王女を好きだと思ったら

夏笆(なつは)

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六、その場所は

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「ピエレット。我慢させて悪かった」 

「え?」 

 令嬢たちから離れ、暫く歩いたところでエヴァリストが不意にその歩みを止めた。 

 しかしピエレットには、何を謝罪されたのかが分からない。 

「由緒あるバルゲリー伯爵家、ピエレットの家を、たかがなどと」 

「ああ、そのことでしたか。ぱっと見た時には、侯爵家以上の家格の方はいらっしゃらなかったようにお見受けしたので、見落としをしたかと、思わず振り返りそうになってしまいました」 

 ご挨拶、大丈夫だったでしょうか、でも確かにあの場で振り返ってしまうと、更に大変なことに、と考え考え呟くピエレットの頭を、エヴァリストがぽんと軽く叩く。 

「あの場に、侯爵家以上の人間はいなかったから、挨拶などは心配しなくていい。バルゲリー伯爵家を貶める発言をしたのも、子爵家の娘だ。デュルフェ公爵家より正式に抗議しておく」 

「エヴァリスト様は、よくご存じのご令嬢なのですか?そういえば、エヴァリスト様のこと、お名前でお呼びでした」 

 貶められたことよりもそちらが気になる、とピエレットが言えば、エヴァリストは大きく首を横に振った。 

「名を呼ぶ許可など与えていない。それどころか、挨拶を交わしたことさえない。それなのに、何かと付き纏い、俺の名を勝手に呼ぶ。駆除しても湧き出る、煩わしい蠅のような存在だ」 

「蠅」 

「ああ、そうだ。そちらについても、厳重に抗議しよう。俺にはまったく関係の無いところで勝手な真似をされて、バルゲリー伯爵や夫人、それにイアサント殿から、ピエレットに相応しくない、などと誤解されては困るからな」 

 渋面を作って言うエヴァリストの言葉を呆然と聞き、ピエレットは納得と頷いた。 

「わたくし、エヴァリスト様に蠅と言われないよう気を付けます」 

「いや、ピエレットを蠅などと言うことは絶対にないから、気を付けないでくれ。むしろ、遠慮などされる方が嫌だ」 

 ピエレットが、その決意を瞳に乗せて言うも即座に却下され、エヴァリストによって絶対に遠慮しないと約束までさせられる。 

「エヴァリスト様。こちらのお部屋ですか?」 

 そうこうするうち廊下の端へと辿り着き、ピエレットはその扉の向こうが目的の部屋かとエヴァリストを見あげた。 

「目的の場所ではあるかな。開けてごらん」 

「目的の場所?そのおっしゃい方、何か、違いがあるのですか・・・・あ」 

 エヴァリストが悪戯っぽい目になったこと、その言い回しから何かあるのかと警戒しつつ扉を開けたピエレットは、視界の先に部屋ではなく手入れの行き届いた庭が広がっている事実に驚き、目を見開く。 

「驚いたか?」 

「はい。騎士団と伺って、勝手にこのようなは無いものと想像していました」 

 浅慮ですね、と笑うピエレットの手を引き、エヴァリストが瀟洒なポーチを通って庭へと出た。 

「ここは、王城の一画と繋がっている。故に、普段は解放していない」 

「それで、ルシール王女殿下のお気に入りだと」 

「そういうことだ。ここなら、ルシールも人の目を然程気にしなくて済むからな」 

「ルシール王女殿下のこと、とても思いやっておいでなのですね」 

 

 嫌だわ、私。 

 エヴァリスト様が、ルシール王女殿下を思いやるのは当たり前なのに。 

 こんな、嫌味のような捻くれた物の言い方をして。 

 エヴァリスト様に、嫌われてしまうわ。 

 

「まあ、俺とルシールの仲だからな。さ、こちらのガゼボで食事にしよう。実は、楽しみで仕方がないんだ」 

 自分の発言に落ち込んだピエレットが、エヴァリストに言われてそちらを見れば、ガゼボのテーブルにはきちんとクロスも敷かれ、茶器も整えられている。 

「こちらを使ってよろしいのですか?」 

「もちろん。俺が頼んだものだからな」 

 楽しそうに言い、そわそわとバスケットを見るエヴァリストの子どものような表情に、ピエレットも自然と笑顔になった。 

 

 そうよ。 

 言ってしまった言葉は返らないのですもの。 

 幸い、エヴァリスト様はお気持ちを害してはいらっしゃらないようですし。 

 これから気を付けるようにしましょう。 

 ぐずぐずと悩むよりも、今という時を楽しまなくてはだわ。 

 

「これは、旨そうだ」 

 ピエレットが次々と取り出すサンドイッチを見つめる、エヴァリストの瞳が輝く。 

「はい。我が家の料理人に頼んで、先日、エヴァリスト様がお好きだとおっしゃっていた・・・・」 

「ん?どうかしたか?」 

 不自然に言葉を止め、不安そうにエヴァリストを見つめるピエレットに、エヴァリストが不思議そうな目を向けた。 

「いえ。先ほど、わたくしの言葉をお止めになったので、言わない方がよろしいのかと思いまして」 

「ああ、違う。あれは、奴等に俺の好みを知られたくなかっただけだ。ふたりの時は、気にせず話をしていい。怖がらせるような真似をして、悪かった」 

 そう言ってエヴァリストがピエレットの手を優しく握る。 

「分かりました。では、皆様の前では言わないように気を付けます」 

「そうしてくれ。ふたりだけの秘密、というやつだ」 

「まあ。それは素敵です」 

 本当にふたりだけの秘密ならどれだけ素敵か、と思いつつ、そのような事はある筈無いと、ピエレットは浮かんで来るルシール王女の名を無理にもかき消した。 

 

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