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14.出発する、と思ったら、到着していました。
しおりを挟む「え?もう、着いた、のですか?」
街の入り口付近までパトリックさまの転移魔法で移動すると聞いて、私は”揺れ”を覚悟した。
転移の魔法は、使えるひと自体が少ないうえに、その移動には”揺れ”を伴うのが普通。
そして私は特にその”揺れ”に弱く酔いやすい、ということを過去の経験から知っている。
酔いませんように!
楽しい一日のためにもお願いします、と心のなかで祈りつつ、それでも私は多少の”揺れ酔い”は覚悟して、指示通りパトリックさまの手を握り、指示にはなかったけれどしっかりと目を閉じた。
その方が酔い難い、という何の根拠もない理由からだということは秘密にしておきたいと思う。
そうまでして臨んだ転移だったけれど、酔うどころか、”揺れ”を感じることもなく、私たちは既に街の入り口にいる。
すぐ隣に居たというのに転移の発動にさえ気づかなかった私は、まるで狐にでも化かされたような心持で手を繋いだままのパトリックさまを見あげた。
「”揺れ”も無く、これだけの人数を一気に迅速に転移させる。アーサー様に伺ってはいましたが、パトリック様は本当に優秀なのですね」
リリーさまも私と同様のことを思われたご様子で、感心の目をパトリックさまに向けていらっしゃる。
「リリー。パトリックには、このくらい造作もないことなのだよ。僕ら四人だけでなく、離れた場所にいた護衛や侍女も一緒に転移させているのだからね。しかも、僕らに関係の無い人物は、きちんと元の場所に残せる選択術付きだ。凄いよね。ね、ローズマリー嬢」
アーサーさまが何故か意味深に笑いながら、そう言って私を見た。
「はい。広範囲の人を、しかも選択して転移させられるなんて、凄いと思います」
本当に凄い、と私は興奮を押さえつつ答えるけれど、アーサーさまの口元に浮かんだ笑みの理由は判らず、首を傾げてしまう。
「あのね、ローズマリー。離れた場所にいた護衛や侍女はもちろん、アーサー様もわたくしも、パトリック様と手を繋いではいないわ」
そんな私に、リリーさまが少し困ったような笑みを浮かべてそう言った。
「はい、そうでございます、ね?」
え?
あら?
しかして私は、パトリックさまの手を繋いで転移した。
それはもう、しっかりと繋いで。
何故なら、『転移のときは、いつもより俺としっかり手を繋ぐんだよ』とパトリックさまに指示された、から。
そのときは、それが必要なのだと普通に思ったのだけれど、パトリックさまは広範囲にいるひとを難なく一気に転移させた。
ということは、同じ場所に転移するために必ず手を繋ぐことが必須、ということはないということ。
「あの、パトリックさま。もしかして、あんなにもしっかりと手を繋ぐ必要はなかったのではないですか?」
転移の術を使えるとは言っても、自分ひとりしか転移できないひとがほとんどだと聞く。
誰かと転移できたとしても、自分と触れ合っている誰かもうひとり、とか。
なので、私は転移前のパトリックさまの言葉を不思議に思わなかったのだけれど。
「うん。転移の術を使うにあたっては必要ないけれど、俺の気持ちの問題でローズマリーとしっかり手を繋ぐ必要があったんだよ」
改めて疑問に思って問えば、パトリックさまが悪びれることなくそう言った。
「パトリックさまの気持ちの問題で?」
「そう。まあ、言ってみれば俺の我儘なのだけれど、ローズマリーは嫌だった?」
少し眉を下げて申し訳なさそうにパトリックさまが言った言葉に、私は首を横に振る。
「嫌ではなかったです。全然、まったく」
「良かった!じゃあ、これからもそうしようね」
「はい!よろしくお願いします!」
また一緒に転移してくれるのかと、それが嬉しくて元気に答えれば、パトリックさまも嬉しそうに頷いて、髪を優しく撫でてくれる。
それが、とても嬉しい。
「パトリック。お前」
「ローズマリー。あなた」
そんな私たちを見て、アーサーさまとリリーさまが苦笑している。
少し前にも、こんなお顔を拝見したような。
思いつつ、私が首を傾げれば。
「さ、じゃあ行こうか」
パトリックさまが私の手を引いて、街へと歩き出した。
そうなれば、私の気持ちは今日の街歩きの楽しみでいっぱいになる。
「リリーさま、わたくし凄く楽しみです」
その気持ちのまま、アーサーさまと手を繋いで歩き出したリリーさまを見れば、リリーさまも私と同じように楽しそうに笑っていらして、私の気持ちは更に浮上した。
「迷子になるなよ」
「保護者か」
私たちに注意を促すパトリックさまに、アーサーさまの呆れたような声が返る。
そんな遣り取りも楽しくて、私は心の底からわくわくしながら生まれて初めての街へと一歩
を踏み出した。
応援ありがとうございます!
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