悪役令嬢の腰巾着で婚約者に捨てられ断罪される役柄だと聞いたのですが、覚悟していた状況と随分違います。

夏笆(なつは)

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6.婚約者の背に黒い羽が見えたのは、気のせいです。多分

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「さ、それじゃあ早速食べようか。オープンサンドって、どうやって作るの?まずパンを選ぶのかな?ローズマリーは何が好き?」 

 テーブルに並べ終えたパンや具材。 

 色々な種類のそれらを、パトリックさまが楽しそうに見つめる。 

「はい。まずはパンを選んで、それから具材を選びます。パンでいうと、私はライ麦のパンが好きなのですが、パトリックさまはいかがですか?」 

「俺も好きだよ。で、ローズマリー。もっと砕けて話そうか。さまもいらないよ」 

 にこにこと忘れず訂正もかけるパトリックさま。 

「もっと、ですか?」 

「うん。もっと」 

 戸惑う私に、にっこり笑うパトリックさま。 

「ですが」 

 本当にいいのか、と私は言葉を失ってしまう。 

 何と言っても、パトリックさまは公爵子息。 

 しかも嫡男。 

 いくら婚約者だからといって、そこまで砕けていいものか迷ってしまう。 

「出来る範囲でいいけれど、もし言い間違えたら、ローズマリーから俺にキスしてもらうから」 

 そんな私に爆弾を落とし、パトリックさまは変わらずにこにこしながら私にパン籠を差し出した。 

「キ、キスって」 

「うん、キス。ローズマリーからのキス、楽しみだな」 

 にこにこ無邪気に笑うパトリックさまは、けれどきっと実行するに違いない。 

 人前だろうとなんだろうと、それはもう楽しそうに笑いながら。 

 

 そんなの断固阻止! 

 

「言い間違えないので大丈夫です!でも、呼び捨ては無理です!」 

 胸を張った私は、高らかに宣言して。 

「うん、少しずつでいいよ。他の人間なんて付け入る隙は無い、って思い知らせようね」 

 パトリックさまの言葉に固まった。 

「あの」 

「それで?パンを選んだらどうするの?」 

 今、なんだか聞き流してはいけない言葉が聞こえたような気がするけれど、パトリックさまは嬉しそうに私を見て、オープンサンド作りの続きを待っている。 

「そうしましたら、具材を乗せる前にバターを塗ったりチーズクリームを使ったりするのですが、これは乗せる具材によっても変えたりと、好みが色々あります。パトリックさまはどうなさいますか?」 

 聞き流してはいけないのでは、と思いつつ、聞き返して確認して、それからどうするのかという判断もできず。 

 結果私は、パトリックさまに聞かれるままオープンサンドを作り始めた。 

「うーん、よく判らないから見本を見せてくれる?で、ローズマリー、キスね」 

 言われて私は目を丸くする。 

「今ので、駄目なのですか!?」 

「もっと砕けて欲しいから。ね?」 

  

 ね? 

 じゃ、ありません! 

 

 思うけれど、パトリックさまは嬉しそうに私を見つめるばかり。 

 キス、しないうちは引きそうにない。 

「パトリックさま」 

 キスといわれても、私の記憶にあるのは、家族と時折交わす挨拶の軽いものだけ。 

 そしてそれさえも他人としたことなどない私は、どうしたらいいのか判らずにパトリックさまを見つめ返したまま固まってしまった。 

「ああ、でも。初めては俺からがいいな」 

 そう言って、パトリックさまが私の頬に手を掛ける。 

 

 と、隣に座った弊害が! 

 

 せめて向かい合わせに座れば良かったと思っても後の祭り。 

「この間は髪だったからね。今日は頬かな」 

 何だろう。 

 そう言うパトリックさまは物凄く幸せそうで。 

「好きだよ、ローズマリー」 

 蕩けたはしばみ色の瞳に、私も凄く幸せな気持ちがした。 

「パトリックさま」 

「さ、ローズマリーの番だよ」 

 一瞬、頬に感じた柔らかさ。 

 未だすぐ近くにあるパトリックさまのぬくもりに、うっとりどきどきしていると、そんな恐ろしい言葉を耳に吹き込まれ、私は現実に引き戻される。 

「わ、私の番?・・きゃっ!」 

 驚いてパトリックさまから離れようとして、私は椅子から落ちかけた。 

「ふふ。まだ難しいかな」 

 そんな私を抱き留めて、パトリックさまが楽し気に微笑む。 

「む、難しいです!」 

 回避できなければ羞恥でどうにかなってしまいそうな私は、こくこくと必死に首を縦に動かした。 

「そっか。じゃあ、溜めておこう」 

「溜める?」 

 嬉しそうに言うパトリックさまに、私は首を傾げてしまう。 

   

 何を、どう溜めると? 

 

「うん。ローズマリーからキスして貰える権利。溜めておくね」 

  

 にっこり笑うパトリックさまの背に、黒い羽が見えたような気がしたのはきっと気のせい。 

 

 多分、気のせい。 

  

 パトリックさまにしっかりと抱き寄せられたまま、私は呆然とそんなことを考えていた。 

 

 

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