悪役令嬢の腰巾着で婚約者に捨てられ断罪される役柄だと聞いたのですが、覚悟していた状況と随分違います。

夏笆(なつは)

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85.夏季休暇。両家で昼餐、なのです。

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「ローズマリー様。いよいよ明日から夏季休暇ですね。それにしても、ローズマリー様ほどこの夏の予定を大勢の方に知られているご令嬢もいらっしゃいませんね」 

 授業と授業の間の休憩時間、アイビィさんに楽し気な含みのある笑みと共に言われて、私は身を縮こまらせた。 

 この夏の予定。 

 即ち私がウェスト公爵領を訪ねることを私自身が告げたのは、リリーさまのみ。 

『まあ、素敵。でも、そのようなエピソードは、わたくしの知る物語には無かったわ。それに色々違ってきているもの。もう、わたくしが知っている物語ではなくなっていると思うの』 

 その時、リリーさまは嬉しそうに微笑み私の手を取って、そうおっしゃった。 

 この世界は、リリーさまの知る物語ではなくなっている。 

 それは私もそう思うし、むしろこの世界は現実だ、という意識がとても強くなっていて、パトリックさまと幸せに生きて行くために努力しよう、と思ってもいる。 

 思ってもいる、けれど。 

「ローズマリーのこの夏の予定を知らない者なんて、この学園には居ないだろう。ウェスト公子息が、あれほど言って歩いていれば」 

 ウィリアムが呆れたように言う通りな、今の状況はかなり恥ずかしい。 

「嬉しそうですよね、とても。それにしても、周りの皆さんも言っておられますけれど、本当にローズマリー様のこととなると人が変わったようになられて。それ以外のことには冷静沈着で、貴族らしい表情を絵に描いたような方なのに」 

「まったくだ。あの惚気ぶりはこちらが恥ずかしくなるほどだし、瞳の輝きといったら、ローズマリーを大切に想っていることを疑いようもない」 

「疑いようがあったらどうにかしたのに、ですか?ふふふ」 

「黙りたまえ」 

 

 の、惚気ぶり。 

 

 聞こえてくる、アイビィさんとウィリアムの言葉が痛い。 

 けれど、他のことでは冷静沈着だけれど、私の前では表情をつくったりしない、というのは、私には心を開いてくださっていることだと思うので嬉しい。 

 「お土産、楽しみにしていてください」 

 それだけをやっと言うと、ふたりとも優しく笑って、楽しい休暇を、と言ってくれた。 

 

 

 

「ローズマリー!会いたかったわ!」 

 夏季休暇になってすぐ、ウェスト公爵家から昼餐のご招待を受けた我がポーレット家はその日、一家揃って王都にあるウェスト公爵邸を訪れた。 

 エントランスでご挨拶を済ませた後、すぐに私の腕を取ったのは公爵家のご長女で、パトリックさまのお姉さまであるカメリアさま。 

「わたくしもお会いできて嬉しいです、カメリアさま」 

 隣国にご婚約者のいらっしゃるカメリアさまは、そちらへ行っていらっしゃることも多く、今回も参加出来るか判らない、とパトリックさまから聞いていた私は、お会い出来たことが本当に嬉しい。 

「違うわ、ローズマリー。お義姉さま、でしょう?ほら、言ってみて」 

「はい・・・お義姉さま」 

「うん、可愛いわ!」 

 恥ずかしく思いながらも口にすれば、カメリアさまが、ぎゅう、と抱き付いて来た。 

「姉上、ローズマリーから離れて。さあ、ローズマリー。こちらへ来て僕にエスコートをさせて」 

「まあ、パトリック。心の狭い男は嫌われるわよ?」 

 右手をパトリックさま、左手をカメリアさまに取られ、私はおふたりに挟まれる形で広間を目指して広く立派な廊下を歩き、何故かそのまま昼餐のテーブルに着席した。 

 つまりは右側にパトリックさま、左側にカメリアさまがいらっしゃる。 

 

 座る位置、ここでよかったのかしら? 

 

 絶対に違うと思いつつも、嬉しそうなカメリアさまを見ていると私からは何も言えず、公爵も公爵夫人も何もおっしゃらないので、どうしましょう、とパトリックさまを見たけれど、パトリックさまもにこにこするばかりなので、いいと思うことにする。 

 

 思い切りも大切です。 

 たぶん・・・きっと。 

 

「ローズマリー。パトリックにホットビスケットを焼いてあげたのですって?」 

 飲み物が運ばれ乾杯をして。 

 和やかな空気のなか、公爵夫人にそう話を振られた。 

「はい。拙いものなのですが」 

  

 貴族令嬢が菓子を手作りするなんて、と言われてしまうのかしら? 

 

 思い、どきどきしていると、公爵夫人が華やかな笑みを浮かべた。 

「ねえ、ローズマリー。わたくしにも作ってくれない?わたくしも、パトリックと一緒にずっと見守っていたのだもの。初めてきれいに焼きあがったときは本当に嬉しくて、貴女を抱き締めてあげたかったわ」 

「そうよ、ローズマリー。先日はお父様もご馳走になったと聞いたわ。わたくしとお母様にも焼いてちょうだいな。ローズマリーのホットビスケット、わたくしも食べてみたいもの。パトリックってば、最初はなかなか見せてくれなくて、挙句、さっさと自分ひとりだけでローズマリーのホットビスケットを食べてしまって。本当にずるいのだから」 

 そして、公爵夫人に続いてカメリアさまにもそう言われ、私は驚いてパトリックさまを見てしまう。 

「え?あの、パトリックさま」 

 

 『パトリックと一緒に見守っていた』『最初はなかなか見せてくれなくて』というのは、どういう意味でしょうか? 

 

「それなら、今日焼いてお持ちすればよかったわね、ローズマリー」 

 私の問いかけにパトリックさまが何か言うより早く、お母さまがおっとりとそう言って笑った。 

「え?ええ、そうですね。わたくしの作ったものでよろしければ、今度伺うときにお持ちします」 

「ありがとう、楽しみにしているわ。ところでね、ローズマリー。わたくしのことは、お義母様、と呼んで欲しいの。アイリスも一緒の時は、ロータスお義母様、と呼んでくれると嬉しいわ」 

 私のお母さまも一緒の時は、分かり易くロータスお義母さまと呼んで欲しい、とほがらかに笑う公爵夫人。 

「それなら私は、フレッドお義父様、だな。な、ローズマリー」 

「気が早くないか?」 

 公爵までそうおっしゃって、お父さまが苦い顔になった。 

「よろしいではありませんか。ローズマリーが公爵家の皆さまに受け入れられているようで、わたくしは嬉しいですわ」 

 そんなお父さまの隣でお母さまが本当に嬉しそうに言えば、お父さまだけでなく、何かを言いかけていたお兄さまも口を噤む。 

「もちろんよ、アイリス。ローズマリーはわたくしにとっても大切な娘ですもの。安心して嫁がせてちょうだい」 

「ふふ。よろしくお願いします、ロータス様」 

 私とパトリックさまが初めて会ったのは最近になってからだけれど、お父さま同士もお母さま同士もとても仲がいい。 

 特に繋がりが強い、とも思っていない両家だったので、初対面のとき、私はそれにとても驚いてしまった。 

 

 まあ、それだからこそ、縁組も成されたのでしょうけれど。 

  

 本当に打ち解けて楽しそうに話す姿を見れば、滅多なことが無い限り家同士が対立するような未来は無い、と心底思え、私は安心した気持ちになる。 




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