悪役令嬢の腰巾着で婚約者に捨てられ断罪される役柄だと聞いたのですが、覚悟していた状況と随分違います。

夏笆(なつは)

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89.続 夏季休暇。この場合の<既成事実>とは?

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 いいこと、まず気合で負けては駄目よ、などとロータスお義母さまに伝授され、気合を注入されるかの如くロータスお義母さまと強く見つめ合っていると、フレッドお義父さまが苦い顔をお父さまと向け合う。 

「上層を狙う、つまり欲しいのは財産や権力か。これは、マークル男爵領領民からの陳情と、本妻を離縁して平民の愛人を新たな男爵夫人に据えた、という話も関係無いとは言えないな」 

「男爵領のことはもちろん調査中だし、妙に羽振りが良くなった、といわれている男爵家の現状もそのことに関わっているとは思っていたが。そうか、財産や権力に固執するひとつの契機が、新たな男爵夫人、という可能性もあるのか」 

 聞こえてきたお父さまとフレッドお義父さまの言葉に、ロータスお義母さまが呆れたような目をされた。 

「あら、フレッドもアーネストも何を呑気な。関係あるに決まっているじゃない。マークル男爵は、子爵家ご出身の前の夫人を離縁して、平民の女性をその庶子と共に男爵籍に正式に入れたけれど、それに伴う前夫人の条件が、自分と自分の子どもとは今後一切の縁を切る、ということだったのよ?前夫人はご存じだったのでしょうね、愛人が浪費家だということを。つまり、完全に縁を切ることで、ご自分とご子息の利権を守った、ということ。男爵家の餌食にされるのを避けたのね」 

 知らなかったの?と言いたげなロータスお義母さまに、お母さまも大きく頷いた。 

「そうですわ。前夫人とそのご子息は優秀で、領民からの支持は男爵より遥かに高かったと聞きますもの。それに、男爵家と縁を切ってから商才を存分に発揮して、次々と大口の取引先を増やしているとか。対して男爵家は、新しい奥方とご令嬢の浪費が激しいうえに、使用人への扱いが酷くて、古参の者も次々と辞めているそうですわ。なんでも給金未払いなのに少しでも気に入らないことがあると折檻までされるとか。あら?でもそれで、羽振りがいい、というのは少しおかしいですね。それとも、財力はあるのに使用人に給金は支払わない、ということなのかしら?」 

「税収をピンハネして愛人に贅沢させている、と以前から評判だったから、正式に夫人として迎えたなら、それが加速してピンハネした分だけでは足りなくなってしまったのかも・・・ああっ、判ったわ!そうよ、それでなのだわ!」 

 何かに気づいた様子で突然叫んだロータスお義母さまが、がしっ、とお母さまの両手を握り締めた。 

「何か、あったのですか?」 

「そうなの!あったの!ほんっとうに信じられないことに、その浪費の請求が我が家にきたのよ!」 

 ロータスお義母さまの言葉に、パトリックさまとフレッドお義父さまの眉が寄った。 

「どういうことだ、ロータス」 

 「ええ。聞いてくださいな、フレッド。先日、迷惑な商人が居座っている、と侍女から聞いて覗きに行ったの。だって、あのブラッドが即撃退できずに手こずる相手、なんて見ない手はないでしょう?」 

  

 はい、ロータスお義母さま。 

 ブラッドさんは、とても優秀な執事さんです。  

 なので、手こずる様子を想像するのが難しいのは理解できます。 

 ですが『見ない手はない』ですか。 

 それは『口を割らせる』という言葉に相通じるものがあるような。 

 カメリアさまとロータスお義母さま、似ていらっしゃいます。 

 

 おふたりとも好奇心がお強いのですね、などと私が考えている間にも、公爵ご夫妻のお話は進んでいく。 

「ブラッドが手こずっていたのか」 

「手こずる、というよりは、困っていた、というのが正しいわ。向こうの商人は、ただひたすら『こちらにお支払いいただけると聞いております』しか言わないのだもの。しかも男爵家の証文を持っているから、商人側から見れば、その主張は正しい、という訳。うちの承諾は、何もないのにね」 

「それで、どうしたのだ?」 

「明細をまず見て驚いたわ。何処で使うのかしらと思うほど宝石やドレスを買っていて。最初はそれを、離縁した元夫人とご子息に請求しようとしたらしいのだけれど、元夫人が先手を打っていて、それは叶わなかったのですって。それで、我が家へ請求するように、と証文まで渡したらしいの。もちろん、しっかりとした店は、公爵家に確認してから、と断ったようなのだけれど、そうでないところは、とんでもない額を我が家に堂々と請求しに来たわ。もちろん、そのような支払いをさせられる覚えはない、とお帰りいただいたけれど!」 

 憤懣やるかたなし、と息を荒げるロータスお義母さまの背を、フレッドお義父さまが宥めるように撫でる。 

「それはつまり、マークル男爵家では、パトリックが支払ってくれる。理由としては、その。恋人であるから、という認識なのでしょうか」 

 激昂するロータスお義母さまの勢いに呑み込まれそうになりながらも、お兄さまはその波に抗い、尋ねた。 

「正に『そう言っていた』そうよ。うちに来た商人によると。まったく。『公爵家のご嫡男は、我が娘を溺愛しているので』と言ったのですって!まあ確かに、パトリックは恋人を溺愛しているけれど『そのお相手の家は、名門侯爵家です!このように我が家に無断でたかるような真似、絶対になさいません!』と叫んでしまったわ」 

 余りのことに自分で乗り込んでしまった、というロータスお義母さまはお強いと思う。 

 

 私だったら、いじけて負けてしまうかも。 

 

 もし、マークルさんが『パトリックが払ってくれる、何でも買っていいって言ったのよ!?』とでも言ったなら、そうなのかもしれない、と思ってしまうかもしれない。 

「いいこと、ローズマリー。そういうことも含めて、負けないで、よ。それは、パトリックを信じるということ」 

 思っていると、ロータスお義母さまが真っ直ぐな瞳を私に向けた。 

「ロータスお義母さま・・・はい」 

 その強く澄んだ瞳に改めて誓えばカメリアさまも大きく頷き、パトリックさまをご覧になる。 

「パトリック。もちろん貴方は、ローズマリーをその心ごと守り切るのよ?まずは、あの軽薄な激烈桃色迷惑女に、既成事実を狙われないように気を付けなさい」 

 そのカメリアさまの言葉に、皆さまが頷き場の空気が独特の色を帯びた。 

 そしてなぜか皆さま一斉にパトリックさまをご覧になり、次いで私へと視線を向けてこられる。 

 

 な、なんでしょうか!? 

 

 空気が変わったことは判るものの、何の既成事実なのか判らず戸惑っている私と違い、完璧に理解したらしいパトリックさまは、皆さまをぐるりと見まわし、強く頷き口を開かれた。 

 曰く。 

「大丈夫です。僕は、ローズマリー以外には役立たずですから」 

 

 ????? 

 

「まあ!」 

「ふふ、パトリックったら」 

 訳が判らない私と違い、お母さまもロータスお義母さまも理解出来たご様子で、それぞれ少女のように顔を赤らめている。 

「お兄さま?」 

 そして、今正に<ちんくしゃ>一直線だったに違いないのに、いつも助けてくださるお兄さまも、そんな私を放置して、複雑な表情でパトリックさまを見るばかりだし、フレッドお義父さまは楽し気な、お父さまは苦々しい表情を浮かべている。 

「あの、パトリックさま。今のは、どういった意味なのでしょう?」 

 仕方なく、そっとパトリックさまに寄り添い小さく尋ねれば、パトリックさまが私の目を覗き込んだ。 

「未だ、判らなくていいんだよ、ローズマリー。近い将来、僕が教えてあげるからね。ただこれは、僕だけがローズマリーに教えていいこと、なんだ。だから、それまでもそれからも、他のひとから習ったりしたら駄目だよ?」 

 けれど、そう言ったパトリックさまは落ち着いてはいるけれど、今はそれ以上説明してくれる様子はない。 

 他の皆さまは、教えてくださる気配さえない。 

  

 うう、パトリックさま。 

 私は、今、知りたいです。 

 

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