悪役令嬢の腰巾着で婚約者に捨てられ断罪される役柄だと聞いたのですが、覚悟していた状況と随分違います。

夏笆(なつは)

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101.大切なお役目を賜りました。

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「仲良き事は良き事かな・・ん?ローズマリー。今年は、冬が早そうだ。そのうえ、例年にない寒さになるであろう」 

 私とパトリックさまを見て微笑ましそうに呟かれたかと思うと、突如真剣な表情になった土地神さまが、射抜くような鋭い瞳で私の目を真っすぐにご覧になった。 

「冬が早い、ですか。寒さが厳しいということは、霜や雪にも注意が必要になるということでしょうか。作物にも影響がありそうですか?」 

 知識でしか知らないけれど、ウェスト公領は温暖で、冬になっても滅多に雪が降ったりはしない地域。 

 となれば、常にはない対策が必要か、と私はパトリックさまを見、フレッドお義父さま、ロータスお義母さまを見た。 

 皆さまも、真剣な表情になって土地神さまを見つめていらっしゃる。 

「霜は、いつになく早いだろう。作物の収穫時期に気を付けよ。雪は、さほどではないが、積もりはするだろう」 

「ありがとうございます、土地神さま」 

 お礼を言い、それでも具体的な対策は、フレッドお義父さま、パトリックさまでないと、と思っていると、おふたりとも私に頷き、一歩前に出てくださる。 

「ありがとうございます。領民にも布令ふれを出し、対処するようにいたします」 

「礼には及ばぬ。土地神としての力が完全に復活したからであろう。今、不意に見えたのだ。我も嬉しい」 

 この土地を守る土地神さまだけれど、何者かに拘束されている間は、自身の一部ともいえる土地と分断され、その声を聞くことも意識を繋ぐことも出来なかったのだそう。 

 けれど、その拘束から解き放たれ、土地神として完全なる力を取り戻したことで、再び大地との繋がりを持てたのだと、嬉しそうにお笑いになった。 

「そして、ローズマリー。我が力を回復し、大地との絆を取り戻せたのは、其方のお蔭だ。今後、我はこの大地の意志を其方に伝えよう。年に一度、冬の終わりに我を呼ぶが良い。その時、その年のことを教えようほどに」 

 土地神さまの言葉に、私は膝を折って謝意を表す。 

「畏まりました。その時、またお菓子をお作りいたしましょうか?」 

「ああ、頼む」 

 何となく、土地神さまの口元がむずむずとしていらしたうえ、テーブルに置かれたままになっている、レモンゼリーが乗っていたお皿を幾度もご覧になっていらっしゃるのに気づいて言えば、土地神さまが嬉しそうに頷かれる。 

『作る前にも呼んでね。リクエストしたいから!』 

 そんな土地神さまの周りを飛びながら、アップルパイさんが満面の笑みで言った。 

「あの。お菓子も年に一度でいいのですか?」 

 お告げは、年に一度としても、お菓子も年に一度で大丈夫なのかと思い聞けば、土地神さま、ウエハースさん、アップルパイさんが、同時に頷いた。 

「一度で充分だ。後は、この大地との繋がりのなかで空気や霞のように存在出来る。だが、年に一度は必ず欲しい。よいか。大地と我ら、我らと其方ら。その繋がりを保つ任を果たせるのは、ローズマリーだけだ。ローズマリーでなければ、何も告げることは出来ず、我らも菓子を食して力を得ることが出来ないからな」 

 土地神さまが、くれぐれも、とフレッドお義父さまにお伝えになれば、フレッドお義父さまは深く頭を下げられる。 

「はい。肝に銘じます。ローズマリー、よろしく頼む」 

「はい」 

 フレッドお義父さまの言葉を、礼を持って受ければ、周りにほっとした空気が流れた。 

「毎年、菓子でいいのですか?ローズマリーは、料理も得意ですが」 

『出た。伴侶馬鹿』 

 そして、何故か揚々とおっしゃったパトリックさまに、間断なく言ったウエハースさん。 

 

 ん? 

 何故今、その言葉が? 

 そしてパトリックさま、そのお顔の意味は? 

 ・・・・・っ! 

 

 何というかこう、とてつもなく自慢げな表情のパトリックさまを見つめ、ウエハースさんの言葉が意味するところを考えていた私は、その真意に気づいてひとり赤面してしまった。 

 土地神さまに、他の料理はいかがですか?と問うただけのようにみえたパトリックさまだけれど、そこにわざわざ、私の料理、と加えることで、つまりはその、私自慢、をされた、ということ・・・で・・・。 

 

 うう。 

 パトリックさま。 

 すごく恥ずかしいです。 

 いえ。 

 もちろん、とても嬉しくもあるのですが。 

 

「そうか。ローズマリーは料理も得意なのか。そう聞けば、食してみたくなりもするが、我は菓子が好物でな。やはり、菓子を所望したい」 

 土地神さまが、私ににこりと微笑みかけ、そうおっしゃる。 

「分かりました。それでは、美味しいお菓子を作れるようにしておきますね」 

 がっかりされることのないよう頑張ろう、と思っていると土地神さまが私の頭にそっと手を置こう、とされて動きを止め、テオとクリアへと向き直られた。 

「偉大なる神よ。此度は我らの呪縛を解いていただき、心から感謝申し上げる。そして、我が愛し子、ローズマリーに触れる許可を」 

『『ん?えっと?』』 

 土地神さまに言われるも、テオとクリアは分からない様子で、首を傾げている。 

「そうか。その大きさ、未だ覚醒前、ということか・・・貴方方が大切にされているローズマリーに我も加護を・・・貴方方偉大なる神同様、我もローズマリーを護ってもよろしいか、と伺っている」 

『ローズマリーをまもってくれるの!?』 

『ローズマリーにやさしくしてね!』 

 分かり易くかみ砕いた土地神さまの言葉に、テオとクリアがその場で跳ねた。 

「感謝する・・・ローズマリー。其方に、我の加護を」 

 再び私に向き直られた土地神さまが、優しく私の頭に触られると、優しい何か流れ込んで来るのを感じる。 

「ありがとうございます、土地神さま」 

 ほんわりと温かくなった胸を押さえて言えば、土地神さまが私の髪をそっと撫でられた。 

「こちらこそだ、ローズマリー。其方のお蔭で、長く断絶していた他の土地神の元も訪ねられるようになった。本当に感謝している・・・それでは、また会おう」 

 そう言って、やわらかに微笑んだ土地神さまが光の粒を残して消え、ウエハースさんとアップルパイさんも手を振りながら土地神さまの後を追った。 

 そうして、まるで夢から醒めたかのような空気の漂うなか、パトリックさまが難しいお顔で私の隣に並び、丹念に髪を撫でられ始める。 

「あの、パトリックさま?」 

「消毒」 

 手つきは優しいのに、そのお顔は難しいまま、パトリックさまは、ひたすら手を動かされている。 

 

 え? 

 消毒? 

 

 それは、どういうことなのか、と私がパトリックさまに聞くより早く。 

「もう!パトリック!嫉妬なんてしている場合じゃないでしょ!ローズマリーに逃げられないようにするのよ!」 

 カメリアさまが力強い言葉と共に、力いっぱいパトリックさまの背中を叩かれ。 

「うぐっ」 

「っ!」 

 不意を突かれたパトリックさまは、低い呻き声と共に床に沈まれた。 

 

 慌てて支えようとして支え切れなかった、非力な私と共に。 

 

 
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