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79.恥ずかしくも嬉しい、婚約者の<宣誓>なのです。

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「さあ。テオ、クリア、行きましょう」 

 週明け。 

 私はいつものようにテオとクリアを抱いて、寮のなかを歩く。 

「くうん」 

「くうん」 

 パトリックさまに造っていただいた魔道具を付けているテオとクリアは、瞳の色が変わっている。 

 テオの瞳は黒く、クリアの瞳は茶色に。 

 蒼色の皮に淡い翠の宝石が嵌っている首輪がテオの、翠色の皮に淡い蒼色の宝石が嵌っているのがクリアの、と決めてあるけれど、これを間違える訳には絶対にいかない。 

 何故なら、宝石の下に付いている魔道具が瞳の色を変えている訳で。 

 もし取り違えれば、昨日まで黒かったテオの瞳が茶色に、という、ひとが見たらとてもおかしな現象が起きてしまう。 

 そもそも、魔道具を入れ換えて宝石はそのまま、というようなことをされてしまったら大変なので、取り扱いは厳重にしなければ、と痛感している。 

 尤も、宝石が魔道具のカモフラージュだと知っているのは身内ばかりなので、問題は無いと思うのだけれど。 

「けれど、瞳の色で見分けている、という設定が使えるのはいいことよね」 

 私はそう結論付けて、ひとりうんうんと納得した。 

「くうん」 

「くうん」 

 寮の外へ出ると、すぐさま私の腕から下りて元気に走り出すテオとクリアは、けれど花壇に入り込んで悪戯をしたりすることなく、きちんと道を行ってくれる。 

『テオ、クリア。今日も気持ちのいい天気ね』 

『うん!おはながとってもきれいなの!』 

『はっぱもきらきらしてるの!』 

 そうして嬉しそうにじゃれあいながら、テオとクリアは転がるように駆けていく。 

 その楽しそうな様子は、出会ったあの暗く淀んだ森に囚われていた姿からは考えられないほど活発で、私まで嬉しくなってしまう。 

 

 あの森から私たちを助け出してくれたのは、パトリックさまだったのよね。 

 

 あのとき光って道を造り導いてくれたのは、パトリックさまから貰った指輪だったのだと聞いた。 

 そして実際にその指輪を見た皆さまは引き攣った顔をされていたけれど、私にとってはパトリックさまの想いが籠った大切な指輪。 

 改めて大切にしよう、と私は指に嵌めたそれにそっと触れた。 

「それでは、いってまいります。テオとクリアのこと、よろしくね」 

 いつも通り校門で言えば、マーガレットもシスルも心得たように頷いてテオとクリアを抱きあげてくれる。 

「「いっていらっしゃいませ、お嬢様」」 

『いってらっしゃい!ローズマリー!』 

『ローズマリー!はやくかえってきてね!』 

 そうして、最早慣例となったテオとクリアのお手振りと、その介助をするマーガレットとシスル。 

 見送りをしてくれるふたりと二匹に手を振って歩き出した私は、何となく周りの視線が優しく温かいことに気が付いた。 

 

 これはあの<宣言>のせいですよね。 

 

 私は、ロバートさん曰くの<パトリックさまはわたくしのもの宣言>を思い出し、恥ずかしくなった。 

 あのとき言った言葉に後悔は無いけれど、まさか拍手をされるとは思ってもみなかったし、その後も、こんな風に見守られるかのようになるとは思いもしなかった。 

 

 うう。 

 恥ずかしいです。 

 

 悪役扱いされるようなことにならなくてほっともしたけれど、これはこれで恥ずかしく、私は知らず速足になる。 

 

 な、何か別のことを考えましょう。 

 

 無理矢理意識を切り替えれば、気になるのは<ブロッコリーの君>のこと、では私のことになってしまうけれど、つまりはパトリックさまが、出会う前の私のことについて詳し過ぎること。 

 

 お父さまに聞いた、ということでも無いようですし。 

 これはもう、お兄さまもおっしゃっていた通り、パトリックさまからお聞きするほかない、でしょうか。 

 

「ローズマリー!この出来損ないの悪役令嬢!今日は絶対邪魔しないでよね!」 

 それにしても、どうしてあれほどご存じなのだろうと考えていると、突然甲高い声がして前方を塞がれた。 

「マークルさん。おはようございます」 

 驚き過ぎて、咄嗟に普通に挨拶をしてしまってから、そういえば激烈桃色さんのことだけは、私もクラスの皆さんも未だ家名で呼んでいると気づく。 

  

 デイジーさん、とお呼びした方がいいかしら? 

 でも、ご本人が望まないかも知れないし。 

 

 彼女にとっては、それこそ私は<悪役>なのだから、と思っていると、激烈桃色さんが地団駄を踏んだ。 

 

 ああ、またスカートが。 

 

「ちょっとローズマリー!聞いてんの!?またそんな呑気な顔して!あんた、いっつもいっつもパトリックとランチデートしてあたしの邪魔して!そんなの許されないんだからね!今日はあたしがパトリックとランチデートなの!絶対に邪魔しないで!」 

 思っていると、激烈桃色さんの声が飛んで来た。 

「邪魔、と言われましても。それに、マークルさん。幾度も申し上げていますけれど、パトリックさま、とお呼びするべきですわ」 

 登校時間、朝の校舎前。 

 当然のように多くの学生がいるなかでの叫びに、皆さんの視線が集まりつつある。 

 それは、先ほどまでのやわらかさなど欠片も無い、厳しいもの。 

「あんたってば、ほんっとに意地悪よね!パトリックが望んでるんだからいいんだって、幾度も言ってるでしょ!それより今日は特別重要なイベントなの!あたしがパトリックとスペシャルメニュウを食べさせ合いっこするの!パトリックの希望なのよ!だから絶対に邪魔しないで!」 

 パトリックさまの希望。 

 物語では、そうなのかもしれないけれど。 

「マークルさん。わたくしは、パトリックさまと今日の昼食を一緒に摂るお約束をしました。マークルさんは、パトリックさまとお約束しているのですか?」 

「そうなるはずだったのに、あんたが邪魔したんでしょ!」 

「事実無根です。それに今現在、実際にお約束が無いのなら、虚言、妄言となりましょう。お気を付けください」 

 パトリックさまが誘ってくださったのは私。 

 だから、激烈桃色さんの今の言葉は、私の気持ちだけでなくパトリックさまの心まで貶めることになるような気がする。 

「だからそれは、あんたのせいでこうなってるだけで、ほんとならパトリックはあたしに夢中になってるの!それが正しいのよ!こんなのまちがってんの!ここはあたしのための世界なのに!」 

 ここは自分のための世界、だと激烈桃色さんは言う。 

 もしここが物語の世界なら、激烈桃色さんの言う通りなのだとも思う。 

 最初は私も、そうなのかもしれない、と思っていたのだから。 

 けれど。 

「いいえ。ここは、わたくしたち全員が生きている、現実の世界です。マークルさんのために存在する世界ではありません」 

 今私は、この世界がマークルさんの言う物語とは違う現実だと実感している。 

 私は、私の人生という現実を生きて行く。 

 パトリックさまと共に。 

「それは違う!そんなのおかしい!ねえ、みんな見て!あたしのことローズマリーがいじめるの!ひどいでしょ!あたし可哀そうでしょ!助けたくなるでしょ!遠慮しなくていいのよ!あたしを助けて!ローズマリーを存分に責め立ててよ!」 

 私を指さし、髪を振り乱して登校途中の皆さんに向けて激烈桃色さんが叫ぶ。 

「ポーレット様。皆分かっておりますから、何もご心配なさることはありませんわ」 

「そうですわ。ローズマリー様の方が、ご迷惑を被られているのですもの」 

「ポーレット嬢の正当性はいつでも証言できますから、お任せください」 

 けれど、周りの皆さんは口々にそう言って、私に向かって力強く頷いて見せてくれた。 

「なによ!みんなして騙されて!」 


  

 
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