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 ミハイルはアストレアを教区内に埋葬した。最も愛する主人に庇われて、部下である自分だけが生きながらえてしまい、心は空っぽになってしまった。

 その後の人生は、アストレアを想い、彼女を供養して過ごした。

 彼女が『裏切りの聖女』として謗りを受けることが悔しくて仕方がなかった。けれど、教皇を信仰する民の心を守りたいという彼女の想いを継いで、真実は胸にしまった。


 ミハイルは彼女が最期に遺した『いつか必ず会える』という言葉を信じ続けて天寿をまっとうしたのだった。


 ◇◇◇


 ――そして今、フレイダ・ラインとして二度目の人生を生きている。三百年後に生まれ変わったのだ。ラケシス王国は、フレイダが知っていたころより随分と様変わりして、神への信仰心もすっかり失ってしまっていた。

 生まれ変わってもなお、フレイダはアストレアを想い続けていた。

 王衛隊として商都リデューエルに赴いたとき。ようやく彼女を見つけた。

「お嬢さん。大丈夫ですか?  杖はこちらです」

 道端に四つん這いになって、周囲から嘲笑を浴びながら杖を探す女性を見たとき、気の毒に思って声をかけた。そして顔を上げた彼女の瞳を見た瞬間、確信した。彼女がアストレアの生まれ変わりだと。

(ようやく見つけました。……聖下)

 瞳に浮かぶ、神に選ばれし者の印。
 アストレアと瓜二つの容姿。

 何より、本能が彼女がアストレアだと訴えていた。

 彼女は目が見えていなかった。預言の聖女は力の覚醒と共に失明する。その特質を受け継いでしまったようだ。

 杖を渡そうにも上手く受け取ることができない彼女。そっと杖を握らせてやると、彼女は安心したように肩を竦めた。

 話を聞くと、ネラは義妹に婚約者を奪われ、家を追い出されたらしい。

(どうして彼女がこのような辛い思いを)

 国を守った偉大な聖女の生まれ変わりが、またもやこんなに苦労が絶えない人生を歩んでいるのが信じられなかった。



 その日の別れ際。ありがとうと言いながら微笑んだネラを一目見たとき。胸が甘くときめいた。

(やっぱり、笑った顔が一番素敵です)

 彼女の力になりたい。支えになりたい。前世でアストレアに対して思ったことと同じことをネラに対して思った。

 何もしてやれないまま、アストレアを死なせてしまったことをずっと悔いていた。こうして再び会えたからには今度こそ、彼女の心を救いたい。自分がこの人を助けるのだと決心していた。

 そして、店に通って彼女と会う内に。アストレアではなく、ネラ・ボワサルに対しての愛情が膨らんでいくのだった。

 何度生まれ変わったとしても、自分はこの人に恋をするのだろう。


 ◇◇◇


「隊長、あそこがオビエス男爵の屋敷らしいっす。あ~なんか腹減ってきた」

 物思いに耽っていたら、カイセルに声をかけられて我に返る。

「今から家宅捜索をするんだ。我慢しろ」
「やばい無理だ俺。腹が減りすぎて仕事できないかも」
「安心しろ。仕事ができないのはいつものことだ」
「あっ本当だ! なら問題ないっすね良かった~」

 何が良いのかさっぱり分からない。問題しかないだろう。皮肉のつもりだったが、カイセルは底抜けにポジティブだった。

 腹が減ったとやる気をなくしてしまったカイセルを引きずりながら、男爵邸を訪ねる。最近建てられたばかりの建物は豪邸といえるものだった。

「この家を今から調べさせてもらう。いいな」
「はっ、はいぃ……」

 突然の王衛隊の捜査命令に、アリリオはかなり動揺していた。行方不明になった娘を探していると伝えれば、青いを通り越して紫色の顔をしていた。

「見てくださいよ隊長~。悪シュミな壺!」
「声が大きい」

 カイセルが、廊下に並べられた高そうな壺を見て指を指す。

「部下が申し訳ない」
「い、いえいえ……。芸術品の価値はそれぞれ違いますから、お気になさらず。……はは」

 男爵は機嫌を取るように引きつった笑顔を浮かべた。カイセルが失礼な事を言っても、へつらう態度を崩さない。余程後ろめたいことがあるらしい。

「この屋敷をお調べになっても、何も見つからないとは思いますがね」
「そうおっしゃる割に、顔色がかなり悪いように見えるが」
「そ、そのようなことはありません。はは……」

 額に脂汗を滲ませ、ハンカチで何度も拭っているアリリオ。

(まぁ、女を囲うとしたら大抵場所は……)

「男爵殿。寝室を見せてくれるか?」
「申し訳ございませんが、ご容赦ください。体調を崩した妻が寝ておりますので」

 あらかじめアリリオのことは調べてきている。彼の妻は二年前に他界しているはず。

 恐らくルナーは寝室にいると見て間違いない。高級な壺を食い入るように眺めているカイセルの方を振り返り、淡々と指示を出す。

「寝室を探せ。見つけ次第被害者の女性を保護しろ」
「はいはーい」

 馴れ馴れしい口調で返事をした彼は、たったっと軽快な足取りで廊下を突き進み、手当り次第に扉を開け放っていく。

 一方、だらだらと汗を流しながら俯いてしまったアリリオ。ほぼ黒で確定だろう。

「隊長~! 見つけました!」

 ある扉からひょっこりと顔を覗かせたカイセルが言う。
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