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45.婚約者と一緒に、釣りをします。
しおりを挟む「もう、パトリックってばローズマリーなんかと一緒にいて。本当ならあたしと約束して、あたしを迎えに来るはずなのに。でも、わかってる。本命のあたしの前に、ローズマリーで練習したかったんだよね。本当に照れ屋さんなんだから。でも大丈夫。ちゃんと許してあげるから。ほら、パトリックこっち来て」
可愛い笑顔でそう言う激烈桃色さん。
暫くパトリックさまと見つめ合っていた私は、動くこともせず激烈桃色さんへと視線だけを動かした。
「ちょっとローズマリー!いつまでパトリックに張り付いてんのよ!さっさと離れて!ね、パトリック、行こう?あたし、湖で舟にのりたい」
激烈桃色さんは、甘い瞳と声で強請るようにそう言って、パトリックさまへと手を伸ばす。
「パトリックさま?」
「ローズマリー。行くよ!」
激烈桃色さんの方を向こうともせず、私を見つめたままだったパトリックさまは、激烈桃色さんの手がパトリックさまに届く、と思ったその瞬間、激烈桃色さんの手を華麗に避けた、と思ったら私ににやりと笑いかけ、そのまま私の手を、ぐい、と力強く引くと勢いよく走り出した。
「なっ!ちょっと待って!」
そして激烈桃色さんも、パトリックさまに避けられたことで崩れた体勢を何とか整えると、焦った様子で追いかけて来る。
突然始まった、湖のほとりでの追いかけっこ。
幸い、この辺りにひとはいないけれど、湖に浮かんでいる舟には当然ひとが乗っている。
きっと、この状況は不思議だろうな、と思っているとパトリックさまが走りながら私を振り返った。
「ローズマリー!目的地、俺の好きに変更してもいい!?」
「はいっ・・・大丈夫っ・・・ですっ!」
ぱ、パトリックさま、魔力も使っていないのに走るのとっても速いです!
きっとおひとりだったら、もっと速いのでしょう!
私に合わせて、スピードダウンしてくれているのは判ります!
とても助かりますし、ありがとうございます、なのです!
なのですが!
それでも。
それでも、すっごく速いです!
パトリックさま!
私、今、魔法も使わずに風と一体になっている気持ちがします!
脳内大混乱で懸命に足を動かしながら、それでも一も二も無く同意した私に、パトリックさまが悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「本当に?どこに行くかも言っていないのに?」
「どこでも大丈夫ですっ・・・パトリックさまが一緒なら!」
走るのに集中しつつ、それでも精一杯の笑みでパトリックさまを見て、私は握られている手を更に強く握り返した。
「っ!・・・どこでも?それって・・・いやいや、理性理性・・・大集結だ俺の理性・・・頑張れ俺・・・負けるな俺・・・俺は狼じゃない・・・俺はうさぎ・・・俺はうさぎ・・・いや、うさぎも結構獰猛・・・」
「パトリックさま?・・・あのっ、どうか・・・っ!」
走りながら突然天を仰ぎ、何か呪文を唱え始めたパトリックさまに、息切れしながら大丈夫かと声を掛けようとした私は。
「え?・・・川?」
さきほどまで走っていた湖のほとりではなく、何故か川が見える場所に立っていてとても驚いた。
「邪魔が入ったからね。今日はここにしようかと思うんだけど、いい?」
「はい・・・ここも、とても素敵です」
何とか息を継ぎ、パトリックさまを見あげて頷いた私の手を引いて、パトリックさまが歩き出す。
こうして河原に下りるのは、初めてかも。
思いつつ周りを見渡す。
パトリックさまが連れて来てくれたのは、手前は浅瀬だけれど奥は深くなっていると思われる結構幅の広い川で、近くとは言えないけれど、向こう岸が崖になっていて、土がむき出しになっているのが見える。
草や木がたくさん生えているのも見え、何より河原がとても広い。
川の水も周りの草木もとてもきれいだし、川に入って水遊びをしている人たちもいて、ここ全体が明るく楽しい雰囲気に満ちている。
「ここで、釣りをするのですか?」
「うん。まあ、この辺は水遊びしている人がいるから、もうちょっと離れようか」
邪魔してもいけないしね。
そう言ってパトリックさまは、少しだけ上流に位置を変えた。
「そういえばパトリックさま。釣り竿は?」
釣りをする、と言っているのに釣り竿を持っていないパトリックさまに、今更のようにそう聞いた私の前で。
「ああ。ここにあるよ」
パトリックさまは、にこにこ笑いながら、何もない空間。
自分の前に手を伸ばした。
「え?あの・・・えっ!?」
どういうことか、と首を傾げた私は突如出現した釣り竿にとても驚いた。
本当に突然、パトリックさまは釣り竿を握っていた。
まるで、そこにあった物を取り出したように。
「空間保管。俺の専用倉庫みたいなものだよ」
パトリックさまは何でもないことのように言うけれど、これは物凄いことなのではないだろうかと思う。
少なくとも私は、こんな魔法?魔道具?を見たことが無い。
「パトリックさまの、ご自宅の倉庫から転移させているのですか?」
「いや。それもやろうと思えば出来るけど、そうじゃなくて、これは直接空間倉庫に入れてあるんだ。その方が早いから」
「空間倉庫?ですか?それは、あの、空間に物が収納してある、ということですか?」
「うん、そう。ローズマリーは、理解が早いね」
「いえ。名前から言ってみただけで、仕組みも状態もまったく想像できません」
そこまでは分からないので理解できたわけではない、と焦る私の前でパトリックさまが嬉しそうに笑う。
「詳しい仕組みとか、興味があるなら今度きちんと説明する。これ、使えると便利だから」
楽しそうに言いつつ、パトリックさまは手早く釣りの支度を終え、川へと入って行く。
と言っても、魔法を使って水の上に立っているので、濡れることは無い。
「どうしよう?ローズマリーも一緒に行く?それとも、河原で何か遊べるようにしようか?」
「私も、一緒に行きたいです」
奥へと歩き出そうとして、はっとしたように振り返り、そう言ったパトリックさまに頷いて、私も川へと入る。
「流石」
パトリックさまと同じように水の上を歩けば、パトリックさまが嬉しそうに言って私の手を引いた。
「わあ。お魚がたくさん」
河原からはよく分からなかったけれど川にはたくさんの魚が泳いでいて、見ているだけでもとても楽しい。
「目標は二尾。頑張るからね」
竿を振り、真剣な瞳で川面を見つめるパトリックさま。
その精悍さを引き立てる、白いコットン生地のシャツ。
そしてその襟にあるのは、私のブローチと対になっているタイピン。
今日は偶然、私もブローチを襟に着けていて、そこもお揃いのようで嬉しい。
きらきら光る川面。
きらきら光るパトリックさまの瞳。
すごく、きれい。
「あ、そうだ。ローズマリー、これを被っておくといい」
思っていると、パトリックさまがつばの広い帽子を取り出した。
「え?あの」
「気に入らない?」
戸惑っていると、パトリックさまが哀しそうに目を伏せる。
「いいえ、とても素敵です。ですが、私が使ってしまっていいのですか?」
香りのいい乾いた草で編まれたそれは、シンプルな形だけれどアクセントのリボンがとても可愛い。
「もちろん。これは、ローズマリーのだからね」
言いながら、パトリックさまが私にその帽子を被せてくれた。
「うん、似合っている。可愛い」
そして、満足そうに私を見つめる。
「ありがとう、ございます」
恥ずかしくなりつつも、香りのいい帽子が、パトリックさまの心遣いが嬉しくて、パトリックさまの目を見つめ返して言えば。
「本当のことを言っただけだよ。ローズマリーは、本当に可愛いから」
パトリックさまが、そう言って結んでいる私の髪に触れた。
「いえ、あの。今のは、帽子を、ありがとうございます、という意味で」
優しい手つきと私をじっと見つめる瞳にどきどきして、私は視線を逸らしてはパトリックさまに戻す、という行為を繰り返してしまう。
「うん、知ってる」
「っ!」
それなのに、返ったそんな言葉に驚いて目を見開けば、パトリックさまは悪戯が成功した子どものような顔で笑っていた。
「また、からかいましたね?」
またもしてやられた、と、じと、とパトリックさまを見ても、悪びれる様子は微塵も無い。
「ローズマリーをからかったことなんて、一度も無いよ。もちろん、今も。ただ、ローズマリーは、反応もすごく可愛いと思っているだけで」
言いつつ、何事も無かったかのように釣りを再開するパトリックさま。
「うう。今、現在進行形でからかわれている気がします」
恨めしく言っても、嫌な気持ちは少しも無い。
むしろ、パトリックさまとの軽妙なやりとりが心地よく、楽しいと感じる。
「ローズマリーも、一緒に釣り竿持ってみる?」
「はい。やってみたいです」
釣り竿を持ったことなんて無いけれど、パトリックさまと一緒ならなんでもやってみたいと思う私は、躊躇うことなく頷いた。
「じゃあ、ここを両手で握ってみて・・・うん、そう」
一本の釣り竿を、パトリックさまとふたりで持つ。
当然のように重ねられたパトリックさまの手が力強い。
ふたりで持っている、とは言っても大して役に立っている気はしない。
それどころか、邪魔になっているのだろうと思う。
それでも、パトリックさまの手を離したくはない。
傍にいたい。
釣りに夢中になるパトリックさまは凛々しくも可愛くて。
私は、パトリックさまが目標の二尾を釣り上げるまで、飽きることなくパトリックさまを見つめ、堪能してしまったのだった。
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