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51.側面のお話<ローズマリーのホットビスケットと新たな魔道具>パトリック視点
しおりを挟む「おいしいです!」
簡易竈、というよりは、焚火で金串に刺した魚を焼く、という、原始的な調理法に驚いていたローズマリーだったけれど、それらに嫌悪することは無く。
焼き立ての魚に、かぷっ、とかぶり付いたローズマリーの可愛さは、記録しておきたいくらいだった。
「熱いから気をつけて」
金串の、手が触れる部分は魔法をかけて熱くならないよう加工してあるけれど、焼き立ての魚は熱い。
なので、おせっかいかと思いつつ言えば、ローズマリーは、はふはふしながらおいしそうに魚を食べた。
そうして、食べながらも時々、”それ”を目にしては、何とも言えない顔をして目を逸らしている。
中身を出したバスケットを祭壇に見立て、奉ったホットビスケット。
俺がホットビスケット祭壇を作ろうとしていると知って、ローズマリーは控えめにだけど止めようとしてきたし、用意している間じゅうずっと『そこまでするのですか』と戸惑う顔が言っていた。
更に完成した今も、恥ずかしそうに”それ”から目を逸らすけれど、このホットビスケットは俺の長年の夢だったのだから、許してもらおうと思う。
「パトリックさま。飲み物はどうしますか?サンドイッチの具材は、鳥肉と野菜、それに卵で、味付けは少し濃いめにしてあります」
ローズマリーのその言葉で、彩りよく並べられたおいしそうなサンドイッチもローズマリーの手作りだと知り、俺は更に嬉しくなった。
「そっか。これもローズマリーが作ってくれたんだ」
「ほへ?」
それなのに、ローズマリーは自分の言葉で俺がそう理解したと理解できないらしく、珍妙な声を出す。
いや、可愛いが過ぎるから!
ちょっと間の抜けた顔も可愛い、と思いつつ、サンドイッチがローズマリーの作ったものだと分かったからくりを明かせば。
「ええ。でもパンは、作ってもらいました。私は、具材を作って挟んだだけです」
何故か、必死に、前のめりになってそう言った。
ローズマリーが作ったサンドイッチ。
全種類食べたい。
欲張りだろうかと思いつつ言えば、ローズマリーはそんなことない、とふるふる首を動かしながら言ってくれた。
「そ、そんなことありません。たくさん作ってきたので、存分に召し上がってください」
「召し上がってください?それはか」
「食べてください!」
加算、と言う前に回避するため、叫ぶように言うのが可愛い。
それにしても。
「もう。本当は加算なんてどうでもいいと思っているくせに」
ローズマリーは拗ねたように言うけれど、そんな訳ある筈が無い。
「どうでもいいとは思ってないし、いずれちゃんと権利は行使するよ」
言いつつ思い出すのは、俺の部屋で俺の額にキスしようとしてくれたローズマリー。
思えば、ローズマリーの唇から目が離せなくなる。
あの唇が、俺に触れたら。
思うだけで甘美な幸せに包まれる感覚に、俺は今早急にそれを求めてしまいそうになり慌てて気を引き締めた。
「ローズマリー。飲み物は、何がお薦め?」
邪も、不埒も不要!
決意新たに俺が言えば、俺の異変に戸惑った様子のローズマリーも、そちらへと気持ちを切り替えてくれた。
良かった。
「え、えと、冷やした発砲葡萄酒にオレンジジュースを混ぜたものが合うかな、と思って用意してあります。パトリックさま、お酒もお強いですし問題ないかと思って」
そうしてローズマリーが嬉しそうに説明してくれたのは、ポーレット領で有名な特産品を合わせた飲み物だった。
俺は、それを飲んだことは無いけれど、おいしいと評判なのは知っていたから喜んでそれにした。
「それだけ?」
しかし、ローズマリーが注いでくれたその量の余りの少なさに、俺は思わず不満の声をあげてしまう。
「まずは、試飲してみてください」
俺の好みに合わない場合を考えてなのだろう、ローズマリーが少し不安そうにそう言った。
「うん、おいしい。サンドイッチとの相性もすごくいいね」
ひと口飲んで、俺はこの飲み物が気に入り、早速お代わりを頼んでしまう。
ローズマリーも嬉しそうに作ってくれて、その所作を見ているだけで幸せな気持ちが膨らんで行く。
ローズマリーと結婚したら。
俺のために、こうして何かをしてくれるローズマリーを毎日見られるのか。
思えば、挙式が待ち遠しくて堪らない気持ちになる。
ローズマリーとふたり、河原に敷物を敷いて座り、ローズマリー手作りの昼食を摂る。
俺にとって最高に幸せな時間。
「すごくおいしかった。サンドイッチごちそうさま」
ローズマリーのサンドイッチは本当においしくて、残さずぺろりと食べてしまった。
そんな俺の食欲に釣られたのか、ローズマリーもいつもよりたくさん食べていて、少し苦しそうにしているのも可愛い。
可愛い、けど。
『もうお腹いっぱいなので、ホットビスケットは食べなくてもいいのでは?』
なんて言い出さないか、俺は不安になった。
「コーヒーと紅茶も用意してきました。パトリックさま、どちらにしますか?」
そんな俺の心配を余所にローズマリーはそう言って、保温機能付きらしいポットに手を掛ける。
コーヒーと紅茶。
どちらが、よりローズマリーのホットビスケットに合うだろう。
途端、俺は、ローズマリーがホットビスケットを薦めてくれない可能性、をきれいさっぱり忘れ去り、ローズマリーのホットビスケットにより合うのはコーヒーか紅茶か、で頭がいっぱいになった。
いや、考えてみれば、ローズマリーはコーヒーか紅茶、と言ってくれただけでホットビスケットを薦めてくれたわけではない。
わけではないのに、俺はもう、ローズマリーのホットビスケットにより合うのはコーヒーなのか紅茶なのか、と考えることしか出来ない。
「ローズマリーのホットビスケットと、最高に合うのはどちらだろう」
悩む俺を驚いた様子で見ていたローズマリーが、俺のその言葉で挙動不審になった。
引かれてしまっただろうか。
思い、心配になるが悩みの理由はそこなのだから仕方ない。
「あの、パトリックさま?どちらでも、お好きな方でいいかと思います」
ローズマリーはそう言ってくれるけれど、念願のローズマリーのホットビスケットなのだ。
俺は、最高の状態で食べたい。
先ほど見たところ、ローズマリーはホットビスケットと共にジャムやクリームも用意してくれていた。
ジャムを付けたローズマリーのホットビスケットには、紅茶が合いそうか?
いやしかし、クリームを付けたローズマリーのホットビスケットにはコーヒーが合いそうな気がする。
いや待てよ?
双方、それぞれ試してみる、というのもいいかも知れない。
などと、果てなく悩んでいると。
「それでは、両方用意しましょうか?」
天使なローズマリーが素敵な提案をしてくれ、俺は一も二も無く頷いてしまった。
長年の俺の夢、ローズマリーのホットビスケット。
粉だらけになったり、半泣きになったりしながらも、諦めずに頑張り続けた幼いローズマリーの姿を思い出し、俺は感激に泣きそうになる。
初めてきれいに焼き上げたときの、嬉しそうな笑顔。
思い出せば、今も抱き締めてしまいたい気持ちに駆られる。
おいしい。
そうして初めて口にしたローズマリーのホットビスケットは、お世辞抜きにおいしかった。
何も付けずに食べるのもおいしいし、ジャムやクリームを付けてもおいしい。
本当に、最高だ。
ローズマリーと一緒に、ローズマリーのホットビスケットを食べる。
俺の長年の夢。
その夢のなかに、いや、それが現実となった場所に、今、俺はいる。
「パトリックさま、本当にホットビスケットがお好きなんですね」
しみじみ幸せをかみしめていると、ローズマリーが何かを確認するよう、そう言った。
「ローズマリーのホットビスケット、が好きなんだ」
そこを強調すれば、ローズマリーは困ったように笑ったけれど、そこはしっかり理解しておいて欲しいと思う。
ローズマリーのホットビスケットは本当においしくて、今ここで全部食べ切ってしまうのが勿体ないと思うほど。
幸い数も多いことだし、残りは持ち帰りとして俺が貰う、というのは強欲だろうか。
「あの、パトリックさま。お持ち帰りになりますか、と言いたいのですが、傷んでしまわないかが心配で」
心の声が聞こえたのか、ローズマリーがおずおずとそう提案してくれた。
「ありがとう。時止めの魔法をかけるから、傷む心配はない。そのまま空間倉庫へ入れてしまえば問題ないよ」
俺は、弾む思いでローズマリーの申し出を嬉しく受け、早速残りのホットビスケットに加え、クリームやジャムにも時止めの魔法をかけて、大切に空間倉庫へ仕舞った。
「ホットビスケットに、最高難度の時止めの魔法」
ローズマリーは呆然としていたけれど、俺は凄く満足だった。
本当は、宝物としてひとつは永久保存しようと思っているのだけれど、引かれること確実かと思い、それはローズマリーには内緒にしておいた。
そしてひとつ、俺が思い至ったこと。
これからも俺に、色々な物を作ってくれるだろうローズマリー。
今日のサンドイッチは問題無く食べ切れたけれど、もしかしたら何かの事情で残さざるを得ない事態だって発生するかも知れない。
時間の都合とか、あの激烈桃色迷惑女に突撃されるとか。
有り得る。
なら、その度、対象物に魔法をかけるのは効率的では無いな。
とすると、空間倉庫自体に、最初から時止めの魔法をかけておけばいいのか。
幸い、この空間倉庫も俺が創った魔道具だから、色々な意味で加工もし易いし。
そんな訳で俺はその後すぐ、時止めの魔法付き空間倉庫という魔道具を創りあげた。
その認可の日、認可証の受け取りのために魔法省へ行くと、時間が合ったから、と珍しく両親も来ていた。
魔法省のトップと父親は繋がりがあるから、俺の個人情報なんて駄々洩れなのだろうと思う。
それはどうかと思うけれど、俺が子どもの頃は親同伴が必須だったのでかなり面倒もかけたし、最初から、魔道具で入る収入は俺個人の財産として、きちんと管理してくれていた両親には感謝している。
感謝している、のだが。
「パトリック。今度の魔道具の創作動機についても聞いた。長く品物をそのままの状態で保存できるようにしたかったのだと。それだけを見れば素晴らしい物で、世の中の役にも立つだろうと思う。だがきっと、いや絶対にローズマリー嬢関連で思いついたことなのだろう?思いつきを形に出来るのは才能だが。お前、ローズマリー嬢に引かれないようにしろよ」
言われる言葉も、その苦虫を噛み潰したような表情も、いつも同じなのはどうなのだろうと思う。
今日だってきっと、ローズマリーに引かれていないか心配して、現在の状況を聞くため、無理に都合を合わせたに違いない。
忙しいくせにご苦労なことだ、というか有難いことなのか。
この両親は、いつも俺を大事に気に掛けてくれる。
「アーサーにも言われます、父上」
「ローズマリーは、嫌がっている様子は無いの?」
「大丈夫です、母上。驚いてはいるようですが、嫌悪はされていないと思います」
「それは、お前の魔道具創りの理由を知らないからではないのか?特に、元祖の”あれ”とか。まあ、嫌われないようにな」
「大丈夫です。ずっと一緒にいる約束もしました」
幸せな気持ちで報告すれば、両親も安堵の表情になった。
「それにしても、パトリックばかりずるいわ。私もローズマリーと一緒にお菓子作りしたりしたいのに。ねえ、もうすぐ長期休暇でしょう?家にローズマリーを招待したいわ」
母の言葉に、俺は願ってもいない、と大きく頷く。
「それは、こちらからお願いしようと思っていました。長期休暇、ローズマリーを我が領都へ招待したいと」
了承を得るように父を見れば、こちらも当然と頷いている。
「もちろん、構わない。ただ、ポーレット侯爵にきちんと許可を貰うように。私からも口添えしておこう」
「ありがとうございます」
「わたくしも嬉しいわ!」
弾むような母の言葉同様、俺の心も弾む。
長期休暇をローズマリーと我が領都で過ごす。
その願いが叶う。
いやいや、その前に、ローズマリーをきちんと誘わないと。
もしかしたら、断られるかもしれないし。
自身を諫めるように思っても、顔が緩むのは止めようもない。
俺は、俺の愛するあの領都で、ローズマリーと何処へ行き、何をするか、楽しく考え始めていた。
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