溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)

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十、早生ヒロイン?

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「ああ。でも、本当に夢のようですわ。こうして王都に住んで、王妃陛下主催のお茶会へお招きいただいて、皆様と楽しくおしゃべり出来るなんて」 

「ふふ。本当にその通りですわね。ヘノベバ・リモン子爵令嬢。貴女のお父様、動物好きが高じて動物の医師を目指すなんて、変わり者と有名でしたもの」 

「あら。ベリンダ・バンデラ伯爵令嬢こそ、ご領地では、まばらに燕麦を育てるくらいでしたのに、今ではあんなに立派な作物地帯になって・・見違えましたわ」 

 同じテーブルに座り、明るい表情でやいのやいのと言い合ったリモン子爵令嬢ヘノベバと、バンデラ伯爵令嬢ベリンダは、そこで同時にレオカディアを見た。 

「両家とも、順調なようで何よりです」 

 レオカディアの笑みに、ふたりは興奮した様子で話を続ける。 

「これもみな、アギルレ公爵令嬢のお蔭です」 

「アギルレ公爵家には足を向けて眠れないと、いつも皆で言っております」 

「まあ。こちらこそ、いつも感謝しておりますのよ」 

 

 飼料を育ててくれることで養豚もうまくいっているし、エルミニオ様の望み通り、王都の近くに牧場も作れたのだもの。 

 

 『あの時のエルミニオ様は、本当に嬉しそうだった』とレオカディアは、今ここにはいないエルミニオの事を想った。 

 レオカディアとエルミニオも十歳を過ぎ、レオカディアは単独で、女性ばかりが招待される茶会などへも顔を出すようになった。 

 そうなれば当然、同じ年ごろの友達も出来、貴族同士としての交流も、少しずつではあるが確実に増えている。 

 なかでも、飼料の作付けを提案したバンデラ伯爵家のベリンダと、王都近くで牧場を営む役職に就いたリモン子爵家のヘノベバとは気が合い、ふたりとも将来は、レオカディア付きの侍女となりたいと宣言しているほど。 

「飼料用のとうもろこしを作るようになったら、買いたたかれることもなく、安定した収入が見込めるようになって。それに、感謝もされるから、みんな、やる気になっているの」 

「昔は、飼葉の燕麦を育てるにも『実った分だけでいい』なんて言って、碌に面倒も見なかった人たちなのにね。でも、それを言うならうちも同じよ。お父様ってば、動物の研究ばかりして家計は火の車だったけど、その知識で役職を得られるなんて思ってもみなかったわ。お蔭様で、お父様も生き生き働いているし、お母様も幸せそうになったし。本当、言うことないわ」 

 幼友達だというベリンダとヘノベバは、互いの境遇の変化に目をきらきらと輝かせる。 

「それはそうと、今王都で流行っているレースの」 

「ちょっと貴女!恥知らずだって自覚しないさいよ!貴女なんて、エルミニオ様に相応しくないんだから!」 

 放っておくと、いつまでもレオカディア賛歌をやめないベリンダとヘノベバの意識を他へ向けようと、レオカディアが王都の流行りものについて言いかけた時、ドレスの裾を翻し現れたひとりの令嬢が、そう言ってレオカディア達が座るテーブルの前に立った。 

 

 え? 

 誰? 

 ゲームのヒロイン・・が現れるには早いし、第一、ヒロインは淡い桜色の髪と瞳をしている筈だし。 

 

 八歳でエルミニオが王太子となり、その婚約者であるレオカディアは、自然と次期王太子妃という立場になったわけだが、その家柄は公爵家、本人は数多の事業に関連している才女、との噂も高いので、こうして反対の声を間近で聞くことは珍しい。 

 

 才女だなんて、恥ずかしかったけど便利だなと思っていたのに。 

 それを弾き飛ばすような人もいるのね。 

 それもそうか。 

 王太子ってだけでなく、頭もいいし、恰好よくなったものね、エルミニオ様。 

 

「ちょっと!聞いているの?女のくせに領地のことに口を出すなんて、碌な教育を受けていないに違いない、ってお父様もお母様も言っていたわ!貴女、恥ずかしくないの!?」 

「わたくしは、幼い頃より王城にて教育を受けてまいりましたが?」 

 レオカディアより先に口を開こうとしたベリンダとヘノベバを目で抑え、穏便に済まそうとレオカディアが直接答える。 

 碌な教育をしていないのは王城、と言ったも同じの令嬢は、しかしふふんと胸を張った。 

「そんなの、嘘なんでしょ。私のお父様は、王城の文官なの。偉いのよ?そのお父様が王城で貴女を見かけたことが無いなんて。嘘まで吐くなんて、どうしようもないわね」 

 

 文官? 

 王族が学ぶ場に、一介の文官が近寄れる筈無いじゃない。 

 

「わたくしが訪なうのは、王族の方が住まう区域ですので」 

 何を言い出すのか、とため息吐きたくなるも、レオカディアは母の顔を思い浮かべて何とか笑みを浮かべた。 

『いいこと?レオカディア。どんなに理不尽なことを言われても、冷静に対処なさい。それが、本物の貴婦人というものです』 

 普段優しい母が、淑女教育となると鬼のように厳しくなる。 

 その母の真似をして、レオカディアも貴婦人の仮面を被った。 

「王族の方が住まう区域?馬鹿なの?その王城に、お父様はお勤めなの」 

「文官の方が働く区域は、かなり遠くにありますので、お会いしなくとも不思議はありませんわ」 

 知らないのならば、と説明をしたレオカディアに、令嬢は、くわっと目を剥く。 

「ちょっと貴女!お父様を馬鹿にするつもり!?」 

「事実を言ったまでです。ところで、わたくしたち、初めてお会いするかと思うのですが」 

 どんなに貴族名鑑を頭のなかで捲っても、この令嬢に行き当たらない。 

 文官をしている貴族などたくさん居て、そこから割り出すことも出来ないと、レオカディアは首を捻った。 

  

 伯爵位以上なら絶対に覚えているし、王家やアギルレ公爵家と深く関わりのある家は、平民だろうと男爵家だろうと知っているから、その可能性も無いということよね。 

 ほんとに誰なの? 

 

「まさか、私を知らないの?」 

「ええ。貴女は、わたくしをご存じのようですが」 

「知っているわよ、レオカディア!エルミニオ様だけでなく、セレスティノ様やヘラルド様まで誑かすなんて、いい度胸じゃないの!」 

 びしっと指さし言われて、レオカディアは混乱した。 

 

 え? 

 ゲーム始まっている? 

 でも、髪色や瞳も違うし、何よりヒロインは、もっと穏やかで優しい雰囲気の子だったわよね? 

 

「誑かす?ミラモンテス公爵子息も、キロス辺境伯子息も、エルミニオ王太子殿下の側近です。そして、わたくしはエルミニオ王太子殿下の婚約者。自然とお傍に居る時間も増えるというものです」 

 『違うわよね?ヒロインじゃないわよね?』と思いつつ、レオカディアは目前に迫った少女を見つめる。 

 

 ミルクティ色の髪と瞳か。 

 これはこれで、ヒロイン要素?なのかな。 

 

「いいから、エルミニオ様を私に渡しなさい!」 

「お断りします。エルミニオ王太子殿下の婚約者は、わたくしです」 

「何よ!生意気ね!」 

「ご令嬢。まずは、他者へ対する礼儀を学ぶことをお勧めします。殿下や貴族子息を許しもなく名で呼ぶなど、有り得ないことです」 

 ぴしりと言い切ったレオカディアの耳に『恰好いい』という囁きが聞こえる。 

 

 え!? 

 何、どういうこと!? 

 

 見れば、同じテーブルに座っているふたりはもちろん、周りの令嬢もレオカディアを見つめている。 

 そして、その瞳が輝いている。 

 

 うわああ。 

  

 極め付きに、王妃がにこやかな笑みを浮かべて近づいているのに気づき、レオカディアは頬を引き攣らせた。 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・
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