悪役令嬢の腰巾着で婚約者に捨てられ断罪される役柄だと聞いたのですが、覚悟していた状況と随分違います。

夏笆(なつは)

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112.不思議の解明

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「うーん。この肉のほどけ具合、最高じゃの」 

 そう言って、妖艶なのに可愛らしいという表現が似合う笑みを浮かべてくださるのは、赤と金を混ぜたような髪と軽やかなドレスがとても美しい東の土地神さま。 

「これ、野菜の旨味が出ていてすっごく美味しい。秀逸だよ、ローズマリー」 

 一方、北の土地神さまは、そう言って美少年の容姿に相応しいと思える満面の笑みを浮かべてくださる。 

「そうおっしゃっていただけると、とても嬉しいです」 

 私は、本当に嬉しくなっておふたりに笑いかけた。 

「可愛いですね、ローズマリー嬢。どうでしょう?私の元へ嫁ぐ、というのは。貴女の料理を年に一度食べるのを楽しみにするのも悪くないと思っていたのですが。傍に居てくだされば、私はもっと幸せになれます」 

「何が、どうでしょう?ですか。私の婚約者に手を出さないでください」 

 優美な青年のお姿をした南の土地神さまの言葉に、パトリックさまがすかさず駄目出しをするのを、私は嬉しく見つめてしまう。 

 言葉遣いは辛うじて保っているけれど、速攻で切り返してしまっているし、口調は限りなく厳しい。 

 おまけに目が全然笑っていない、というか、むしろ鋭く睨んでいるようにすら見える。 

 土地神さま相手にどうでしょう、という態度だというのに、それが嬉しいのだから私も相当終わっている。 

「パトリックさま。そうおっしゃってくださってわたくしは嬉しいですけれど、南の土地神さまは社交辞令でおっしゃってくださっているのです。本気にしてはご迷惑ですわ」 

 社交辞令は貴族の嗜み。 

 土地神さまはもちろん貴族ではないけれど、皆さん貴族然としていらっしゃるので、そういったこともスマートなのだと私は思う。 

 なので当然、本気にすることでは、と思いそう言ったのだけれど。 

「伴侶馬鹿も苦労するのだな」 

 何故か、パトリックさまは西の土地神さまに労わられていた。 

 

 

 

 

「あいつら、婚約祝いにかこつけてローズマリーに会いに来たに決まっている。年に一度でいい、とか言っておきながら」 

 そう言って、立ったまま私を後ろからぎゅうぎゅうと抱き締めるパトリックさま。 

「パトリックさま、今回皆さまをお誘いしたのは、わたくし共の方です。それに、わたくし思うのですけれど、婚約祝いに来てくださったのではなくて。その。きゅ、求婚祝いに、来てくださったのでは、ないでしょうか」 

 あの場に来てくださったのはそういった意味があるのではと言いながら、私は後ろのパトリックさまをとても意識していた。 

 見た目よりずっと逞しい胸と腕を感じて、とても安心できる場所ではあるのだけれど、今日はいつもよりもっと意識してどきどきしてしまう。 

 パトリックさまが、想いを込めて求婚してくださった今は、尚のこと。 

「まあ、確かに。それはあるのかと思える時機ではあったけど、どちらにしてもかこつけて、には違いないな」 

 きらきらしい輝きと共に土地神さま方がお帰りになられ、ふたりきりとなった途端、パトリックさまは後ろから私を抱き締めたまま放してくださらない。 

「ん?ローズマリー。耳が真っ赤だよ?何を照れているの?俺にこうされるの、恥ずかしい?」 

「そ、それもあります」 

「も、ってことは、他にもあるってことだよね?」 

 くるりと私の身を反転させ、向き合う形で私の腰にゆったりと手を回すパトリックさま。 

「あの」 

「うん」 

 少しずつ近づいてくる、大好きなはしばみ色の瞳。 

 どきどきがどんどん大きくなるけれど、私はきちんと伝えると決めたのだ。 

 どれだけどきどきして恥ずかしくても、ちゃんと自分の気持ちを伝えようと。 

「わたくし、今日は本当に幸せで、その」 

 だからこそ、私は覚悟を決めてパトリックさまを見つめた。 

「うん。俺も凄く幸せな日になったよ。もしかして、俺のこと強く意識しちゃった?」 

 少し茶化すように言って、パトリックさまが私の身体を揺らす。 

「意識なら、いつもしています。パトリックさまのこと、大好きですから」 

「っ」 

 今日、本当に嬉しかったこと。 

 そして、きちんと伝えたいこと。 

「わたくしは、生まれたときからパトリックさまの許嫁だと言われて育って。でもなかなかパトリックさまにお会いできなくて。それでも、ずっとパトリックさまのことを許嫁なのだと意識していました。なので、お会いするのがとても楽しみで」 

 そう。 

 私は、ずっとパトリックさまにお会いしたかった。 

 絵姿は毎年新しいものに替わったけれど、実際にお会いする許可はもらえないのが寂しくて、もしもパトリックさまが私に会いたくないと言っているのならどうしようとさえ思っていた。 

「けれど、お会いしたパトリックさまは本当にお優しくて、激烈桃色さんのことで可笑しなことを言うわたくしの話も、真剣に聞いてくださいました。そんなパトリックさまに、わたくしは日々惹かれて・・・わたくしは生まれた時からパトリックさまの婚約者です。けれど、さきほど求婚していただいたとき、本当に、真実パトリックさまの婚約者になれた気がして本当に嬉しかったのです。ありがとうございます」 

「ローズマリー」 

 なんだか、支離滅裂になってしまい、なにを言っているのかしら私、と思っているとパトリックさまが深い声で私を呼び、強く抱き締めて来た。 

「パトリックさま」 

 私もパトリックさまの背に手を回し、そのままそっと手を添える。 

「そんな風に思ってくれて、そして俺に伝えてくれてありがとう。俺はもう、ずっと前からローズマリーが好きで。実際に会う前も実際に会ってからも、その想いは日々更新されているんだ。俺の方こそありがとう、ローズマリー。俺は今、凄く幸せだ」 

 安心で幸せでどきどきなパトリックさまの腕のなか。 

 私は、すり、とパトリックさまの胸に額を寄せて、はたと思い出した。 

「どうしたの?ローズマリー」 

 急にきょろきょろし出した私を、パトリックさまが訝しむ。 

「えと、あの。もしかして、またいらしていらっしゃる、というか見ていらっしゃる、のかな、と」 

 白い塔のバルコニーに突如現れた公爵ご一家を思い出した私が言えば、パトリックさまが苦い顔になった。 

「あれは、ほんっとうにごめん。あの時も言ったけれど、俺は使用不可能にしてきたんだ。なのに、無理矢理どうにかしてしまったらしくて。でも大丈夫。もう、あれを使っても見えないようにしておいたから」 

 にっこりと笑って、私の髪を撫でるパトリックさま。 

 

 でも、あの。 

 あれ、とは何なのか。 

 何が、大丈夫なのか、正直まったく判らないのですが。 

 


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