悪役令嬢の腰巾着で婚約者に捨てられ断罪される役柄だと聞いたのですが、覚悟していた状況と随分違います。

夏笆(なつは)

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78.続続 ブロッコリーの君、は。

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「そういえばパトリックさま、マークルさんに誘われていましたよね?ランチを奢られてあげる、という不思議な言い回しでしたけれど。あと、スペシャルメニュウの食べさせ合いっこをしたい、と」 

 アーサーさまやウィリアムにも何か不思議なことを言いながらだったけれど、確かに言っていたと私が思い返せば、パトリックさまの表情が目に見えて苦くなった。 

「誘われてなんかいないよ。あれはただ、あの激烈桃色迷惑女がやってみたいと言っていただけだろう?誰とかなんて興味も無い」 

  

 随分ばっさり切り捨てましたが、そのお相手はパトリックさまなのでは? 

 

 思ったけれど、パトリックさまの瞳に剣呑な色を見つけた私は、そこで口を噤んだ。 

 折角パトリックさまとふたりで居るのに、楽しくない話題を続けることも無い。 

「で、ではパトリックさま。もし私が『奢られてあげる』とパトリックさまに言ったらどうしますか?」 

 とはいえ、気の利いた話題転換も出来ない私は、気づけばそんな、言う予定など微塵もない言葉を口にしていた。 

 

 こんな言葉を言う、ということは、激烈桃色さんに対抗心がある、ということかしら。 

 やはり、悪役だから? 

 

 などと、若干へこんでいると。 

「え?ローズマリーが俺に『奢られてあげる』と言ったら?それってどんな感じで?言いながら、ちょっと上目で悪戯っぽく笑ったりなんかして『奢られてあげる』って言うのか?なんだそれ、絶対可愛い、物凄く。そんなの考えるまでもなく即答で奢ってあげる一択だな。食事やドレス、宝石なんかの物的なものだけでなく、他のことでも、ローズマリーに『贈らせてあげる』とか『もらってあげる』なんて言われたら、拒絶しないだろうな、俺。ああ『~られてあげる』っていいな。絶対何も拒否できない。例えば『縛られて』は、行き過ぎか。いや、でも、ああ、そんなローズマリーも可愛くて、おかしな扉を開いてしまいそうだ。もちろん、ローズマリー限定で」 

 パトリックさまが何か色々言ったけれど、私に言っている、というよりは自分で確認しているかのようなそれは、ほぼ聞き取ることができなかった。 

 それでも、お菓子、と言っているのが聞こえたので、私はテーブルに置かれたお皿に手を伸ばそうと、パトリックさまの膝の上で身体を捻る。 

「お菓子ですか?こちらでよろしければ」 

 けれどそう言った私の動きを、パトリックさまは笑顔で止めた。 

「ああ、違うよローズマリー。お菓子、ではなくて、おかしな扉・・・ええと、だからその、ローズマリーは俺にとって、どんなこと、どんな時でも特別だ、ということだよ。だから『奢られてあげる』も、ローズマリーが言うなら、俺には嬉しいだけだ」 

「私にとっても、パトリックさまは特別です」 

 私が言い切ると、パトリックさまは、ずい、と顔を私に近づけた。 

「うん、知っている。でも子どもの頃、ウィルトシャー級長とブロッコリーを食べたのだよね?ローズマリーが育てた特別なブロッコリー。あともしかして、ホットビスケットも一緒に食べていた?」 

「はい。ウィリアムとは子どもの頃から親しかったので。それにしても、パトリックさまはホットビスケット同様、ブロッコリーもお好きなのですね」 

 パトリックさまの好物をまたひとつ知れた、と私が嬉しく思っているとパトリックさまが何故か複雑な表情になる。 

「うん。好きは好きだけれどね、特別なのはローズマリーのだから、というか」 

「嬉しいです!それはつまり、好きな物を私と一緒に食べたい、と思ってくださっているということですよね?私も、好きな物をパトリックさまと一緒に食べると、更に幸せになれます。同じですね」 

 嬉し過ぎてパトリックさまの手を握ってしまったからか、パトリックさまが固まってしまった。 

「うん、微妙に違う感じがするけれどまったく違う訳でもない。それに凄く嬉しいから、これはこれでいいか。いや、でもな」 

「あの、パトリックさま?」 

 手を握ったことが嫌だったのかと慌てて放そうとするも、その動きは簡単にパトリックさまに封じられてしまう。 

「ローズマリー。俺が、ブロッコリーを食べられるようになった時の話だけれど」 

 そして、そのままの体勢で言われた言葉に私は頷いた。 

「はい。初恋の方がブロッコリーを育てていらしたので、というお話ですよね。ふふ。パトリックさまの初恋の方は、ブロッコリーの君、ですね」 

「ブロッコリーの君、って。ローズマリー、本当に楽しそうだよね。俺の初恋、気にならない?俺が誰を好きでも関係ない、ってこと?」 

 小さいパトリックさまは可愛かったに違いない、とひとり楽しく笑っていると、私の言葉が不満だったらしいパトリックさまが、つんつんと私の頬をつつく。 

「今も、というのなら気になりますけれど、でもパトリックさまは私のことを、その・・・と、とにかく今パトリックさまがお好きなのは、ブロッコリーの君ではない、と知っていますので大丈夫なのです」 

 パトリックさまは、私を好きだとおっしゃってくださるから、とは恥ずかしくて言えず、誤魔化すように言うと、パトリックさまが、むに、と私の頬を抓んだ。 

「ふうううん。初恋は気にならないのか。俺は気になるけれどね、ローズマリーの初恋の相手。どんな奴だった?まさか、俺の知っている人間、とかないよね?」 

 じと、とパトリックさまに見られ、私は自分の初恋と思しきものを思い出して、ひとりおろおろしてしまう。 

「え?私の初恋、ですか。その。私は恥ずかしながら、パトリックさまという婚約者がいると教えられていましたので、どのような方なのかな、とか、絵姿通りの方なのかな、とか、お声は?笑い方は?などとずっと考えておりまして、他の方のことを考える余裕が無かった、と申しますか」 

 

 はい、そうです。 

 つまり、私の初恋の君は、パトリックさまなのです。 

 なんでしょう。 

 別に隠すことではありませんが、こんな風に話すのはとても恥ずかしいです、はい。 

 

「つまり、俺が初恋、ってこと?」 

 対するパトリックさまは、先ほどまでの不機嫌さは何処へやら。 

 水を得た魚のように生き生き、きらきらとした目になって、私を見ている。 

「初恋、も、パトリックさま、ということです」 

 全身発火状態で言えば、パトリックさまが、ぎゅう、っと私を抱き締めた。 

「嬉しいよ、ローズマリー。そして聞いて欲しい。初恋のブロッコリーの君のこと、俺は今でも一番大切で大好きなんだ」 

「え?」 

 パトリックさまは嬉しそうにおっしゃるけれど、私はそれどころではない。 

 

 今も一番大切で大好き? 

 ブロッコリーの君を? 

 それってつまり。 

  

「だってね、ローズマリー。初恋のブロッコリーの君は、俺の最愛の婚約者、なのだから」 

「はい?」 

 パトリックさまが、私ではないひとを好きなのかもしれない、と奈落の底を味わった一瞬後、私は更なる混乱の極みに立たされた。 

「ローズマリー。俺の婚約者は、誰?」 

 そんな私を楽しそうに覗き込んで、パトリックさまが問いかける。 

「私、です」 

「うん、正解。今も昔も、俺の婚約者は君だけだよ、ローズマリー」 

「はい。あの、それはそうなのですが」 

「つまり、そういうことだよ」 

 そういうことだよ、とは、どういうことなのか。 

 理解し切れず、混乱したままの私を膝から優しく下ろすと、パトリックさまはそのまま立ち上がった。 

「え?あの、パトリックさま?」 

「名残惜しいけれど、そろそろ帰るね。じゃあ、また学園で。大好きだよ、ローズマリー。俺の大切な婚約者さん」 

 そして、ちゅ、と私の頬にキスをして、パトリックさまは笑顔で転移されてしまった。 

「え?つまりどういうことです?パトリックさまの初恋の方は、ブロッコリーの君、で。ブロッコリーの君は、パトリックさまの婚約者。パトリックさまの婚約者は、私が生まれたときから私で。パトリックさまは、私の二ヶ月前にお生まれだけれど、私より前に婚約していた方はいらっしゃらなくて。というか、そもそもブロッコリーを食べられる頃には、私が婚約者で。ブロッコリーの君が婚約者、ということは、つまりそれは私、ということで。私は確かにブロッコリーを育ててもいた、し。ブロッコリーの君は遠方に住んでいた、と言う話とも私は合致するうえ『その時には、想いを伝えてもいない』けれど、今はもう伝えている、ということならば更に私でしか有り得ない、と思えるけれど」 

 ひとり立ったまま考え続けていた私は、そこで首を捻った。 

「パトリックさま。どうして私がブロッコリーを育てていることをお知りになれたのかしら?それに、見ていたようなこともおっしゃっていたし」 

 私がパトリックさまの初恋のブロッコリーの君だった、というのはとても嬉しいけれど、一体全体どうしてパトリックさまは、遠く離れていた私のことをそれほど詳しく話すことが出来るのか。 

 その謎は、まったく解明できない私なのだった。 

 

 
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