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85.続 夏季休暇。両家で昼餐、なのです。
しおりを挟む「それにしても、この昼餐の招待状をパトリックが自ら持って来た時は驚いたよ」
「ええ、本当に」
お兄さまの言葉に、私もこっくりと頷いてしまう。
王都の邸に戻った翌日、パトリックさまから、突然で申し訳ないけれど、と来訪許可を求める連絡蝶が飛んで来て、その日のうちに我が家にお見えになって。
そうして、今日の招待状を自らお持ちになって、約束通り私が乗馬をする許可まで取ってくださった。
「乗馬は、本当に、くれぐれも、くれぐれも、気を付けてな」
お父さまは、許可をくださるまで幾度も繰り返した言葉をまた口にする。
「はい。ローズマリーに怪我をさせるようなことはしません」
「わたくしも、充分に気をつけます」
パトリックさまに続いて私も言えば、お父さまが重々しく頷いた。
「ごめんなさいね、ふたりとも。わたくしのせいで」
するとお母さまが、何故かそう言って片手を頬に当て、こちらを見る。
「お母さま?」
訳が分からずパトリックさまと顔を見合わせ視線を巡らせれば、フレッドお義父さまとロータスお義母さまは苦笑いを浮かべていて、お父さまは不機嫌に押し黙ってしまっていた。
「あのね、ローズマリー。昔、わたくしが落馬してしまったせいで、アーネストは貴女を馬に乗せたがらなかったの」
「ああ。それでだったのですね」
お母さまの言葉に、私は思わず納得してしまう。
私のお母さまは何というか、おっとりしていて、見るからに乗馬が得意そうには見えない。
きっと、無理に馬に乗ろうとして落ちてしまったのだろう。
「ふふふ。三人とも、きっと勘違いをしていてよ」
お兄さまと私、そして遠慮がちではあるけれどパトリックさまも納得した様子で頷いていると、ロータスお義母さまが楽しそうな声をあげた。
「そうだな。その想像の真逆だろうな」
「真逆、ですか?」
「ああ」
思わず、といった風で聞いたお兄さまにフレッドお義父さまが深く頷き、心底楽しそうな笑みを浮かべる。
「笑い事では無い。あの時は、本当に肝が冷えた」
そんななか、お父さまだけが憮然とした表情を崩さない。
「アーネスト、怖いお顔をしていてよ。あのね。わたくし、馬に乗るのが本当に好きで得意で、結婚前は曲馬の大会にもよく出ていたの。けれどある時の大会で落馬してしまって。もちろん、落ちる時に魔法を使ったから大きな怪我も無かったのだけれど、アーネストは真っ青になってしまって」
「あの時のアーネストは凄かったな。観客席にいたというのに、一目散に走り寄って抱き締め抱き上げて」
「ええ。アイリスは本当に愛されている、とわたくしまで幸せな気持ちになったわ」
「そんなに前からの知り合いなのですか?」
しみじみ言う公爵夫妻と両親を驚いて見ていると、同じように驚いた顔のパトリックさまがそう口を開いた。
「ええ、そうよ。わたくしとフレッド、アーネストが同級でアイリスはふたつ下なの。フレッドとアーネストが親しかった関係で、自然と婚約者になったわたくし達も親しくなったのよ」
ロータスお義母さまの言葉に、お母さまもにこにこと頷いている。
「それにしても、母上が乗馬を得意としているとは知りませんでした。落馬してから、止められたのですか?」
「いいえ、やめてはいないわよ。今も領地を回る時はアーネストと馬を並べているわ。でも、ローズマリーの前では乗らない、という約束をさせられているから貴方達は知らなかったのね」
「一緒に乗せていただきたかったです」
乗馬を止められていないお兄さまは、そうですか、それでは今度領地を回る時は一緒に、などと納得しているけれど、私は不満で堪らない。
「そうねえ。わたくしもそうしたかったけれど。でも、そのおかげで、初めての乗馬がパトリック様と一緒に、なのだからローズマリーも良かったのではなくて?」
「っ!」
「そうですね。感謝します」
お母さまに、ふふふ、と笑みを向けられ発火しそうになるのを懸命に堪えていると、パトリックさまが心底嬉しそうに言うのが聞こえて、私は、それまでの健闘空しく完全に発火した。
「それほどに赤くなって。ローズマリーは、本当にパトリックを慕ってくれているのだな。良かったな、パトリック」
「はい、父上」
更にそんな、微笑ましいと思ってくださっているのだろうフレッドお義父さまと、幸せそうな声のパトリックさまの会話が聞こえ、私は顔をあげられなくなる。
「もう。お父様もパトリックも、ローズマリーが恥ずかしがっているじゃない。もっと気遣いをして。ああ、でも照れているローズマリーも確かに可愛いわね!」
カメリアさま、ありがとうございます。
ですが、後半の言葉には同意しかねます。
それはパトリックさまと同じ、何か紗幕のようなものがかかっているだけです!
「はは。すまないな、ローズマリー。しかし、我が領にはいい馬も多い。パトリックは乗馬も得手としているから、任せて楽しむといい」
フレッドお義父さまに穏やかに言われ、私は漸く顔をあげた。
「ありがとうございます。公しゃ・・・フレッドお義父さま」
心のなかでは呼ばせていただいていても実際には、と思い、公爵さま、と言いかけると、フレッドお義父さまから堪らない圧を感じ、私は咄嗟に言い直す。
何というか、この感じ。
パトリックさまに似ています。
「うん、いい響きだ」
私の呼びかけに、フレッドお義父さまが嬉しそうに頷いた。
「乗馬も素敵だけれど、わたくしと刺繍もしましょうね、ローズマリー。我がウェスト公爵家の家紋の図案を、貴女にもあげるわ」
「ありがとうございます。大切に扱わせていただきます」
公爵家の家紋の図案をくださる、ということは、公爵家の家紋を刺繍しても良い、という了承を得たということ。
婚姻前にその許しをもらえるとは思ってもいなかった私は、感激して声が震えてしまう。
「領都の邸には、初代が家紋を考えた際の、手書きの資料が幾つか残っているから、パトリックに見せてもらうといい」
フレッドお義父さまもそう言ってくださって、私は更に感激した。
「もう、このままお嫁に来てしまえばいいのに」
「それは未だ早いですよ」
カメリアさまの弾んだ声に、お兄さまの苦い声。
それでも表情は明るくて、笑い声が絶えなくて、優しく楽しい時間が過ぎていく。
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