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しおりを挟む目を覚ますと、どこか分からない小さな部屋に閉じ込められて横たわっていた。飾り気のない室内には、机と椅子、大量の紙と筆記用具があるだけで、他の家具はない。
ひとつだけある窓は、上から板が十字に張り付けられていて、開かないようになっている。
(ここはどこなの……?)
口に巻かれた布を手で解き、机の上に置く。庭園で本を読んでいたら、ロナウドとエリファレットに連れ去られたのは覚えているが、この場所には検討がつかない。ウェンディは額を手で押えた。
「こんなベタな展開ある……!?」
物語のヒロインが敵に攫われる展開は、作家が擦り尽くしてきた展開だ。ウェンディも幾度となく手段を尽くしてヒロインを誘拐させてきたが、まさか自分がこんな風に誘拐・監禁されるなんて。
急いで立ち上がり、脱出を試みようと扉のレバーハンドルに手をかける。しかし案の定鍵がかかっていて開かない。
ウェンディは机の後ろに置いてある椅子を取って、扉の前に行った。
「ふん……っ」
椅子の足で思い切り扉を叩きつけると、椅子の方が壊れた。
その直後、扉が解錠され、エリファレットが入ってきた。彼の後ろにはロナウドとひとりの下女が付き従ってきた。
エリファレットは壊れた椅子を見下ろして眉間を寄せる。
「なんて無謀な女だ。この重厚な扉を木の椅子で破れると思ったのか?」
「これは一体なんの真似ですか? あなたのしていることは立派な犯罪ですよ! ここから出してください!」
「黙れ」
彼は片膝をついて身をかがめ、ウェンディの顎を掴んで持ち上げた。今まで見せてきた穏和な表情は偽りだったのだと彼の鋭い目付きを見て理解し、ひゅっと喉の奥が鳴る。
「お前、自分の立場を理解しているのか? 命が惜しければ大人しく言うことを聞け」
「……あなたが王位を継ぐための小説を書け、とでも?」
「話が早くて助かる。だが少し違うな」
エリファレットはウェンディの顎から手を離した。掴み上げられていた反動で後ろに尻もちをつく。
「――イーサンの評判を落とすための小説を書け」
「な……んですって?」
妻であるウェンディに、夫を貶める文章を書けと言われて一瞬耳を疑う。イーサンはこの国の正統な王家の血を引いていた。散々『偽物』だと侮辱ルゼットの方が、王弟と隠れて愛し合い、国王の子ではないカーティスとエリファレットを授かっていたのだ。
今なら分かる。ルゼットがイーサンに向けていた憎悪は、正統な王位継承者に対する嫉妬、畏れからくるものだったのだと。
エリファレットはぎゅっと拳を固く握る。
「あの男、イーサンにだけは王座を渡すものか」
エリファレットもまた、ルゼットと同じようにイーサンに対して妬みや劣等感を抱き、自分の出生に負い目を感じたのではないかと思った。だからこそ彼は、長いこと極端にイーサンのことを邪険に扱ってきたのではないか。
それからエリファレットはウェンディに、作品についてこのような指示をした。
イーサンをモデルに悪者の主人公を作ること。
イーサンがいかに愚劣で醜く、王の器ではない人間かを描くこと。
この物語は勧善懲悪であり、最後に主人公は民衆に罰せられて追放されること。
作品を発表したあとで、エリファレットがこの作品のモデルがイーサンだと噂を流すつもりらしい。それを聞いたウェンディはふっと鼻で笑った。何がおかしいのかと尋ねてくる彼。
「プロパガンダ作品で人々のイーサン様への思想を誘導しようという考えは分かりました。でも、どうして私なんです? 私みたいないやしい大衆小説家に、大した宣伝効果はありませんよ」
すると、エリファレットは懐から白いハンカチを取り出して、ウェンディの目の前にかざした。蝶の刺繍が施されたそれは、ウェンディの作品に登場したのをきっかけに、今世間で大流行のデザインだった。
彼はいつも流行を生み出すウェンディの作品の力は、十分に宣伝戦略になるだろうと主張した。
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