悪役令嬢の腰巾着で婚約者に捨てられ断罪される役柄だと聞いたのですが、覚悟していた状況と随分違います。

夏笆(なつは)

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130.妖艶な彼女に、白いハンカチを投げつけられました。

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「ローズマリー。実は、お願いがあるのだけれど」 

 噴水事件から暫く経ったその日、私は授業終わりの騒めく教室でリリーさまにそう声をかけられた。 

 今この教室に激烈桃色さんはいない。 

 この教室どころか、この学園のどこにもいない。 

 何故なら、激烈桃色さんは退学になったから。 

 リリーさまと私へ幾度も冤罪を着せようとしたこと、パトリックさまやアーサーさま、それにウィリアムに執拗に絡んだことに加え、このクラスだけでなく周りの方々へも暴言を吐いていたとかで、その苦情の数は想像を絶するものがあったと聞く。 

 それでも激烈桃色さんは、短い期間とはいえ同じクラスで学んだ仲であるのに、私は最後までマークルさんとしか呼ばなかったし、他の皆さんと後期の定期試験を共に乗り越え、再び全員でAクラスとなれた苦労と喜びが優先して、激烈桃色さんのことを思い出さない日もあった。 

 そして何より。 

 もう激烈桃色さんに振り回されない、という安堵が湧いてしまう。 

 

 私って、自己中心的なのかしら。 

 

 振り回されたのだから当たり前、とも思いつつ落ち込みもした私をパトリックさまは見抜き、それはもう素敵な笑顔を浮かべて私の頬をつついた。 

『こら、そんな顔しない。激烈桃色迷惑女に一番攻撃されたのはローズマリーなんだから、いなくなってほっとして当然。気にし過ぎると、禿げるぞ』 

『は・・っ!』  

 思いがけない言葉に思わず髪の存在を確認した私は、弾けるように笑うパトリックさまに釣られ、微笑んでしまった。 

『パトリックさま。ありがとうございます。言い方は、あれでしたけれど』 

『うん。禿げても一生傍に居るから安心して』 

 少し遠い目になった私にそう言ってくれたパトリックさまは、アーサーさまと共に王城へ行かなくてはならないとかで、今日は既に教室にいないけれど、行く際に『じゃあ、行って来るね』と笑顔で手を小さく振ってくれたのが嬉しくて、寂しい気持ちはまったくない。 

 今は未だ、激烈桃色さんのことを完全に昇華することは出来ていないけれど、こうして日々を積み重ねるうちに、過去になっていくのだと思う。 

 

 それにしても、パトリックさまって、本当に私を理解しているというか。 

 内面まで読み取ってしまう、というか。 

 

 少しでも寂しい、とか、傍に居たかった、などと思っていると即座にその隙間を埋めるような行動と言葉をくれる。 

 そんな、パトリックさま凄い、大好き、私もお返し出来るように、と、脳内で盛大に花を咲かせながら帰り支度をしているところへリリーさまがいらっしゃったので、私は内面で盛大に驚いてしまった。 

 

 おっ、驚きました。 

 心臓が、口から出そうです。 

 

 それでも令嬢教育の賜物か、私は表面静かに顔をあげる。 

 すると、そこには何だか困り顔のリリーさま。 

 

 リリーさま、可愛いです! 

 こんな可愛い顔でお願いされたら、頷く以外の選択肢ありません! 

 

 このお顔は、とても嫌な困りごとがあった訳ではない、と判断出来た私は何でも叶えてあげたい気持ちのまま頷いた。 

「わたくしに、出来ることでしたら」 

「その、ね。わたくし、刺繍糸を買いに行きたいの。ほら、もうすぐお誕生日でいらっしゃるでしょう?もちろん、きちんとした贈り物は用意するのだけれど、その他にも、その」 

  

 リリーさま、ほんとに可愛いです! 

 それはあれですね、リリーさまが手ずから何かに刺繍を施してアーサーさまのお誕生日にお贈りしたい、ということですね! 

 もうすぐといえば、アーサーさまのお誕生日ですから! 

 

 照れた様子のリリーさまが可愛くて、自然と笑顔になりながら私は承知しましたともう一度頷く。 

「きっと、いえ絶対にお喜びになりますわ」 

「だといいのだけれど」 

 リリーさまは少し不安なご様子だけれど、そんな心配不要だと私は確信できる。 

 むしろ、物凄く喜ばれるアーサーさましか想像できない。 

「糸をお求めになるお店などは、決まっていらっしゃいますか?」 

 早速、と立ち上がりながら私が言えば、リリーさまは頬に片手をあてて首を傾げた。 

「それがわたくし、この街のお店に詳しくなくて」 

「・・・申し訳ありません。わたくしもです」 

 私なぞ、この街に詳しくないだけでなく、どの街にも詳しくない、と海原で座礁してしまったような気持ちになる。 

「「あの。よろしければ、わたくしもご一緒しましょうか?」」 

 その時同時に声をかけて来てくれたアイビィさんとアイリスさんに、私とリリーさまは笑顔でお願いします、と答え、私達は四人で街へと繰り出すことになった。 

 

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