悪役令嬢の腰巾着で婚約者に捨てられ断罪される役柄だと聞いたのですが、覚悟していた状況と随分違います。

夏笆(なつは)

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102.土地神さまからの再びのお願い、なのです。

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「お疲れ様、ローズマリー!これで、面倒なお役目は全て終わったわ!」 

 地元の名士の方々を招いて行われた晩餐会が滞りなく終わり、お客さまを見送ったエントランスで、嬉しそうに叫ばれたカメリアさまが私に抱き付いてこられた。 

「はい。色々とお気遣いくださり助かりました。ありがとうございました」 

 この数日、ずっと色々な晩餐会や舞踏会、それにお茶会でパトリックさまの婚約者として紹介をしていただいてきた私は、大きな失敗無くすべてを終えることが出来て、とてもほっとすると同時に、そうできるように見守ってくださった皆さまに、心を籠めてお礼を述べる。 

「申し分無く、立派な淑女でしたよ」 

「ああ。私も、鼻が高い」 

 ロータスお義母さまとフレッドお義父さまに褒められて、私はとても嬉しくなった。 

「ただ、とても残念だったのは」 

 けれど、続くロータスお義母さまの言葉に、浮かれかけていた私は身を正す。 

 

 きちんとお言葉を伺って、公爵家に相応しい振る舞いが出来るようにならなくては。 

 

 そのためにも一言一句漏らすまい、と私は全神経を耳に集中させた。 

「何の手落ちも手抜かりも無く、アイリスがドレスや装飾品を用意していたことね。流石アイリス、と嬉しくもあったけれど、わたくしも、ローズマリーに似合うドレスを選びたかったとも思うわ」 

 

 え? 

 

 けれど、そんな予想外の言葉が耳に届いて、私は目を瞬かせてしまった。 

 ほう、と片手を頬に当て、憂えを帯びたロータスお義母さまも、とてもお綺麗だと思うけれど。 

 

 残念、というのは、そこ、なのでしょうか? 

   

 何処を指摘されても直せるようにしよう、と決意して聞いたロータスお義母さまの言葉に、私は困惑してしまう。 

「本当ね。でも、お母様。まだ、夏後半の王都での夜会がありますわ。そこでローズマリーのドレスを作らせてもらいましょうよ。今からだと既製品になってしまうけれど、ローズマリーに似合うように色々手を加えて」 

「まあ。それはいいわね」 

「待ってください。ローズマリーにドレスを贈るなら、俺に決まっているでしょう」 

 カメリアさまの提案に、それまで残念そうだったロータスお義母さまが瞳を輝かせて私を見つめると、その視線を遮るようにパトリックさまが私の前に立たれた。 

「まあ、パトリック。貴方、この母の楽しみを奪うつもりなのですか?」 

「それは、こちらの台詞です」 

「あ、あの」 

 お互いに一歩も引かないご様子のおふたりに、何と声を掛けようかと迷っていると、カメリアさまに、くいくいと腕を引かれる。 

「ね、ローズマリー。明日は、女同士、お庭でゆっくりランチをしない?木陰に敷物を敷いて、のんびりするのもいいと思うの」 

「姉上!俺の隙を狙うとか、こすからい真似はやめてください」 

「漁夫の利を狙った、と言ってよ」 

「ふふふ。どちらもどちらですよ。みんなで一緒にランチを楽しめばいいではないの。もちろん、わたくしも参加します」 

 すると今度はカメリアさまとパトリックさまが言い合いを始められ、ロータスお義母さまも楽しそうにお話に加わられる。 

「ああ、その。楽しく会話をしているところ、申し訳ない」 

「っ!」 

 皆さま、楽しそうだからいいのかな、言い合いというより仲のいいコミュニケーションのようだし、と安心した私の隣に突如として土地神さまが現れ、思わず飛び上がって驚いてしまった。 

「驚かせて申し訳ない」 

 ぴょん、と跳ねてしまった私に土地神さまが謝ってくださるのが、却って申し訳ない。 

「いいえ。淑女らしからぬ反応をお許しください」 

「何か問題でもあったのでしょうか」 

 心臓がばくばくしたまま、慌てて礼をとる私の隣へ来たパトリックさまが土地神さまに問う。 

 その手がそっと私の背に添えられて、とても心強く感じる。 

『こんばんは、ローズマリー』 

『突然、すまないな』 

 そして土地神さまの両脇には、きらきらと輝きながら飛んでいるアップルパイさんとウエハースさん。 

「こんばんは、土地神さま。こんばんは。ウエハースさん、アップルパイさん」 

 パトリックさまのお蔭で落ち着いた私が挨拶をすれば、土地神さまが困ったような顔で私を見た。 

「ああ・・・その、だな。実は、またローズマリーに頼みたいことが出来てしまってだな。それで、来た」 

 言い難そうに言葉にした土地神さまの瞳が、完全に泳いでいる。 

「ここでは何ですから、こちらへどうぞ」 

 かなりの難題なのかしら、と不安に思っていると、フレッドお義父さまも表情を改めて土地神さまを居間へと誘った。 

「ローズマリー」 

 当然のように全員で居間へと移動を始めると、パトリックさまがそっと私の手を握ってくる。 

 見あげた瞳は、とても優しくあたたかで、握られた手のぬくもりと共に私に勇気を与えてくれた。 

「パトリックさま」 

 その瞳に吸い寄せられるように、パトリックさまの手を、きゅ、と握れば、パトリックさまも同じように握り返してくださる。 

「ローズマリー!大丈夫よ。何があっても、わたくしが、ずっと傍に居るわ!」 

 そして反対側の腕は、勢いよく抱き付いて来たカメリアさまの腕にしっかりと絡め取られた。 

「姉上!」 

「瞳で語る、なんて気障な真似して。パトリックのくせに。言葉になさいよ、言葉に」 

「言葉にすればいい、というものではないでしょう」 

「したくても、出来ないだけでしょう?へたれ、っていうのよ、そういうの」 

「ぐぐ」 

 カメリアさまの猛攻に、唸るように黙り込んでしまったパトリックさま。 

 そんなパトリックさまに、カメリアさまが、ふふん、と勝利の笑みを浮かべる。 

「ねえパトリック、どうする?頼みたいこと、というのがローズマリーをお嫁に欲しい、とかだったら」 

「駄目に決まっているだろう!」 

 茶化すようにおっしゃったカメリアさまの言葉に、パトリックさまが本気の強い言葉で反発されたときちょうど居間へと辿り着き、私たちはそのまま三人並んでソファへと座った。 

「ああ、その。我が、ローズマリーのお蔭で完全に復活した、という話は以前もしたと思うが」 

 一人掛けのソファに座り、そう口を開いた土地神さまのお話を聞くうち、私は動揺を隠せなくなっていく。 

 土地神さまがおっしゃるには、他に居る三人の土地神さまを訪ねたところ、未だ皆さま弱ったままでいらしたそうで、完全復活した理由をお話ししたところ、自分たちの所にも、と私が行くことを望んでいらっしゃるとのこと。 

 他の土地神さまのお役に立てるなら、とは思わないでもないけれど、その場所がすごすぎて、私は行くと決まってもいないのに緊張してしまうほどだった。 

「お話を要約しますと、ここにいらっしゃる貴方様は西の土地神様で、他に、北、南、東の土地神様がいらっしゃる、と。それで、今回そちらにローズマリーを向かわせて欲しい、と言うことで間違いないでしょうか」 

「ああ。間違いない」 

 フレッドお義父さまの言葉に、土地神さまが頷いて私を見る。 

「土地神さま方のお役に立てるなら、とは思いますが、その地は、その」 

 北、南、東の土地神さまがいらっしゃるという場所、それはすべて各公爵家の領都にあたる。 

 当然、勝手な行動は許されないし、侯爵家の娘に過ぎない私が、招かれてもいないのに公爵さまを訪ね、土地神さまに依頼されまして、などと話すことなど出来る筈も無い。 

「難しいか?」 

「今すぐに、というのは無理だと思われます。まず、お手紙を差し上げて、それから」 

「そのような猶予は、無い。無いのだ、ローズマリー」 

 フレッドお義父さまにお願いをして、公爵さま方にお手紙を差し上げ、それからなら何とか、と思った私の案は、即ばっさりと切り捨てられた。 

 見れば、先ほどまで気弱そうに泳いでいた土地神さまの瞳に、強い光が宿っている。 

「人のことわりに於いて無理を言っているのは判っているが、事は一刻を争う。他の地は、こちらより更に深刻だったのだ。送り迎えは我が責任をもって行うゆえ、どうか頼む」 

 そう言って深く頭を下げられた土地神さまに、フレッドお義父さまが難しいお顔ながらも頷きを返される。 

「分かりました。何とかしましょう」 

「っ!」 

 フレッドお義父さまのその言葉に、私は竦みあがってしまった。 

 これで、公爵さま方をお訪ねするのは決定。 

 土地神さまが一緒にいらしてくださるとはいえ、貴族最高位の方々の元を、無作法で失礼極まりないことに、お約束なしでお訪ねすることになる。 

 そう思えば、手先が冷たくなるほどの緊張を覚える。 

 それなのに。 

「他の土地神様の好物、って何かしら」 

「色々なローズマリーの手料理」 

 隣のカメリアさまも、反対隣のパトリックさまも、何故かそう楽しそうに呟かれた。 

 


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