悪役令嬢の腰巾着で婚約者に捨てられ断罪される役柄だと聞いたのですが、覚悟していた状況と随分違います。

夏笆(なつは)

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90.夏季休暇。みんな一緒に転移旅行!?なのです。

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「パトリック。ここまで送ってくれたこと、感謝する。とても助かった。そして、くれぐれもローズマリーをよろしく頼む。しかし、未だ手は出すなよ」 

 ウェスト公爵家が領地へと赴く日、我がポーレット家も同じ時期に領地に行くと知って、それならば、とウェスト公爵領と王都の中間付近にあるポーレット領までパトリックさまが共に送ってくださることとなり、しかも王都のポーレット邸までお迎えに来てくださった。 

 そうして三度ほど両家で途中の街に寄って、お昼の休憩や観光をした私達は、夕刻の未だ早い時刻にポーレット領領都の手前の街の入り口まで辿り着いた。 

 因みに出発は今日の朝だったので、一日もかかることなくポーレット家は領地へ着いたことになる。 

 馬車だと七日はかかる道のりを一日もかからず。 

 恐るべし、パトリックさまの移転魔法。 

 

 それに、数度に分ける、というのがこういうことだとも思わなかったわ。 

 

 私は、パトリックさまが数度に分けると言った時、もっと多くの回数を必要とする、もしくは数日必要とする、という意味に捉えていたので、たった三回、少しの休憩を挟んだだけで実行してしまったことにも驚いた。 

 これほどの距離を一日も泊まることなく、この大人数を連れて移動できるなんて、パトリックさまの魔力量は本当にすごいのだと、改めて身をもって知った。 

「ローズマリー。この夏、お父様にエスコートさせてくれる約束、忘れないようにね」 

「はい、もちろんです、お父さま。領地のみんなに、よろしくと伝えてください」 

 寂しそうに私の頬に手を当てるお父さまに言えば、必ず伝えると答えてくれる。 

 そんなお父さまの肩越しに見える街は、私にも馴染みが深い。 

 いつもここまで馬車で来て、漸くここまで来た、と思っていた街。 

「ローズマリーがいないと、皆寂しがるだろうな。パーティも盛り上がりに欠けるのは必至だ」 

 懐かしく街を見ていると、お兄さまが私の隣に並んだ。 

「居ないことにも気づかれないのでは?」 

 悪戯っぽく言うお兄さまに微笑み返せば、優しく髪を撫でられた。 

「夏の残りは、ちゃんとうちの邸で過ごすんだよ?それと、俺にもエスコートさせること」 

「はい」 

 領地を持っている貴族の多くは、夏の半分を領地で過ごすことが多い。 

 その時期はその年に依って違うことも多く、かくいう我が家も、昨年まで一度もウェスト公爵家が領地へ行く時期と重なったことが無かった。 

 つまり、私とパトリックさまは、いつも王都に居る時期が違った、ということで。 

 幼い頃から婚約者だったにも関わらず、なかなか会えなかったパトリックさま。 

 その原因が、一番社交が行われる時期に共に王都にいない、一方が王都に居る時にはもう一方が領地にいるためではないか、と考えた私は、過去何度か同じ時期に王都に居られるようにしてほしいと願ったことがある。 

 けれど『それは難しい』と、いつも本当に難しい顔で言われ、私は残念な思いをして来た。 

  

 なのに今年は、当たり前のように同じ時期に領地へ行くなんて。 

 

 この十数年、有り得なかったことが実現して、私は喜びつつも首を傾げてしまう。 

 これはもう、不思議というより作為的なものを感じて、この夏の予定を聞いた私が寮で思わず不満を漏らした時、パトリックさまは更に苦い顔をされた。 

『夏はもちろん、他の時期だって俺とローズマリーが王都に一緒に居る時期をわざとずらしていたと思うよ、俺は』 

 学園に入るまで、私は確かに王都と領都を行き来するようにして育った。 

 それによって、領都での自分の立場や役割、領地のことについて肌に感じて知れたし、王都にも慣れていることでそちらにも愛着がある。 

 更には王都でも領地でも社交に困るようなこともないので、そのこと自体は感謝している。 

 それは自分も同じだ、と言ったパトリックさまは、しかしてその王都滞在の時期を、私たちはわざとずらされていたのだ、と深いため息を吐かれた。 

 言われてみれば、そうなのだと思う。 

 そうでなければ、いくらなんでもデビューのその時まで一度も会わない、などということは有り得ないと思うから。 

『でも、嬉しいな。ローズマリーも、俺に会いたいと思って、同じ時期に、なんて言ってくれていたんだ』 

 嬉しそうに笑うパトリックさまと目が合って、私は不満も忘れて幸せでいっぱいな気持ちになる。 

 今はもう既にパトリックさまと会えて、そして両家に祝福されているのだから、過去のことはさほど重要ではないのだろう。 

 それでも、機会があれば何故そのようにしていたのか、聞いてみたくはあるけれど。 

「ローズマリー。身体には気をつけて、皆様のお言葉をよく聞いてね」 

 街が見える小高い丘の上で、荷物を積んだ馬車と人が乗る用の馬車が、預かってもらっていたパトリックさまの空間倉庫から次々取り出され、乗車の準備がなされていく。 

 その様子を不思議な気持ちで見つめていると、お母さまが少し心配そうに私の肩に手を置いた。 

「はい、お母さま。お言葉、胸に刻みます。それにしても、すごい光景ですね。馬車が空間から出現してくるなんて」 

「本当にそうね。『馬だけ、準備してください』と言われたときは、よく意味が判らなかったけれど、まさか馬車ごと運んでくれるなんて」 

 本当に驚いたのだろう、お母さまも目を丸くしてその光景を見ている。 

「何でも、生き物は入れられないのだそうです。それにしても、馬車が収納可能だとは思いませんでした」 

 クローゼットごとでもいいよ、というのは冗談だと思っていたけれど、あれは本当に移動可能な物ならクローゼットごとで大丈夫、ということだったのだと私は知った。 

「しかも、帰りも迎えに来てくれると言ってくださって。貴女もお世話になるのだし、とびきりのお礼を用意しないといけないわね」 

 そうおっしゃるお母さまは、既に上質な布や茶葉など、色々な物をウェスト公爵家に贈ってくださっているけれど、それでは足りないとお考えのご様子。 

「よろしくお願いします」 

 侯爵家を内側から支える手腕は見事だ、と常々お父さまに絶賛されているお母さま。 

 私もやがて女主人となる身として、今はお母さまのなさることを学ばせていただこうと思う。 


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