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 娘が無事だったのだろうとほっとすると、カイセルが手に壺を抱えて走ってきた。こちらに壺を差し出しながら、満面の笑みで言う。

「でっかい壺――って痛えぇ!」 

 拳で軽く頭を殴り、叱りつける。

「壺じゃない娘はどうした」
「無事っすよ~もう。気が短いんすから」

 壺を返してくるように言うと、彼はへらへらしながら部屋に戻っていった。フレイダは、後ろに控えている部下たちに命じた。

「オビエス男爵を人身売買の被疑者として現行犯逮捕する。拘束せよ」
「御意」

 オビエスのことを部下に任せて寝室へ入ると、行方不明者の特徴と一致した娘がベッドの上で、後ろで腕を拘束された状態で座っている。趣味の悪い桃色の薄手のナイトドレスを着せられて、目隠しさせられている。

「助、けて……」

 こちらの気配に気づいた彼女が懇願する。

「もう大丈夫です。王衛隊があなたを保護します」
「……よかった。……ありがとう」

 目を覆う布が、涙に濡れた。

 腰から剣を引き抜き、神力をまとわせてベッドの柱に繋がれた鎖を断ち切る。手の拘束具も同時に破壊した。神力をまとわせた剣は、普通は斬れない硬いものも斬ることができるのだ。

 そっと身をかがめて、彼女に囁きかける。

「今、目隠しを解いて差し上げますからね」
「は、はい」

 目隠しを解くと、涙に濡れた瞳が露になった。その瞳にはネラと同じ金の光の輪っかが浮かんでいた。まさか、この瞳を持つ人物がネラ以外にもいたとは。

(……これは、聖女の証)

 それは紛れもなく神に選ばれた者の証だった。だが、フレイダがミハイルとして生きていたころの聖女とは違う人のようだ。別の時代の聖女の生まれ変わりだろうか。

(手が震えている。余程怖かったのだな)

 見知らぬ家に連れてこられて、見知らぬ男に弄ばれ、心の傷はどんなにか深いだろう。

「少し手に触れてもよろしいでしょうか」
「は、はい……」

 震える手をそっと包み、神力を注ぎ込む。フレイダの神力は大した治癒力はないが、少しくらい心が楽になればそれでいい。

「……あなたも、治癒ができるの?」
「あなたも、というとまさか」
「はい。私もなんです」
「…………」

 そう言って、彼女は手のひらに光を発現させた。拘束具で締め付けられて充血していたルナーの手首が、元の白さを取り戻す。なるほど、治癒の聖女の力を受け継いでいるらしい。

(……ネラさんの目も、治癒の聖女の力なら治るのだろうか)

 そんなことを考えた。もし彼女の目が見えるようになったら、もっと楽しいことを沢山経験させてあげられるな、と。

「安心したら私、なんだか眠くな……って……」

 そう言い残した後、ルナーの体から力が抜けて、あっという間に意識を手放した。倒れてくる彼女の身体を受け止めるて、横抱きにして立ち上がる。目の下にくっきりとクマができていて瞼が赤い。怖くてろくに眠れなかったのだろう。

 ルナーとネラは、ちょうど同じ年頃だ。腕の中で眠るルナーがネラと重なり、胸が苦しくなる。もしネラがこんな目に合わされていたらと思うと、気がおかしくなりそうだ。

「えっその子死んだっすか?」
「眠っているだけだ。馬車へこのまま連れていく」
「……可哀想っす。こんなにやつれて」

 カイセルはしおらしい様子で、彼女の寝顔を眺めていた。

 ルナーを抱いて廊下に出ると、部下とアリリオが揉めていた。アリリオは喚き散らしながら、投降を拒んでいる。

「た、頼む! 見逃してくれ、この通りだ……っ。欲しいものを言え。金か? 欲しいだけやろう」
「お、おい、暴れるな」
「い、嫌だっ、離してくれ……!」

 往生際が悪いアリリオに、部下たちも手を焼いている様子。すると、フレイダの横を無言で通り過ぎていったカイセルが、アリリオの腹を蹴りつけた。

「ぎゃーぎゃーうるさいっすよ。変態クソジジイ。さっきから耳障りなんだよ」
「ひっ……」

 威圧的な眼差しに、アリリオが悲鳴を漏らす。その迫力に、他の隊員たちも圧倒されている。

 すると、カイセルはぱっと手を離して、いつもの軽薄そうな笑顔を浮かべた。

「なーんてね。あんまり言うことを聞かないと痛い目に遭わせるっすよ。今俺ちょっと機嫌が悪いんで」
「…………うぐっ……ぁ」

 言う前から既に痛い目に遭わせている。執拗に腹部をぐりぐりと足で圧迫され、アリリオは苦しげに顔をしかめた。

「カイセル。その辺にしておけ。また犯罪者になるつもりか?」
「……分かったっすよ」

 アリリオの腹から、足を退ける彼。

 カイセルは孤児で、悪い組織から汚れ仕事を請け負って日銭を稼いでいた。仕事に失敗し、組織に消されそうになっているところをフレイダが助けたのだった。

 彼は、戦闘力だけなら同期の中で抜きん出ており、特に実践――人を殺すことに関しては随一だ。若いのに誰よりも修羅場をくぐり抜けてきており、彼の強心臓はこの組織に向いていると思う。生意気だが。

「ようやく大人しくなったっすね。それじゃ、よっと――」
「う、うわぁ!?」

 カイセルは、中肉中背の男をひょいと担ぎあげてすたすたと歩き出した。

「隊長~! こいつのことは俺に任せてください。いいっすよね?」
「ああ。ほどほどにな」

 どこか楽しそうに去っていくカイセルの後ろ姿を眺め、自分もルナーを抱きながら廊下を歩いた。

(やれやれ)

 こうして男爵家の家宅捜索は終わり、連続誘拐事件の被害者が一人保護されたのだった。
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