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23.風魔法に憧れるのです。
しおりを挟む「昨日は本当に楽しかったな」
街歩きをした翌朝、自室で制服に着替えた私は、鏡の前で小さな箱を手に取った。
その中に納まっているのは、パトリックさまと一緒に買った、あのブローチ。
『ちゃんと、目立つところに着けて来るんだよ』
そう言っていたパトリックさまの嬉しそうな瞳を思い出し、私はブローチを手にひとり赤くなってしまう。
「うう、なかなかに恥ずかしいです」
お揃い、というか、このブローチがパトリックさまのタイピンと対になっていると思うと恥ずかしい。
でも、嬉しいと思うのも事実で。
「パトリックさまと、対」
思わず笑顔になってしまい傍で控えている侍女に優しく微笑まれて、わざとらしい咳払いなんてしてしまった。
それでも、パトリックさまと選んだものだと思うと嬉しさは更に増して、私はそのいるかのブローチを大切に胸元に着けた。
今はいるか単体だけれど、パトリックさまのタイピンと合わせるといるかが波間を泳いでいる絵柄になる。
しかも、いるかの口元にあるボールには黒味を帯びた紅の色硝子が使われている。
パトリックさまの、髪の色と同じ。
選ぶときに、それも気に入った理由のひとつだったのだけれど、パトリックさまのタイピンにデザインされている波間にあった珊瑚にも同じような色の色硝子が使われていたから、私がそんな風に思っているなんてパトリックさまは気づいていないと思うし、それほど大きくもない色硝子だから学園でなら更に気づかれることなどないと思う。
「対になっている、なんて、わざわざ言わないと判らないと思うし、大丈夫よね?」
お揃いと違い、自己申告しなければ分からないのだから、対であることすら学園で揶揄われることもないだろう、と私は自分だけが幸せを抱き締めるつもりで寮を出た。
「風が気持ちいい」
そしていつもの通り学園目指して歩き出せば肌に感じる風が気持ちよくて、私は大きく息を吸い込む。
自分では扱えない魔力だからか、私は風を使えるひとがとても羨ましい。
この気持ちのいい風に溶け込んで飛ぶように走ったら、どれほど気持ちがいいのだろう。
思いは膨らむけれど。
「でも、使えないのよね」
我が家は、私以外全員風魔法が使える。
だから、余計そう思うのかも知れないけれど。
『いいじゃないか。俺がいつでも風を使ってあげられるんだし、ローズが俺に火を使ってくれたら凄く嬉しい』
兄さまが優しくそんな風に言ってくれても、やっぱり私は風魔法に憧れる。
それは、優しく言ってくれる兄さまには申し訳ないけれど、兄さまが優秀な風使いだからだったりする。
「兄さまは、凄いもの」
魔法だけでなく学力も優秀な兄さまは、既に父である宰相の補佐として王城でその能力を発揮している。
子どもの頃から優秀だった兄さまは、やがてパトリックさまと共にアーサーさま統治の双璧になると言われている逸材。
私と三歳しか違わないとは思えないと、ため息を吐いたのは一回や二回ではない。
もちろん私とて、魔力も学力も、家に恥じることのないよう努力してきた。
そして家族もみんな、私をとても愛してくれている。
例え風魔法が使えなくても、兄さまほど優秀ではなくても、私の居場所はちゃんとある。
それでも、こんな風に気持ちのいい風を感じると、私は風と戯れられる風使いが羨ましくてたまらない。
「使ってみたいな」
呟きは風に乗って消えるのに、私の魔力は風に反応しない。
それを寂しく思いながら、私は学園の門を潜った。
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