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128.噴水事件 3
しおりを挟む「さて、マークル。お前が落とされたという噴水は、ここで間違いないか?」
「馬鹿なの? 間違う訳ないでしょ。学園内の噴水ってここしかないんだから」
先生に対してだというのに激烈桃色さんは相変わらずの物言いで、聞いている私の方がどきどきしてしまう。
「じゃあ、マークル。お前がずぶ濡れになった、その状況を説明しろ」
先生の言葉に、私は物語の内容を思い出して思わず息を呑んだ。
「ローズマリー。大丈夫。僕がいる」
そうすると、そんな私に気づいたパトリックさまが、言葉だけでなくぬくもりもくれる。
「はい。パトリックさま」
その頼り甲斐のある腕のなか、私は落ち着いた気持ちで激烈桃色さんの言葉を聞くことが出来た。
「今日の朝。噴水、新しく完成したんだ、って思って嬉しくて。縁に座って水を手に掬って遊んでたら、リリーとローズマリーが来て。『平民だった貴女には、ここで水浴びするのがお似合いよ』って、突き飛ばして来て。あたしも頑張ったんだけど、ふたりがかりじゃ敵わなくて落ちちゃったのよ」
しょんぼりと言う激烈桃色さんは可愛い。
例え、その言葉にひと欠片の真実が無いとしても。
こういうのを、庇護欲をそそる、というのではないかしら?
私には到底真似できないわ。
しょんぼりと思っていると、隣のパトリックさまが私の耳に少し口元を寄せるようにして近づいて来た。
「そうか。物語、ではそういうことになるんだな」
「そのよ・・みたいですね」
パトリックさまがひそひそと言うのに、そのようですね、と答えそうになった私は、慌てて言い換えた。
「ふふ。ローズマリー、可愛い」
「パトリックさま。皆さんいらっしゃいますから」
「ちょっとローズマリー、聞いてんの!?あんたちゃんと反省しなさいよ!」
悪戯に頬をつついてくるパトリックさまの指を、手で包むようにして止めていると、激烈桃色さんの不機嫌な声が飛んで来た。
すみません。
またも、恋愛脳していました。
いえ、今回は脳だけでなく、行動もおこしていました。
初犯でいいですか?
「ですが今日、わたくしは噴水へ来ておりませんので」
脱線していた思考は申し訳ないと思うものの、激烈桃色さんの言葉に事実は無い、と私は私の今日の動きを口にする。
「なによ!言い逃れしようとしてんでしょ!」
激昂して私に掴みかかろうとした激烈桃色さんを、先生が、がしっ、と押さえた。
先生。
女性相手にも容赦ない。
なかなかのお力です。
けれど、激烈桃色さんの暴れぶりをみれば、それくらい必要なのだとすぐに知れた。
「いいえ、マークルさん。それが事実ですの。わたくしもリリーさまも、今日は登校してからずっと教室にいました。クラスの皆さんが証人ですわ」
「ローズマリー!往生際が悪いわよ!罪を認めて反省しなさい!あたしに謝って!」
髪を振り乱し、くわっ、と目を見開き叫ぶ姿は夢見が悪くなりそうなほどで。
す、すごい迫力です激烈桃色さん。
こんな風に怒鳴られるのは激烈桃色さん相手くらいな私は、それだけでどきどきしてしまうけれど、この噴水で濡れることは無い、と知っている私に焼却炉の時のような不安は無い。
これもすべてパトリックさまのお蔭、と私はパトリックさまの制服の裾を、ぎゅ、と握った。
「マークル。もう、妄言はやめるんだ。本当のことを言え」
「なんであたしを責めるのよ!あたしは被害者だって言ってんでしょ!リリーとローズマリーにやられたんだ、って!どうして信じないのよ!あいつらが上位貴族だからってずるい!」
激烈桃色さんを押さえたまま、厳しい顔で言う先生に尚も暴れながら訴え続ける激烈桃色さん。
私に向けられるその瞳には本気の憎しみが籠っていて、私は何だか哀しくなった。
「あのな。この噴水に落とされたからといって、濡れることは無いんだぞ?お前、それを知っていたからバケツで水を被って自演したんじゃないのか?それなのにどうして、噴水に落とされたなんて言うんだ。お前の行動、矛盾し過ぎだろう」
不思議で仕方ない様子で言う先生に、激烈桃色さんは暴れるのも忘れたかのように、きょとんとした目になる。
そんな幼い表情も、本当に可愛い。
「へ?濡れない、ってなんで?だって噴水で、水があるじゃない。なに馬鹿なこと言ってんの?」
「お前こそ、何を言っているんだ・・・って。ああ、そうか。お前、昨日の除幕式さぼっただろう。だから、知らないんだ」
「知らない、って何を?それにさっきも言ってた除幕式ってなに?」
本当に知らないのだろう、激烈桃色さんが不思議そうに聞いた。
「噴水の除幕式だよ。昨日あった」
「そんなの知らない!あ、わかった!わざとあたしに教えないで、それで」
「そんな訳ないだろう。俺が、夏季休暇に入る前日に教室で伝えたんだ。お前もちゃんと席に居た」
「そんな・・・」
「そんなも何も、ともかくそこで新しい噴水の珍しい機能についても説明があったんだ」
先生が呆れつつもきちんと説明していると、パトリックさまが片手を挙げて一歩前に出た。
「先生。実際に見てもらった方が早くないですか?ウィルトシャー級長、助力願えるか?」
言いつつ、パトリックさまは私の肩を軽く叩くと、ウィリアムに声をかけて噴水のすぐ近くまで歩み寄る。
「助力?ウェスト公子息。この場での助力など、嫌な予感しかしないのだが」
噴水の機能を実際に見てもらう、で、助力である。
ウィリアムの嫌な予感は、高確率で当たる気がします。
というより、それしかない、と思われます。
何なら私が、と思わなくも無いけれど、程度によってはスカートがめくれてしまうかも知れないと思えば、足が動かない。
ごめんね、ウィリアム。
「なに、ウィルトシャー級長の運動神経なら問題無い・・・よっ、と」
掛け声と共にパトリックさまはウィリアムの肩を押し、抵抗をすることのなかったウィリアムの身体は、呆気なく噴水の中へと落ち込んだ。
けれど、あがる筈の水飛沫は無い。
噴水の水に見えるそれはウィリアムの身体を優しくつつみ、名残のようにきらきらとした光を放った。
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