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 仕立て屋に着く前に、ある雑貨屋が目に止まった。ガラス細工でできた美しいペンが並んでいて、思わず足を止める。青いガラスは精巧な装飾が施されていて、細部まで凝っている。上端には大きな宝石が嵌め込んであった。そのガラスペンにウェンディは一目惚れした。

(綺麗……)

 気になったけれど、今日はドレスを買いに来たのだ。余計な場所で足止めしては悪いと思い、ぶんぶんと首を横に振って買いたい欲を抑え、歩みを再開する。
 一本限りのデザインで、次に来たときには売れてしまっているかもしれないが、もしなくなっていたら縁がなかったということだろう。

 しかし、ウェンディがガラスペンを物欲しそうに眺めていたことを、イーサンは見逃さなかった。

 そして、仕立て屋に到着する。外観から高級感が漂っていて、さすがは王族御用達の店といった感じだ。恐縮しつつ従者たちとともに店内に足を踏み入れると、何人もの店員がやって来て、イーサンに恭しく挨拶した。

「夜会のためのドレスと礼服を仕立ててほしい」
「かしこまりました」

 ウェンディは着るものにあまり頓着しない方だが、イーサンは流行に敏感なのかウェンディ以上に服について詳しくて、店員に的確に指示を出していた。
 その間、ウェンディは着せ替え人形のようにされるがままだった。生地やレースなどの素材選びから、デザインまでイーサンは熱心に口出ししていた。

 採寸を終えてソファに腰を下ろし、出してもらったオレンジジュースを飲む。宝飾品や靴を決める前に休んでいると、イーサンが一旦店を出た。しばらくして彼は帰ってきた。

「どちらに行っておられたんですか?」
「……ちょっとね。それより、少しは疲れが取れたかな?」
「はい。おかげさまで。今日は色々と親切にしていただいてありがとうございます。おかげで素敵なドレスができそうです」
「とんでもない。むしろ楽しかったよ」

 イーサンは嫌味なくふっと微笑んだ。彼はテーブルに頬杖を着きながらこちらに手を伸ばし、編み込んだ髪の束をすくい上げて目を細める。

「今日の髪型、凄くいいね。デートのためにわざわざ準備してくれたの?」
「……えっと、はい」
「何それ、可愛いな。そのドレスもあなたによく似合っているよ」

 ストレートに可愛いと褒められて、こそばゆい気持ちになるのと同時に顔が熱くなる。ロナウドが婚約者だったときは、髪型を変えても全く気付かないし、お洒落をしても褒められたことはなかった。しかしイーサンは、僅かな変化さえ拾ってくれる。

「……ありがとうございます。イーサン様」



 ◇◇◇



 外出から帰ったあと、書斎で原稿に向かい合っていたらイーサンが訪れた。手ずから紅茶を用意してくれた。

「今日は疲れているだろうに、執筆作業か?」
「はい。……締切が近くて、ちょっと余裕がないので」

 本当はもっと余裕を持ってスケジュールを立てていたので、散々後回しにした自分が悪いのだ。毎回計画倒れで、後悔するのがお決まりのパターンである。

「無理はしないように。何事も体が資本だから」
「お気遣いいただきありがとうございます」

 イーサンは紅茶をウェンディに出し、その後も中々部屋を出て行こうとしない。何かまだ用があるのかと聞くと、彼は懐から縦長の箱を取り出して机に置いた。促されて開けてみると、中には昼間に街で一目惚れしたガラスペンが。

「どうしてこれを……」

 はっとして顔を上げると、イーサンは愛想よく微笑む。

「昼間に、街で見ていたでしょ。気に入ったのかなと思って買っておいたんだ。今日のお礼だと思って受け取って」

 まさかウェンディの何気ない一瞬を覚えてわざわざ買ってきてくれたなんて。
 箱からガラスペンを出して、そっと掲げてみる。小さな凹凸が光を反射して、繊細な輝きを放つ。ウェンディは大事そうに胸に抱きながら笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。大事にします……!」
「うん」

 こちらを射抜く緑の双眸は、甘く、優しくて、何か大切なものを見つめるようで、ウェンディの胸の奥がくすぐられた。
 初めてのデートで、ウェンディとイーサンの親睦がぐっと深まったのだった。
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