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46.パトリックさまの”からくり”の謎、解けました!
しおりを挟む「ごめん。夢中になった。ローズマリー、つまらなかっただろう」
二尾目の魚を釣り上げた時『やった!』という、率直かつ弾けるような歓喜の後すぐに、はっとした様子で私を見て言ったパトリックさまは、本当に申し訳なさそうだったけれど、そんなことは全然ない。
「大丈夫です。釣りをしているパトリックさま、本当に楽しそうで。私もすごく楽しかったです」
釣り竿を真剣に操る様子、川面を見つめる瞳。
何より、魚を釣り上げたときの嬉しそうな顔。
どれも眼福でした、と私は心から思う。
「それに、パトリックさまは、ちゃんと私も気遣ってくれたではないですか」
真剣に釣り竿を操りながら、魚を目で追いながら、パトリックさまは私の存在を忘れることなく話しかけてくれた。
扱い辛かっただろうに、一緒に竿を握る私をまったく邪魔にすることなく、私も楽しめるようにしてくれた。
それが嬉しかったと言えば、パトリックさまは首を横に振って苦笑する。
「女性を川に立たせっぱなし、は無いだろう。やっぱり、河原に何か用意するべきだった」
「そうですか?私は、パトリックさまのお傍に居られて本当に楽しかったですけれど」
河原から見つめるのもいいかも知れないけれど、私は、よりパトリックさまの近くに居られてよかったと思う。
パトリックさまの楽しさを、本当に近くで感じられたから。
「本当に?つまらなくなかった?」
「全然。本当に楽しかったです」
とてつもなく格好いいパトリックさまや、本当に可愛いパトリックさまを特等席でたくさん見られて、むしろ至福!
眼福でした!
その気持ちを籠め、満面笑顔で私が言えば、パトリックさまは漸く安心した様子で釣り竿や釣った魚を空間へ仕舞い、私の手を引いて河原へと戻る。
そして、慣れた様子で何やら石を集め始めた。
「あの、パトリックさま。何をするのですか?」
何が始まったのかと私が聞けば、パトリックさまは、そこそこ大きな石を手ににこりと笑う。
「簡単な竈を作るんだよ」
「竈?竈って、あの?」
竈とはあの、厨房などにある、調理をするときに使うあれのことだろうか、と不思議に思っていると、パトリックさまが楽しそうに頷いた。
「そ。煮炊きをするための竈。まあ、これは焚火に近いようなものだけどね」
そう言いながらも河原の石をどかし、集めた石を積んで円を作る。
「これが竈ですか?」
ドーム状にもなっていないし、この円のなかで火を熾したとして、その上に鍋を乗せる場所がない。
まさしく焚火を作るためだけの場。
「そうだよ。まあ、見ていて」
これでどうやって煮炊きをするのか、と思っていると、パトリックさまはまたも空間に手を伸ばし、今度は薪や小枝を取り出した。
それらは嵩もあり、重さもかなりあって持ち歩くことは困難だけれど、焚火をするには不可欠な物。
「空間に仕舞えるなんて、本当に便利ですね」
「うん。便利なんだ」
取り出した薪はそのまま近くに置き、パトリックさまは、一緒に取り出した小枝で何やら小さな櫓のような形を作る。
それに火を点けるのかと思えば、それより先、今度は先ほど釣り上げた魚が出現する。
「あの、何かお手伝いを」
その時になって漸く、私は今更な申し出をした。
「じゃあ、この小枝に火を点けてくれる?」
きれいに積み上げられた小枝。
そこに火を点ける、という初めてのことに緊張してしまう。
「魔法、使っていいですか?」
「うん。もちろんいいよ」
かちこちになって言う私に、パトリックさまは気軽に答える。
「そんな、気楽に。もし、私が失敗したらどうするのですか?」
私の緊張とは対照的に、パトリックさまからは楽しい気持ちしか伝わってこない。
そのことに私は戸惑ってしまう。
「失敗したっていいよ。何度挑戦したっていい。別に試験じゃないんだし、時間制限があるわけでも、魔獣が襲って来る恐れのある場所でもない。そんなに緊張しなくていいんだよ」
けれどパトリックさまはそんな私を余所に、緊張することなどない、その要素は何も無い、と言い切る。
確かに、魔獣討伐に来ている訳ではないのだから、それほど緊張することは無いのかもしれない。
で、でも、緊張します。
「では、やってみます」
一瞬で炭にしてしまったらどうしよう、いえ、この小枝では炭になることもなく消え去ってしまうかも、と不安に思いつつ、息を大きく吐き出して、私は自分のなかの魔力を感じる。
火力が強すぎれば、本当に一瞬で灰になってしまう。
そうならないように、と力を調節して魔力を扱えば、ぽぅ、と小さな火が点いた。
「ローズマリー。そこからは、風魔法を一緒に使うといい」
「パトリックさま。私、風魔法は・・・」
言いかけて、思い出す。
パトリックさまから貰った、風の魔力。
「風で消してしまわないよう、気をつけて」
パトリックさまの助言に頷きながら、私は注意深く風魔法を使う。
「ああ、燃えています」
上手く火が点き、小枝が燃え始める。
「うん。そうしたら、薪を加えていくんだよ」
言いながらパトリックさまが薪を組み、上手に焚火を大きくしていく。
「凄い」
感動して焚火を見つめている私の横で、パトリックさまは手早く魚を水洗いし、下処理して塩を振っている。
後は調理するばかり、となっていることは分かる。
分かる、けれど。
「あの。どうやって調理するのですか?」
けれど、ここには調理器具が無い。
また空間から出てくるのかも知れないけれど、簡易竈は焚火のようで、調理器具を置く場所がない。
そして、先に出した道具のなかで調理器具らしきものと言えば、パトリックさまの手にある金串のみ。
これでどうやって魚を焼くのかと思っていると、パトリックさまが魚の口から尾へと金串を突き刺した。
乱暴ともとれる、その所作。
「パトリックさま!?」
初めて見るそれに、一体どうしたのかと驚き声をあげれば、パトリックさまがしたり顔で私を見る。
「ローズマリーは、こういう調理法は初めて?」
「え?調理法?これがですか?」
「まあ、見ていて」
これが調理法?
と、首を傾げる私の前で、パトリックさまが魚に通した金串を焚火の近く、もとい簡易竈の内側へと突き刺した。
その絶妙な位置で、魚が炎に炙られる。
「ああ。なるほど、です」
こうして魚を焼くのか、と漸く納得して私は大きく頷いた。
「野性味あふれる調理法で驚いた?あと、当然食べるときも野性味あふれた感じになるんだけど、嫌かな?」
パトリックさまが、心配そうに私を見る。
「それは、あのままお魚を食べる、ということですか?」
野性味あふれる、ということは、ナイフもフォークも無しで、焼いたお魚を食べると言うことなのだろう、と予想する。
それは確かに経験したことが無いけれど、とても楽しそうだと子どものようにわくわくしてしまう。
どうやって食べたらいいのか分からないけれど、それはきっとパトリックさまが教えてくれるし、淑女としてどうなのか、と言われると辛いけれど、今日は侍女も護衛もいない。
パトリックさまとふたりなのだから許されて、と誰にともなく思う。
「そう。あのまま串を持って直接食べるんだ。でもローズマリーが嫌だったら、皿とか用意できるから」
貴族、特に淑女はこういうことはしない。
それを重々承知しているのだろうパトリックさまが、私の真意をはかるように目を覗き込んで来た。
「嫌そうに見えますか?」
ぱちぱちと木が爆ぜる音とお魚の焼けるいい匂い。
焚火をパトリックさまと囲んでいる、という事実だけでこんなにも楽しい。
そのわくわくのまま、その目を見つめ返し、おどけて言えば。
「いいや。とても楽しそうに見える。わくわくしている感じ」
「はい。とってもわくわくしています。楽しいです、とても」
これからの展開に期待がふくらみ目を輝かせて言えば、パトリックさまは嬉しそうに私の髪を撫でた。
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