7 / 32
六、その場所は
しおりを挟む「ピエレット。我慢させて悪かった」
「え?」
令嬢たちから離れ、暫く歩いたところでエヴァリストが不意にその歩みを止めた。
しかしピエレットには、何を謝罪されたのかが分からない。
「由緒あるバルゲリー伯爵家、ピエレットの家を、たかがなどと」
「ああ、そのことでしたか。ぱっと見た時には、侯爵家以上の家格の方はいらっしゃらなかったようにお見受けしたので、見落としをしたかと、思わず振り返りそうになってしまいました」
ご挨拶、大丈夫だったでしょうか、でも確かにあの場で振り返ってしまうと、更に大変なことに、と考え考え呟くピエレットの頭を、エヴァリストがぽんと軽く叩く。
「あの場に、侯爵家以上の人間はいなかったから、挨拶などは心配しなくていい。バルゲリー伯爵家を貶める発言をしたのも、子爵家の娘だ。デュルフェ公爵家より正式に抗議しておく」
「エヴァリスト様は、よくご存じのご令嬢なのですか?そういえば、エヴァリスト様のこと、お名前でお呼びでした」
貶められたことよりもそちらが気になる、とピエレットが言えば、エヴァリストは大きく首を横に振った。
「名を呼ぶ許可など与えていない。それどころか、挨拶を交わしたことさえない。それなのに、何かと付き纏い、俺の名を勝手に呼ぶ。駆除しても湧き出る、煩わしい蠅のような存在だ」
「蠅」
「ああ、そうだ。そちらについても、厳重に抗議しよう。俺にはまったく関係の無いところで勝手な真似をされて、バルゲリー伯爵や夫人、それにイアサント殿から、ピエレットに相応しくない、などと誤解されては困るからな」
渋面を作って言うエヴァリストの言葉を呆然と聞き、ピエレットは納得と頷いた。
「わたくし、エヴァリスト様に蠅と言われないよう気を付けます」
「いや、ピエレットを蠅などと言うことは絶対にないから、気を付けないでくれ。むしろ、遠慮などされる方が嫌だ」
ピエレットが、その決意を瞳に乗せて言うも即座に却下され、エヴァリストによって絶対に遠慮しないと約束までさせられる。
「エヴァリスト様。こちらのお部屋ですか?」
そうこうするうち廊下の端へと辿り着き、ピエレットはその扉の向こうが目的の部屋かとエヴァリストを見あげた。
「目的の場所ではあるかな。開けてごらん」
「目的の場所?そのおっしゃい方、何か、違いがあるのですか・・・・あ」
エヴァリストが悪戯っぽい目になったこと、その言い回しから何かあるのかと警戒しつつ扉を開けたピエレットは、視界の先に部屋ではなく手入れの行き届いた庭が広がっている事実に驚き、目を見開く。
「驚いたか?」
「はい。騎士団と伺って、勝手にこのような場は無いものと想像していました」
浅慮ですね、と笑うピエレットの手を引き、エヴァリストが瀟洒なポーチを通って庭へと出た。
「ここは、王城の一画と繋がっている。故に、普段は解放していない」
「それで、ルシール王女殿下のお気に入りだと」
「そういうことだ。ここなら、ルシールも人の目を然程気にしなくて済むからな」
「ルシール王女殿下のこと、とても思いやっておいでなのですね」
嫌だわ、私。
エヴァリスト様が、ルシール王女殿下を思いやるのは当たり前なのに。
こんな、嫌味のような捻くれた物の言い方をして。
エヴァリスト様に、嫌われてしまうわ。
「まあ、俺とルシールの仲だからな。さ、こちらのガゼボで食事にしよう。実は、楽しみで仕方がないんだ」
自分の発言に落ち込んだピエレットが、エヴァリストに言われてそちらを見れば、ガゼボのテーブルにはきちんとクロスも敷かれ、茶器も整えられている。
「こちらを使ってよろしいのですか?」
「もちろん。俺が頼んだものだからな」
楽しそうに言い、そわそわとバスケットを見るエヴァリストの子どものような表情に、ピエレットも自然と笑顔になった。
そうよ。
言ってしまった言葉は返らないのですもの。
幸い、エヴァリスト様はお気持ちを害してはいらっしゃらないようですし。
これから気を付けるようにしましょう。
ぐずぐずと悩むよりも、今という時を楽しまなくてはだわ。
「これは、旨そうだ」
ピエレットが次々と取り出すサンドイッチを見つめる、エヴァリストの瞳が輝く。
「はい。我が家の料理人に頼んで、先日、エヴァリスト様がお好きだとおっしゃっていた・・・・」
「ん?どうかしたか?」
不自然に言葉を止め、不安そうにエヴァリストを見つめるピエレットに、エヴァリストが不思議そうな目を向けた。
「いえ。先ほど、わたくしの言葉をお止めになったので、言わない方がよろしいのかと思いまして」
「ああ、違う。あれは、奴等に俺の好みを知られたくなかっただけだ。ふたりの時は、気にせず話をしていい。怖がらせるような真似をして、悪かった」
そう言ってエヴァリストがピエレットの手を優しく握る。
「分かりました。では、皆様の前では言わないように気を付けます」
「そうしてくれ。ふたりだけの秘密、というやつだ」
「まあ。それは素敵です」
本当にふたりだけの秘密ならどれだけ素敵か、と思いつつ、そのような事はある筈無いと、ピエレットは浮かんで来るルシール王女の名を無理にもかき消した。
~・~・~・~・~・~・
いいね、お気に入り登録、ありがとうございます。
186
あなたにおすすめの小説
麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
モブなので思いっきり場外で暴れてみました
雪那 由多
恋愛
やっと卒業だと言うのに婚約破棄だとかそう言うのはもっと人の目のないところでお三方だけでやってくださいませ。
そしてよろしければ私を巻き来ないようにご注意くださいませ。
一応自衛はさせていただきますが悪しからず?
そんなささやかな防衛をして何か問題ありましょうか?
※衝動的に書いたのであげてみました四話完結です。
私と彼の恋愛攻防戦
真麻一花
恋愛
大好きな彼に告白し続けて一ヶ月。
「好きです」「だが断る」相変わらず彼は素っ気ない。
でもめげない。嫌われてはいないと思っていたから。
だから鬱陶しいと邪険にされても気にせずアタックし続けた。
彼がほんとに私の事が嫌いだったと知るまでは……。嫌われていないなんて言うのは私の思い込みでしかなかった。
誰にも言えないあなたへ
天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。
マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。
年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。
彼は政略結婚を受け入れた
黒猫子猫
恋愛
群島国家ザッフィーロは臣下の反逆により王を失い、建国以来の危機に陥った。そんな中、将軍ジャックスが逆臣を討ち、王都の奪還がなる。彼の傍にはアネットという少女がいた。孤立無援の彼らを救うべく、単身参戦したのだ。彼女は雑用を覚え、武器をとり、その身が傷つくのも厭わず、献身的に彼らを支えた。全てを見届けた彼女は、去る時がやってきたと覚悟した。救国の将となった彼には、生き残った王族との政略結婚の話が進められようとしていたからだ。
彼もまた結婚に前向きだった。邪魔だけはするまい。彼とは生きる世界が違うのだ。
そう思ったアネットは「私、故郷に帰るね!」と空元気で告げた。
よき戦友だと言ってくれた彼との関係が、大きく変わるとも知らずに。
※関連作がありますが、これのみで読めます。
※全13話です。
初恋をこじらせたやさぐれメイドは、振られたはずの騎士さまに求婚されました。
石河 翠
恋愛
騎士団の寮でメイドとして働いている主人公。彼女にちょっかいをかけてくる騎士がいるものの、彼女は彼をあっさりといなしていた。それというのも、彼女は5年前に彼に振られてしまっていたからだ。ところが、彼女を振ったはずの騎士から突然求婚されてしまう。しかも彼は、「振ったつもりはなかった」のだと言い始めて……。
色気たっぷりのイケメンのくせに、大事な部分がポンコツなダメンズ騎士と、初恋をこじらせたあげくやさぐれてしまったメイドの恋物語。
*この作品のヒーローはダメンズ、ヒロインはダメンズ好きです。苦手な方はご注意ください
この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
【完結】旦那様!単身赴任だけは勘弁して下さい!
たまこ
恋愛
エミリーの大好きな夫、アランは王宮騎士団の副団長。ある日、栄転の為に辺境へ異動することになり、エミリーはてっきり夫婦で引っ越すものだと思い込み、いそいそと荷造りを始める。
だが、アランの部下に「副団長は単身赴任すると言っていた」と聞き、エミリーは呆然としてしまう。アランが大好きで離れたくないエミリーが取った行動とは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる