……? お前、なんだその格好は」
「見ての通り、宦官の変装です」
化粧筆を台に起き、すっと立ち上がる。靴底を敷いて高さを出した履物を履き、孫雁の元まで歩み寄る。彼もかなり高身長だが、厚底の履物があればらんかも長身の部類に入る。
「しゃらら~ん。似合いますか?」
らんかは見せびらかすように、衣を翻しながらくるりと回った。らんかが回ると、彼女の周りに花が辺りに飛ぶような幻が見えた気がして、孫雁と文英が顔を見合せた。
「――あ」
彼の髪についている糸埃に目が止まる。取ってやろうと手を伸ばすが、彼の手にぱしんと弾かれた。
「何をする気だ」
「埃が付いていたので、取って差し上げようかと」
「勝手に触れるな」
「あーそうですか、これは大変失礼いたしました。皇帝陛下は気位が高いようで」
心のこもっていないらんかの謝罪に、怪訝そうに眉間に皺を寄せつつ、埃を自分で払う孫雁。
「気位ではなく地位が高いんだ」
彼は、どこからどう見ても別人の男にしか見えないらんかの上から下までをじっと観察した。
「本当に……男にしか見えないな」
「――ならよかった」
ふっと柔らかく微笑む。
「これから私は少し、出かけて来るので」
「酔狂な。そのような格好で外を出歩いて、女官たちを誘惑でもする気か?」
「惜しい。女官を誘惑ではなく、徳妃、翠花様のところへ行きます」
「……徳妃だと?」
すっと人差し指を立てて、口の端を持ち上げるらんか。
犯人候補は、空席の貴妃を除いた三夫人。彼女たちはそれぞれ樹蘭の生家に対立する名家の令嬢だ。彼女たちの元に会いに行って、直接樹蘭を殺害した動機を探ろうと思っている。
そして、孫雁から渡された資料の中に、翠花は無類の男好きであるということが書かれていた。だから宦官の格好をした。
「遺体の近くから、上級妃に与えられる簪が見つかった――とのことですが、女性の力で首を絞めて窒息死させるって、実際可能なんでしょうか?」
「圧迫痕と傷を見るに、樹蘭は窒息して意識を失うまでかなりの時間を要し、激しく抵抗したと推測されている。男の力であれば、殺害までそれほど時間はかかっていないだろう」
「……なるほど」
樹蘭の首は全体を囲うように締め付けた痕があった。そしてその下には、一度手で首を絞めたと思われる女性の手形がくっきり残っている。
また、抵抗して掻きむしった傷ができていた。そして爪の間には薄桃色の繊維が挟まり、血で汚れていたとか。
その繊維を調べたところ、高価な染料で作られる薄桃色の生地の一部で、それは上流階級の女性の衣にしばしば使われる。
このことから、犯人は一度樹蘭の首を手で圧迫したが、樹蘭が抵抗して殺せなかったため、薄桃色の布で締め直したと考えられる。
「犯人は女性。いずれにしても、上級妃の誰かが関わっていた可能性が高いってことですよね」
「それはそうだが……」
「とにかく、私は上級妃たちに接触して、動機を探ってみようと思いますので。――では、ごきげんよう」
にこと愛想よく微笑んで、ごく自然に孫雁の横を通り過ぎようとすると、腕を掴まれた。彼は眉間に皺を寄せて苦言を呈す。
「ま、待て。そのような勝手な真似を許可した覚えはないぞ」
「だからって、部屋に引きこもってなんかいられませんよ。そうしている間に誰かが命を狙いに来るかもしれないじゃないですか! それとも、皇帝陛下が代わりに殺されてくれるんです?」
「なっ……」
らんかの強気な態度に唖然とした孫雁は、その場でわずかにたじろぐ。
近くで様子を見ていた凛凛は、らんかの無礼な振る舞いに青ざめている。
「おい……その生意気な物言いはなんだ?」
「私、気づいたんです。陛下は私のことを簡単には殺せないって。犯人が明らかになるまで、皇后の座を守るための身代わりが必要なんでしょう?」
弱気な立場でいたら、思い通りにされるだけだ。芸能界にいたときもそう。常に、仕事相手とは対等な立場として接していた。
下手に出て、侮られたら自分に不都合なことを強いてくるかもしれないから。
例え相手が皇帝になろうとも、媚びたりへつらう気はない。
(犯人を見つけて、早く元の世界に帰してもらう。そのために私もできることをやるのよ)
らんかは孫雁の鼻先にびしっと人差し指を差し向けて宣言する。
「樹蘭様の身代わりの役目はしっかり全うしましょう。でも、それ以外は、私の好きにさせてもらいます。後宮のことを何も知らないまま、じっと待っているだけなんて――絶対に嫌ですので」
優美な微笑を湛え、飄々とした様子で部屋を出て行くらんか。
その後ろ姿を、孫雁はあんぐりと口を開けて見ていた。
「本当に奇特な……いや、奇妙な女がいたものだ。――宮瀬らんか」
しばらくして、そう呟いた彼の表情はどこか愉快さを含んでいた。彼は文英に視線を向ける。
「止めますか」
「よい、放っておけ。らんかに影を付けろ。翠花はある意味危険な相手だ」
「仰せのままに」
文英は恭しく頭を下げた。
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